第15話 【閑話】とあるメイド長の場合
「申し訳ございません。我ら5人全員がすべての監視対象者から補足されてしまいました」
精神的な衝撃には耐性がある方だとキャロラインには自負があった。仮にも魔王国の情報収集から極秘の護衛任務までをこなす特殊部隊『ハーミット』の副長である。それが信頼の厚い副官からの報告を受け、
「何ですって!?」
ここしばらくで一番大きな声を上げてしまったのだ。その声にさらに驚いて自分で口を押えてあたりをキョロキョロ。
廊下を掃き掃除する彼女の傍らで姿を消しながら片膝を付きかしこまる5名の部下たちは精鋭中の精鋭である。隠形魔法では彼らよりも優れた者は大陸でも少数であろうし、ましてやそれを感知できるものがいるなんて。
「オーガスト殿の体温を感知できる能力とイプシロン殿の心臓の音を聞き分ける能力には任務初日で」
さすがに戦闘の世界から来た二人の『ハイテク装備』が相手では仕方がない。
「イエラキ殿の神の奇跡に照らされると隠形効果がなくなり、ミズキ殿は常に絶対魔法防御結界を展開されていまして強制的に魔法効果が解除され隠れていたことすらなかったことになっております」
神の奇跡と強力な魔術も残念ながら認めなくては。しかし……。
「こ、コーヘイ殿は? あの方にはそういう能力はないと報告を受けていますが?」
「『なんかおる』と石を投げつけられました」
もうデタラメである。
「怪我の程度は?」
「身体的なダメージは全くありませんが、その、心理的なダーメージといいますか、私を含め全員が自信を失いかけております」
姿を消したままで申し訳なさそうに青ざめてうなだれる
「分かりました。明日からは一般の衛士と同じ格好で任務にあたってください」
彼女が解散を告げると優秀な部下たちは一礼をして散っていった。
そんなことがあっただけにもう大丈夫だろう思っていたのだが、残念ながらそれからも想像を絶する驚きの日々であった。
増え続ける生活用品、見たこともない保存食、聞いたこともない衣類、触ったこともない『電化製品』、初めて出会う美味しい料理の数々……。
中央都市チェントロまで同行した彼女の結論は、
「食べ物はダメね。危険すぎるわ」
服などは多少みすぼらしくとも問題はない。明かりだってこれまでなかったのだから気にはならない。けれど食事はどうだろう。一度あの、柔らかい口当たりのパンや見てくれこそ良くないけれど香ばしく味わい深い焚き火で焼かれた棒パン、様々な味の『缶詰』、『カレーライス』。どれも一度味わってしまってはもとには戻れない。せめてパンの製法だけでも、どのような対価を支払ってでも手に入れるように上層部から命じられて一気に緊張感が増してしまったほどだ。もっとも、その翌日にコーヘイ殿が料理人たちに『パン焼き教室』を開催したことでやり場のない緊張感を持て余してしまったのだけれど。
「大体の物であればおそらく再現は可能でありますよ」
魔王国の幸運はさらにカリスというドワーフ娘の加入である。彼女の『鑑定』はその物を構成しているものを見極め製法が分かるという物であった。その能力のせいでアープスでは魔道具の重要な部分の研究開発を強いられていたという。
アープスに派遣しているハーミット隊員から彼女の同僚たちは大神殿の地下で魔道具の研究開発をしているとの情報が入ってきている。第一王女プラテネス様がお目覚めになり謁見を済ませたのちに救出となる予定であるため魔王国上層部は非常にあわただしくなっていた。
「これは……」
チェントロに到着した夜、キャロラインがふと異世界人たちが『キャンプ』を張る中庭を通りかかるとこれまで以上にない肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
執事長のセバスチャンにツナギ姿たしなめられ、散々小言を言われ元のドレス姿になったイデア王女は宮廷での晩餐会に出席されている。魔王国の貴族たちへの王都の状況報告や反対に諸侯の状況確認などは非常に重要な公務であるが、異世界の料理に関するレシピなどはまだ料理人たちには伝わっていない。
「おーい、キャロラインさーん。一口食って行かないかー?」
こちらの気も知らずにのんきにコーヘイ殿が手を振ってくる。
ええい、食べたくないはずがないではありませんか。ここで食べるとイデア王女が! ……でも、晩餐会中ですし、一口くらい……。
後で物凄い嫌味を言われてしまいました。ハーミットの誰かが告げ口したんでしょ? 訓練の量を倍にしてやるから覚えていなさい。え? 服にバーベキューの匂いが染みついていた? ……仕方ありません、平謝りしてご機嫌を取ってくるとしましょう。
「あのお肉! 凄い美味しかったです!」
しばらく口をきいていただけませんでした。
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