第11話 二人で歩む道の先(後編)

 店舗予定としてオリビエが見つけたのは、海からの潮風にさらされた石造りの二階建ての建物。

 内部は想像していた以上に広かったが、シルヴィアもひと目見て気に入った。


「とても良い場所だと思います。たしかに、お菓子の販売やカフェのような利用だけではなく、ゆくゆくはひとが集まれる、楽しい時間を過ごせるレストランとして営業したいですね」


 いまはまだ何もない店内を、火を灯した燭台を手に見て歩き、シルヴィアは夢見るように言った。


「そういう場がこの街にあれば良いなと俺も思っていました。毎日でも通いたいお店。雰囲気が良くて、料理が美味しい。料理視察の旅行も前向きにご検討ください」


 二人で裏口から出て、鍵を締めたところでオリビエに言われて、シルヴィアは「ぜひ」と答える。

 手を繋いで、正面に回り、あらためてその建物を見た。


 やわらかな風が吹き過ぎたとき、ふっと目の前に幻が浮かんだ。


 ひとびとの話し声、弾ける笑い声。食器の触れ合う音。食欲をそそる匂いが漂い、明るい笑みを浮かべた店員が、「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。

 ひとの集まる場所。お腹と心が満たされて、幸せになるような店。


「私、このお店を成功させます。そのためには、今からでももっとたくさん勉強しなければ」

「そうですね。俺もできる限りのことをします。公爵家の乗っ取りを進める傍ら」


 物騒な言葉にシルヴィアが顔を上げると、オリビエは爽やかに微笑みかけてきてから、口を開いた。


「店の名前はどうしましょう。何か案がありますか?」

「もし私が決めて良ければ、もう考えているんです。母の国の料理を出すということで、母の名を。『シェラザード』です」

「良い名前だと思います。長く繁栄する店になることでしょう」



 この後、創業者夫妻の母の名を冠した店「シェラザード」は百年以上続く名店となり、この街の憩いの場となる。

 引退するまでまめまめしく働いた創業者夫妻は、老後は毎日のように仲良く連れ立って通い、焼き菓子を楽しみながらお茶を飲むのを習慣としていたという。


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