第11話 アープスという国
魔王国アールヴの西側に広がる深い森を越えた先にあるアープス法王国。
北と西を霊峰アルゲントゥームに囲まれ、その吹き下ろす風に瘴気は払われ、雪解けの川は聖なる流れとしてアープスのみならず魔王国やほかの国々にも変わらぬ恩恵をもたらしていた。
魔力を持たないアープスの民が、その豊富な資源をもとに強力な魔道文明を築き上げたことには一定の理解を示すものの、他種族よりも身体的能力に劣るがゆえに宗教で民をまとめ、他種族を敵視することで国体を維持する姿勢には多くの国々からは非難の声が上がっていた。
「アールヴだけが特に目の敵にされる理由が分からないな」
三日目の昼食。聖なる流れを眺めながらのバーベキューである。
コーヘイはダッチオーブンで牛すね肉と玉ねぎにビール少々を煮込んでいた。あたりに何とも言えない良い香りが漂う。
「『竜の背から落ちた者は最後に手を差し伸べた者の顔を見ながら絶望する』という言葉があってですね」
ヴィロスが鉄串の肉を頬張りながら。
「あぁ、似たような言葉はどこにでもあるな。『助けられた者は無視した者にではなく、手を差し伸べた者に文句を言う』とかいうんだが、何かやったのか?」
「あちらに言わせりゃ『民族浄化』だそうだ」
さすがに任務中の酒は控えているのか、ミネラルウォーターを手にしたオーガストである。
「この世界にゃ魔素なんていう物質が空気中にあって、王女さんや坊ちゃんみたいな魔力持ちはそれを取り込んで精霊の加護とやらで魔法をぶっ放すらしいんだが、奴さんたちにゃ魔力がない」
「余分なものを体内に取り込んでいるってことか」
「それが原因で病気になったりするわけなんだが、あまりに魔素にやられるってんで、頭を下げて魔族の血を入れて抵抗力を上げたり、魔族と結婚をして魔素に強い子供を産むとかいう事が両国の間で進められた時代があったわけだ」
「まー、反対する勢力はあるだろうなー」
「ある時、魔道具という物が発明されて魔族の力を借りなくても生きていけるとなった彼らがどうしたか」
「これまでありがとうと感謝をして、みんな幸せに暮らしました……な訳はないか」
「親魔族派たちは捕まって『公正な裁判』で有罪になり処刑、『魔族による民族存亡の危機に立ち向かう』を掲げた反魔族勢力が宗教まで立ち上げて戦争をおっぱじめた、ってのが今の混乱を招いたはじまりだな」
「はー、根が深い話だな」
「もっと昔の話で申し上げますとね」
傍でピンクラベルのグァバジュースのペットボトルを弄んでいたイデアが口を開く。
「200年ほど前はアールヴの一部だったんですのよ。魔素が山おろしで流されやすいので『フラギリス(弱い民)』でも住みやすいだろうとアープスの街を作ったと聞いておりますわ」
「なるほどなー。……あ、みんな、食う?」
出来立ての『牛すね肉のビール煮込み』をいつの間にか集まったいつもの面々それぞれの皿に盛り分けた。香草とコンソメにビールのコクが加わり牛すね肉がとても甘くホロホロと口の中に広がる。
「今日明日でどうにかなる話ではないという事は分かった。なんか巨悪の根源でもいなけりゃ攻め込む訳にもいかんしな」
ともあれ、全て世は事もなし。異世界の民族紛争などに意見を述べられる立場ではないのだから。このまま輸送係と食事係で終えることを願ってやまないコーヘイであった。
が……。
「あれ、なんだ?」
目を凝らすと川上から何か流れてきているのが『見えてしまった』。
箱……人が入るくらいの……まさか……。
「棺桶だな。死者を川に流す風習があるのかい?」
「アープスでは土に埋めると瘴気が発生するというのでそういう文化があったとは聞いたことがありますわ。でも近年では……」
「心音がありますね」
イプシロンの索敵に反応がでた。
「引き上げてみよう。生きてたら助けられるかもしれない」
「お姫さんたちは下がってな」
にわかに賑やかになる川べりの昼下がり。
引き上げられた棺桶の中に入っていたのは、
「女? 随分ボロボロだな」
赤髪の女性が苦しそうにうめき声を上げる。
「ドワーフですわね」
イデアの表情が険しくなっていた。
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