第3話 同じ苦労を知る

「自己中な女性は嫌いです」


 人々の笑いさざめく声や楽の調べすら途絶えさせる冷ややかさをもって、かの人はそう言い切った。

 え? とクリスティーヌが微笑みを強張らせて聞き返す。

 身長差から、クリスティーヌを見下ろした彼の横顔はやや伏し目がちであったが、冴え冴えとした瞳の冷たさはシルヴィアの立つ位置からも感じられた。

 極寒。


(ブリザードが吹き荒れてる……!!)


「聞き返されたということは、もう一度言ってみろという意味ですか? もちろんやぶさかではありませんが。『自己中な女性は嫌い』なんです。家同士の繋がりや派閥や事業の関係性を抜きに、お嬢様と個人的な付き合いをということであれば、拒否します」


 公爵令嬢主催の晩餐会。

 シルヴィアは、クリスティーヌとの関係性から、普段なら招待されることなどあり得ない。

 たとえ招かれても絶対に行くことなどない。

 そのはずであったが、この日ばかりは事情が違って、足を運んでいた。


 欲しいものは何がなんでも手に入れねば気がすまないクリスティーヌの、今宵の目的は「失恋伯爵」。

 かねてより思いを寄せていたクリスティーヌは、父親をはじめとした周囲に根回しすることをねだり、わがままを言い続けてきたものの、当の本人にはのらりくらりとかわされ続けてきた。

 このままでは埒が明かないと業を煮やし、ついに場を整えて実力行使に出ることにしたらしい。


 ――おそらくクリスティーヌはオリビエに何か仕掛けると思うけれど。さて、オリビエはどう出るかしらね。


 この情報をシルヴィアにもたらしてくれたのは、王妹であるイライザ。

 クリスティーヌの脅迫により、蜘蛛の子を散らすように友人が去ってしまった中、たった一人残ったシルヴィアの頼もしい味方。

 事情があって「王妹」とはされているが、現在の国王とは血の繋がりのない女性で、年若くシルヴィアと同じ十七歳。

 ひきこもりがちになったシルヴィアを何かと気にかけてくれていて、「突然クリスティーヌから晩餐会の招待状が来たのだけど!!」とシルヴィアが相談の手紙を出したところ「私にもきたわよ~。一緒に行く?」と返信がきたのだ。

 その言葉に甘えて、王宮からの迎えの馬車に相乗りさせてもらい、共に晩餐会に参加。「具合が悪いから誰も近寄らないで」と人払いしてくれたイライザの影に隠れ、隅から成り行きを見守っていたのだが。


 女性を無下にし、恥をかかせるなんてとんでもないという場が整えられた状態で、噂の失恋伯爵がクリスティーヌを一刀両断する場面を目撃するに至ったのである。


(あり得ない、すごい恐れ知らず。あんなことしたら、後からどんな目に遭わされるかわかったものじゃないのに……!!)


 これまでシルヴィアは、クリスティーヌからの数々の嫌がらせに辛酸を嘗めさせられてきた。

 しかし、身分差、しがらみ、力関係……。散々考えて、やり返してしまえば事態が悪くなる一方ではないかと、耐えに耐えてきた。

 それなのに。


(「自己中な女性は嫌いです」か……。この場であんなこと堂々と言えるなんて、カッコいい。天使みたいに浮世離れした美形なのに、口を開けばブリザードで、根性はオリハルコン製だなんて。「失恋伯爵」は本物なんだわ。どうしよう、すごくカッコいい)


「さすがオリビエ、歪みないわね~。そこまで言うかって感じ。ということで、オリビエは帰っちゃったみたいだし、私たちもいつまでもいても仕方がないわ。帰りましょう、シルヴィア」


 騒然とした宴の席に見切りをつけ、イライザはさっさと帰り支度を始める。置いて行かれては命に関わるとばかりに、シルヴィアも後に続いて公爵家を退出した。

 そのまま家に送ってもらえるのかと思っていたが、イライザに「今日は王宮においでなさい。子爵邸にはすでに知らせが行っているから大丈夫」と説明されて、同じ場所に向かう運びとなった。

