第18話 味噌ラーメンで元気になる日

 即席麵とは、その製造会社の知識と技術の粋が集められた物であるり、血と汗と涙の結晶と言っても過言ではない。それ故に、その作成方法に関しても外袋のマニュアルから外れることで、製作者の意図しない味わいになってしまう。いい意味でも悪い意味でも、だ。


「『ヒキニクとキャベツをゴマアブラで炒める』なんてどこにも書いてないんだけど」


 自称・大賢者で大魔法使いであるミズキがその片鱗を見せ、この短期間に日本語を理解し始めた。それに伴い、ラーメンやカレーなどの『作り方』の載っている食べ物の調理に関して、いちいち説明を求められるようになったのだ。なにせ両親を二代まで遡ってすべてO型という生粋の「ふわっと適当系」のコーヘイである。いかに簡単で美味しく作るかを追求するその調理方法など市販のパッケージになど載っているはずもなく、そこが魔術を極めた厳格な作法を重んじるミズキには理不尽な現象としかとらえることができず他意なく山ほどの疑問が投げられた。


「ほれ『いろいろなお野菜をお入れください』と書いてるだろ? これはつまりそういうやつだ」


「この一文にこういう行動が込められてるなんて! こんな言語みたことないわ」


「うんうん、そうだな。ほれ、火傷するから座ってくれ」


「むー」


 コーヘイ達が王城に来てから1か月が過ぎようとしていた。

 この世界に来たのが気温的には日本の春くらい。徐々に寒いと感じる日が少なくなり、日差しも強く感じるようになってきた。そんな折、また少し気温が下がって雨が降る日が多くなってきたのだ。湿気のある鬱陶しい天気。梅雨みたいなものだな、と気にもかけていなかったが他のメンツは思いのほかダメージを受けていた。これほど『普通の感覚』で自然と向き合って過ごすことがなかったからだろう。

 なるほど感情の昂った戦場では嵐の中で泥水にまみれても気にはならないが、幸か不幸か今はそうではない。平常でのなんとなくの寒さとひもじさは人の気力を奪うものだ。

 と、いうことで。


「美味しい味噌ラーメンを作ります」


 一同のまだ見ぬ「みそらーめん」への希望のまなざしは、野菜を炒めている今でも思い出すと笑顔になってしまう癒しの画であった。

 中庭の一角に耐熱ブロックで簡易的なカマドを作り、いまは寸胴のたっぷりなお湯の中で麺が踊っているのをカリスが興味深げに覗き込んでいた。

 焚き火では中華鍋で炒め物。ごま油と風味づけに入れた豆板醤が辺りに何ともいい匂いを漂わせている。

 チラと王城に視線をやると、窓から顔をを出して様子をうかがう現地王族貴族の皆様方。もちろん、その中にはイデアやヴィロスの顔もあった。非常に恨めしそうに、コーヘイの傍でニッコニコで準備を手伝うキャロラインをにらんでいる、仲良くしてもらいたいものだが。


「コーヘイ殿、そろそろ麺が良い感じになってきたでありますが」


「了解、カリス。よーし、オーガスト、ザルに上げてドンブリに盛ってくれ」


「まかせろ! こういうのは得意なのだよ」


「待ちなさい。アナタはこないだそう言って自分のだけ割り増ししていたでしょう。正確に測りながら盛ることを要求します」


「ばぁーれーたーかー」


 イプシロンとの漫才も慣れたものである。


「コーヘイ、猫も食べられるかな?」


 イエラキが相棒の黒猫をぶらぶらさせながら。


「あんまし味の濃いのは体に悪そうだから、オーガストに言ってスープ入れる前の麺をもらっておいた方が良いな」


「分かったー」


 炒めた中華鍋にゆで汁を入れ、粉末スープを溶かす。

 ドンブリにスープ、具材をいれて……完成。

 赤銅色に輝くスープに浮かぶスライスされた自家製豚バラベーコンをトッピングに一同は息をのむ。


「では、諸君。それぞれの神にこの糧をお恵み頂いたことに感謝の祈りを」


 オーガストが発声し、


「「「「「コーヘイ様、いただきます」」」」」


「なんでだよ!」


 苦笑を浮かべるが、みんなが元気になってくれて良かったと心の中で胸をなでおろすのであった。

 お代わり用の麺を茹でながら密かにご相伴に預かっていたキャロラインに執事服を着た部下が耳打ちをする。


「……ご苦労様です」


 にわかに城内も騒がしくなった気がした。


「皆様、先ほど聖女様がお目覚めになったという事です」


「了解した。詳細は……これ食った後で、な」


 オーガストがウィンクする。


「……当然です」


 キャロラインが親指を立てて答えた。

 またイデア王女に小言をいわれるんだろうな、なんて思いながらコーヘイはピリ辛の味噌ラーメンを一口すすった。

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