第22話 少し前の三人

 男は生まれて初めて絶望を感じていた。

 先日狩ったばかりの飛龍の鱗を貼り付けた革鎧に身を包んだ彼はこの町ではかなりの実力者である。ハンター協会に顔を出せば役員が出迎え、酒場に行けば自分に惚れた女たちや憧れを持つ若い連中に囲まれる。大型の魔物や凶暴な野獣を狩ったことも何度でもあった。主な狩場としているこの西の森では己よりも強いものなど存在しない、そんな思いが油断を招いたのか。

 兆しなどは全くなかった。

 魔族でもなく、野獣でもない。一切の意思疎通が不可能で同族以外全てを『獲物』として認識し己が倒れるまで執拗に攻め続ける存在、それが魔物。

 それが、今日になって見たこともないような数が湧いて出てきたのだ。


「いかんぞ、リーダー。中型種だけでなく大型種も観測された」


 長らくの相棒である神官戦士が悲鳴にも似た報告をする。


「ぬぅ、すでに退く機を逸したか。こうなればもろとも」


 目の前に迫った数匹の攻撃を防ぎ弾きながら切り付ける。


「アンタと組んでから、悪くなかったぜ」


「おうよ。ついでと言っちゃなんだが、神様とやらによろしく伝えておいてくんな」


「承った」


 今、まさに最後の特攻へと足を踏み出そうとした2人は『キィーン』という激しい音を聞いた。思わず耳をふさぐ。魔物たちも驚いたのか攻撃の手が止まりあたりをキョロキョロと見渡していた。


『……あー、あー。言葉の分かるやつらは地面に伏せろー。3つ数えたら掃討するぞー』


 なんとも緊張感に欠ける声を聞いた。しかし、何を言っていたかは理解し、慌てて地面に伏せる。

 次の瞬間、激しい轟音が鳴り響いた。王城の儀式で聞く大砲のような音が絶え間なくなり続け、それと同じような鼻をつく匂いがあたりに満ち溢れた。


「よーぉ。お兄ちゃんたち、大丈夫か?」


 どれくらいそうしていただろうか。

 肩を叩かれ頭を起こすと見たことのない服装の男が、先程の刺激臭を放つ筒を携えて話しかけてきた。自身の無事と、魔物たちがやってきた方を教えると歓声を上げながら2人の連れと共に森の奥へと消えていったのだった。


「本当に無限に射撃可能なのですね。どういう仕組みになっているのですか?」


「1マガジンごとにバレルが新しいのになってる感じだな。コーヘイの『元に戻る』に似たヤツだな」


 本来、銃器を連射し過ぎると銃砲身が加熱により曲がってしまうのだが、それがないとオーガストは言うのである。


「これは……いかんな。ちょっと前の俺だったら危険なことを考えていたかもしれん」


 もうそんなことには興味は無いけどな、と笑うオーガストに2人も同じ気持ちだった。


「次は私ー」


「あんまり派手にやってくれるなよ」


「数が多くて向かってくる相手は簡単なのよ」


 とウィンクした。


 あたりは無数の魔物たちが彼らを狙って闊歩しているという森の中を無人の野を行くが如き異世界三人衆である。ミズキの展開した絶対防御障壁に触れた魔物たちは瞬時に塵と化し、風に吹かれて消えていく。

 100を超えたあたりでオーガストはバカらしくなって数えるのをやめた。


「やっとおとなしくなったか。まだ周りにゃうじゃうじゃいるがな」


「どの辺り?」


「方位は分かるか?」


「ぜーんぜん」


 オーガストの肩に手を置き目を瞑る。



「はっはーん、分かったわ。……切り裂け、『風舞刃』」


 2人は同時に無数の標的たちがほぼ同時に消失したのを察知した。


「まー、あとはこの力を平和的に活用できれば、なんですがね。とりあえずは目の前の脅威の排除という得意分野で活かすこととしましょう」


 メガネを外し丁寧に折りたたみ胸のポケットに。

 少し開けた場所には数多の小型種、中型種、大型種、さらにイエラキほどの大きさのものまでが蠢いていた。


「この辺りが巣のようですね。……少し離れていてください」


 パリッ。あたりの空気が変わる。何かがまとわりつくような感覚。ミズキの髪の毛が緩やかに持ち上がっていく。


「なーにー、これー」


 わしゃわしゃと元に戻そうとするが余計に逆立つ。


「リミット解除。動力接続。目標補足。微調整クリア。さぁ、喰らいなさい、神の鉄槌!」


『トール・ハンマー!!!』


 目の前の魔物全てを覆い尽くすほどの巨大な雷撃が天空から降り注ぐ。

 ものすごく長く感じられた数秒の出来事であった。

 後には、少し前まで魔物と呼ばれていた物質たちがプスプスと音を立てているだけだった。


「イプシロンの。あれはなんだ? ひょっとして……」


「私の相棒のLRです。衛星軌道上にいることがこないだ分かりましてね。よろしくお願いします」


「えー? なになに? 誰かいるのー?」


 この説明は面倒臭いことになるのは間違いなかった。

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