第52話 選んだ未来
「ぐっ……は」
指先に浸した水から、溶けこんだ毒がゾフィアの体を蝕んでいるのだろう。
彼女は、椅子から転げ落ち、よつん這いになったまま動く事が出来ないでいた。
「まぁ。急にどうなさったの、ゾフィア王女様。虫でも湧いていたのかしら?」
素知らぬ顔で、エルシアは笑って言う。
「#妾__わらわ__#を図ったな、この女狐!! 親衛隊の者ども、何をボサッとしている。この女を取り押さえぬか!」
強い目でエルシアを睨み付けながら、ゾフィアは親衛隊に指示を飛ばすが誰一人として動かない。
「貴様ら、なぜ動かぬ!? ならば、お前たちが外にいるサンマリア国の兵士達を呼べっ」
ゾフィアは、息も絶え絶えに彼女を褒めそやしていた貴族達を顧みる。
けれど、彼らはゾフィアなどまるで見えていないかのように茶会を続けているではないか。
「……ここには、貴女の味方はいないようね。その理由をわたくしが言ってあげましょうか?」
ーー貴女の、怪しげな術はもう溶けているの
だから、此処にいる全ての人間は皆んな自分の意志で貴女を助けないのよ
エルシアの言葉に固まるゾフィア。
ふるふると辺りを見回すが、誰一人目を合わせない。
勿論、クロードも。
「……#妾__わらわ__#にこんなことをして、只で済むと思っているのか! 父王が黙ってはおらぬぞ!!」
「そうかしら。だって、ゾフィア王女は、たまたま我が国で心の臓の病に倒れただけなのよ。もし、毒を盛られたなら親衛隊が黙っているはずないことくらい、貴女のお父様はよくご存知でしょう?」
くっと唇を噛み締めて、痛みに苦しむゾフィア王女にエルシアは微笑みかけた。
「ねぇ、ゾフィア王女様。早く小麦の輸入について話し合いをしましょう?」
エルシアが視線をクロードに向ける。
彼は、それに気付くと息も絶え絶えなゾフィアの目の前で、懐から解毒剤の瓶を取り出した。
「はぁはぁ。そ、れは」
「……これは、俺を黒死麦から救ってくれた解毒剤だ。我が国にはほぼ万能とも言える解毒剤があってね。今まで知られていなかったが」
そう言って、クロードは皮肉げに笑う。
「これは他国への輸出など考えていない、我が国の秘宝なんだよ、ゾフィア。けれど特別に、今。君にだけコレを売ってやろう。小麦五年分と引き換えにね」
絶句するゾフィアの胸元から、エルシアは調印を取り出して彼女の手に持たせた。
目の前には、契約書と解毒剤が置かれる。
「……どうなさる? 貴女が輸入に関する全権を持たされて此処にいることに感謝するわ、ゾフィア王女様」
「おのれ! ……くそっ」
ゾフィアは契約書に投げやりに印を押すと、解毒剤を一飲みに飲み干した。
途端に呼吸は楽になり、冷や汗が引く。
それを見て、ケインがいそいそと契約書の複写を取り、急ぎ足で使者に持たせた。
これは正式な契約だ。
流石に、サンマリア国王も否とは言えないだろう。
「#妾__わらわ__#が父王に何も言わないとでも思っているのか! この契約は無効じゃっ」
体が楽になったことで、頭が回るようになったゾフィアは悔しげに叫ぶが。
スッ。
いきなり側に寄ってきたエルシアが、耳元で囁く。
『ゾフィア王女は、エルシアの物。決して契約書について異議を唱えないように』
ドックンドックン
それは、ゾフィアがいつも気に入った男達を親衛隊に加えるときの言葉とよく似ていた。
途端にゾフィアの目からは精気が失われる。
そして、言われるがまま親衛隊に支えられて茶会を後にし、サンマリア国への帰り支度を始めるのだった。
「……すり替えた薬膳酒を解毒剤に混ぜたのは、正解でしたわね」
エルシアの言葉に、ケインは頷きながらも不安げだ。
親衛隊の男達が覚えていた言葉と、薬膳酒。
それのおかげで、今のゾフィアは意のままに動くが。
「けれど、いつまで効果が持続するかは不明ですね。親衛隊の信頼出来る者達に残りは渡して置きましたが」
「そうね。でも、後から何を騒いでも無駄よ。サンマリア国王とて面子があるはずだもの。正式な契約書を立てに、今度はこちらがノラリクラリとしていればいいんだわ。ねぇ、殿下?」
不敵な笑みを浮かべるエルシアを見て、側にいたクロードは自らの不甲斐なさを痛感し、言葉に詰まるのだった。
★
後日。
無事にサンマリア国王から、承諾の意を確認出来たクロードは、ひっそりとエルシアの元を訪れていた。
「……殿下。頭を上げて下さい」
出された紅茶に手も付けず、彼が最初にしたことは深刻な表情で頭を垂れることだった。
「まずは、君にした酷い行いについて謝らせて欲しい」
「……もう、気にしていませんわ。それに、殿下も操られていたんですもの」
そんなクロードを慈しみように励ますエルシア。
けれど、その目には寂しさが宿っているようにも見えた。
「俺が、情けない男だから。エルシアに辛い思いをさせてしまった」
(……そんなことないって言って差し上げるべきなのかしら)
エルシアは思う。
クロードは強く逞しい男性だ。
物理的な攻撃は勿論、貴族間の嫌味からも彼はエルシアを守ってくれるだろう。
(でもきっと、それ以上のことは知らないで生きてきた方なんだわ)
只の伯爵家の令嬢だったエルシアが、この国の闇に気付かないで生きてきたように。
クロードもまた、絶対的な祖母の保護の元で守られて来たのだろう。
(……わたくしは、殿下を愛しているけれど。お祖母様みたいに一人で戦えるほど、強くない)
ならば、言うことは一つだ。
エルシアはクロードに手を添えた。
「殿下。わたくしは、殿下の隣にいるために強くなりましたわ。ですから、殿下もわたくしの為に強くなって下さいませ」
これから先も、王族が王族である限り。
いずれ王となる彼が国を守り、国民の生活を守り続けていく為に。
綺麗事だけで世の中が回っていないと、きっと彼も知ったはずだから。
「……ああ。今度は俺がエルシアを守ってみせる。だからもう、一人で無理しないでくれ」
誓い合うように、二人の唇が重なる。
その口づけは、永遠とも言えるほど深く長く続いた。
まるで、二人の未来のように。
~FIN~
溺愛ジレジレのつもりが、途中からエルシアが強つよに(・o・;)
ですが、書いてて楽しかったです!(笑)
最後までお読み頂き、ありがとうございました(人 •͈ᴗ•͈)
とりあえず、第二章完☆
気分が乗れば続編も書くかもです
ではでは~~
【完結】婚約破棄された伯爵令嬢、今度は偽装婚約の殿下に溺愛されてます ゆーぴー @yu-pi-
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