 馬車の中で、イライザは面白そうに「さて」と話し始める。


「さっきのあの男が、あなたが会いたがっていた『失恋伯爵』よ。やばいでしょ」


 やばい、といった少し蓮っ葉な印象の言葉を、イライザは楽しげに使う。気を許した雰囲気を作る彼女流の気遣いだと知っているシルヴィアは、さかんに頷いてみせた。


「本当に、やばいと思いました。切れ味が良すぎます。でも、そこが良いですね。まさかあのクリスティーヌにあそこまで言ってくれるなんて、胸がすく思いでした」

「好きになっちゃった?」

「好き?」


 さらりと尋ねられて、聞き返してから、シルヴィアは硬直した。かああっと頬に血が上ってくるのを感じた。


「す、好きだなんてとんでもない!! 失恋伯爵ですよ!? 好きになったって無駄ですよ無駄。私のことなんか見向きもしないに決まっています!!」

「そんなことないと思うけど。あなた、無駄にモテるじゃない。それが悩みの種で引きこもりにまでなってしまったわけだし」

「それは、そうなんですけど……」


 盛り上がっていたテンションが、急降下。

 椅子から腰を浮かせて立ち上がりかけていたシルヴィアは、しゅんとうなだれて座り直す。


(私のモテは、単なる「嫌がらせ目的の呪い」であって、私自身がモテているわけではないので。好きなひとに呪いで好きになってもらいたいだなんて思わないし、それに……)


「そもそも私の本来の目的は、失恋伯爵に思いっきり振ってもらうこと、だったんです。それで周りに『ざまあみろ』『あいつのモテもあの程度』と溜飲を下げてもらえたら、友達と会うくらいはクリスティーヌも目こぼししてくれるかなって浅知恵を。でもクリスティーヌが伯爵に告白した後に私も告白したら、それだけで針山に突き落とされて、煮え湯を飲まされて、八つ裂きにされかねません」

「さすがに、殺人するほどクリスティーヌが見境がないわけではないと信じたいけど……」


 切々と拷問風景を語るシルヴィアに対し、イライザはそっと相槌を打つ。

 その控えめな優しさに力を得て、シルヴィアはなんとか自分の思いを口にした。


「それに、実際の『失恋伯爵』を前にしたら、私、自分がとんでもないことを考えていたと気づきました。あの方が女性を拒否する理由は存じ上げませんが、少なくとも告白さえされなければ、あんな冷酷な対応をしなくても済んだわけです。本人だって、しんどいはず。確実に相手との仲が壊れるとわかることを口にすること。もしかしたら、すごく傷ついているかもしれません。そんな方に、いくら私が『モテ』で困っているとはいえ、『公衆の面前で思いっきり冷たくふってください』と願うなんて。それこそ『自己中な女性』です。自分のことしか考えていませんでした」


(気づくのは遅かったけど、本人に言う前に気付いて良かった)


 好きではない相手に好かれ、断らなければならない苦労は、シルヴィアとてよくわかっている。「失恋伯爵」は言い方や態度は冷酷非道に見えるかもしれないが、あのくらい強硬な態度に出なければ「好意がないこと」が相手に伝わらない、という経験を何度もしているのかもしれない。

 それを、シルヴィアもよくわかっていたはずなのに。

 わざわざ迷惑をかけに行くことなど、あってはならない。


 深く納得して反省したシルヴィアであったが、それを聞いていたイライザは「なるほどねぇ」とのんびりとした相槌を打ってから、言った。


「あなたと『失恋伯爵』って、苦労の類が似ているから、話が合うかもしれないわね~。まわりくどい作戦をやめるのは私も賛成。その上で、いっそのこと、相談してみればいいんじゃないの? 『好きでもない相手に好かれて困ったときの対処法』何か良い案をくれるかもしれないわよ~?」

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