第10話 中央都市チェントロに向けて

 一同、真剣な面持ちで一点を見つめる。

 絶え間なく砂鉄が落ち続ける砂時計。

 傍らの鍋には先ほどまで火にかけられていた熱湯。鍋敷きと共にテーブルの上に鎮座している。


 彼らは温めていた。


 オーガストは『やきとり』、イプシロンは『豚角煮』、イエラキは『ソーセージ』、ミズキは『チーズケーキ』を止められて『土手焼き』に、何故かご相伴にあずかりに来たツナギの王女イデアは『だし巻き』を、ヴィロスは『牛めし』の、それぞれが選んだ『缶詰』たちを、である。

 バーベキューコンロなどで直火にかけるイメージの強い缶詰の加熱であるが、底面の焦げや過加熱により異臭や体に良くない成分が発生することが懸念されるため、火からおろした熱湯で5分程度暖めるというのが推奨されていた。


「よし! 落ちたぞ!」


 オーガストがトングで器用に掴み出し、イプシロンが厚手の布で水分をぬぐい、軍手をはめたコーヘイが開封していく、見事な連係プレイである。


「じゃぁ、旅の安全を願ってー」


「「「「「乾杯ー」」」」」」


 一時は難航するかと思われた王都の移転問題であったが、反対を表明していたヴィロスが翻意したことであっさりと決定、10日後には第一陣が中央都市チェントロへと出発していた。

 コーヘイ達の車両であれば3時間も走れば到着できる距離を馬車の脚にあわせ4日かけて、護衛を兼ねての行程。王都に残っていた貴族の一部と中央都市から迎えに来たその従者、衛士など合わせて総勢100名程度の集団となっていた。

 本来であれば街道沿いには大小さまざまな町や村があり、旅人たちはそこで疲れた体を休めるところであるが、件の大魔法とやらですべて瓦礫とかしてしまったために野営を強いられることとなってしまっていた……が。


「野営がこれほど快適になるとはな」


 というオーガストの言葉通り、無人の荒野であったハズの場所は増殖したポータブルバッテリーと照明器具たちにより煌々と照らされ、いたるところでバーベキューコンロに火が入り食材が焼かれる傍で同じように缶詰が温められる光景が見られた。

 中央に大きなキャンピングファイアが燃え盛り、その周りを囲むようにバーベキューコンロが展開、その外側にテントが設営され、外周には害獣用の電線が腰の高さに張り巡らされている。さながら前線基地の様相を呈していた。


「これだよ、俺がやりたかったのは、さ」


 丸いディレクターズチェアーに身を沈め、缶ビールを傾けながら夜空を見上げる。元々星座など見てもわからないので異世界の星空でも良いのだ。この衣食住を保証されたサバイバルのワクワク感が彼の目指すものであった。


「本当に、コーヘイ様には感謝しかございません。お疲れではございませんか?」


 道中運転をし続けていたコーヘイをキャロラインがいたわりの声をかける。最も安全で快適であろう彼のバンコンにイデア、ヴィロス姉弟と世話係に彼女が同乗していた。乗り心地の良くない戦闘車両に文句を言いかけたミズキには『ダメになるクッション』を与えて黙らせておいたら、ご機嫌で居眠りをこいていたそうである。


「こっちも、王女さんたちが間に入ってくれているおかげでうまいこといってるから、お互い様さ」


「師匠、もっといろんなお話を聞かせてください」


「あわてんなって。時間は山ほどあるだろう、どうせ俺たちはこの世界ずーっといるんだし」


「戻りたいとは思いませんの?」


 イデアがピンク色したラベルのグァバジュースに口をつけながら。


「どうだろうな。あっちに嫁とか子供がいるわけでなし、正直どっちでもいいって思ってるさ」


 少し酔った風にぼんやりと缶に視線を落とす。

 物騒なのは勘弁だけどな、と笑った。


「コーヘイ様が心穏やかに過ごせるように頑張りますわ」


「私も兄上、姉上のお役に立てるよう全力を尽くします」


「そういう覚悟は大事な国民に向けていってやんな。俺は……ただの……酔っ払いだわ」


 あくびをかみ殺したように大きく息をして目を閉じた。

 遠くにオーガストの「しょーがねーなー」という声を聴いたような気がする。

 その日はとてもいい気分で眠りについた。

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