第17話 コーヘイのキャリアー
コーヘイの1日は香りのよいコーヒーから始まる。
ドリッパーにフィルターをセットし、ゴリゴリと荒めに挽いた豆を入れたら湯を注ぐ。紙フィルターではなくステンレスタイプの物を使うのは環境に配慮したわけではなく、雑誌で見かけて恰好良かったからだが、このコーヒー自体の油分をカットしない味わいは偶然の産物ながら気に入っていた。
カップに口をつけ鼻腔から息を吐くと落ち着いた香りが広がる。至福の時。
飲み切る頃合いにグリルが温まるので朝食の制作に取り掛かる。
油を引いた鉄板に二つに切ったバンズを12枚並べ、その脇でハンバーグとベーコンを焼いていく。
両面をいい感じに焼いたバンズにマヨネーズを塗りレタスとハンバーグ、スライスチーズ、ベーコンを挟み皿に盛る。同居人たちのは横着ではないがコーヒーマシンだった。まだ彼らにコーヒーの落ちる時間を愉しむ心の余裕はないのでサーバーにモリモリ作る。準備ができたぐらいに全員が席に着き、朝食が始まる。
2枚目以降のバンズは各自がセルフで焼き、トッピングはイチゴジャム、ピーナツバター、チョコペーストなどが選ばれる。簡素であるが、これまで食べすぎ防止のため味のない保存食が主食だった戦闘部族たちにはすこぶる評判が良かった。
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
片付けを終えると、しばらくダラダラしてから物資の補給を始める。
まず【元に戻る】効果で定位置に復活した生活用品や食材などを備蓄庫に移動させること。
「今日も頑張るわよー!」
「よろしくお願いするのであります!」
以前は一人で黙々とやる作業だったのだが、最近ではミズキとカリスが嬉々として手伝うようになっていた。物珍しさからかと思っていたら、シュークリームなどの足の速い甘味を『処分』する義務に駆られているのだそうだ。それでも2回に1回は食べ尽くさずイデア王女に、とキャロラインに渡しているのを見かける。
それ以外にも三割程度の生活用品などは王城へと納品し少なからずの収入を得ていた。
「そういえば昨日は何をオーダーしたの?」
「こーうーせーいーのーうーらーいーとー」
と、後部キャリアのシートをはがす。
以前『懐中電灯』と紹介された携帯式のランタンが10本並んでいた。
「何でありますか?」
「俺の世界じゃ新しいアイテムを紹介するときはこうやるのが礼儀なんだよ」
「はー、そうなんでありますかー」
「信じちゃ駄目よ」
「……さてと、だ。お相手さんは夜に行動することが多いんだろ? そこでこの『高性能ライト』の出番なわけだ」
「普通の『懐中電灯』と何が……ひゃっ!」
昼間でもその光量が分かるほどの明るさにミズキが声を上げる。この光源は1キロ先にまで届くというもはやアウトドアにはオーバースペックな代物である。夜目が効くという事は強い光で視界を一時的に奪うことも可能ではないかと考えたのだ。
「最近はこれくらいなら具合が悪くならないんだよな。成長? みたいな」
今でこそ異界人たちの最終兵器となっている【アウトドアグッズを積めるだけ積んだキャリア】であるが、しかしその不親切な仕様には当初は戸惑いの連続であった。
使い方としては、寝る前に欲しい物をイメージすると、夜が明けるとカーゴの中に【発生】しているというものである。『オーダーする』と名付けたのはただ呼び名がないと不便だったからというだけの理由であった。
彼らが身に着けるシャツやツナギなどの衣類は比較的簡単にできたものの、複雑なものをオーダーすると翌日二日酔いに似た症状に見舞われた。ミズキの見立てでは、
「コーヘイの魔力なりなんなりを消費してここに『記憶の中にあるものを召喚する』宝具ね」
ということ。
使っていくうちに症状もなくなり、これは翌日辛そうだという物も分かるようになってきた。
先日も『ドライサウナ』を召喚したがパーツごとに4日に分けてオーダーしたため特段体調には影響はなかった。
「食うに困ったらこれで行商でもするか」
「イデア様の飲食を広めるというのはどうなのでありますか?」
「人を育てて誰かに任そう。マニュアル作って誰でもできる仕組みを作る」
「そんなことができるの?」
「食材の生産から加工、販売までを1つのシステムとして作り上げたらどこでも商売はできるし、貧困と栄養不足は解消される」
「なんか顔つきが違うのであります」
「元の世界じゃかなりまじめにやってたからな。こっちでも出来たら良いな、とは思う。っていうか、俺の理論を試してみたいという気持ちが強いかな」
「そのためには、まず平和にならないとね」
「そうだな。そろそろ片づけてしまわないとな。おっ昼ごはんがやってくるー」
「今日は何?」
「そろそろ『そうめん』がたまってきてたからな。『そうめん』パーティするか」
「なんだか分からないですが楽しみであります」
食事で世界を豊かに。
向こうでは叶えられなかったことがこちらでは出来たら良いなと思うコーヘイであった。
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