第9話 頑張るという事

 大きな音を立てて瓦礫の山が崩れる。

 街の改修工事をやっていた一同が騒然となった。


「イエラキ様ー、お力をお貸しくださーい」


 全身甲冑の青銅の巨人姿に戻って、積み木のよう教会を建造していた彼の足元に衛兵が駆けてきた。


「何人か下敷きになってしまったみたいなんです」


 イエラキはうなづくと衛兵を肩に乗せ大股で現地へと向かった。


 現場は瓦礫が集積された場所。ミズキが石材、鉄骨、貴金属などに物質を再構築している、いわば再生工房のような場所なのだが、どこからか迷い込んだ猫を保護するために昼休憩中の作業員が足を踏み入れてしまったのだとか。平和なのは良いことであるが、もう少し緊張感を持ってもらっても良い状況である。


「猫は捕まえたんですが、何人か巻き込まれまして……」


 そのうちの怪我の程度がひどい者たちが三人、横たえられていた。

 イエラキは右手をかざすと、日中でも感じられる温かく柔らかい光がゆっくりと放たれた。

 見る間に傷がふさがり、折れた骨が元に戻っていく。

 こちらの世界では上級職の神官による神の御業と変わらない奇跡、彼の固有能力である『癒しの光』である。


「おお、神様ありがとうございます……」


 心配そうに様子をうかがっていた作業員たちはそれぞれの作法に則って神に祈りを捧げた。


「今日も大活躍だったみたいね」


 イエラキのひざの上で喉を鳴らす黒猫を手の甲でスベスベしながらミズキが嬉しそうに。


「僕でも必要とされる、というのは良い気分だよ」


「相変わらず自分の評価が低いわね」


 彼はコーヘイよりも自分のことをあまり語りたがらなかった。コーヘイの場合は彼自身の事よりも彼の巻き起こす出来事の話題が多すぎて彼自身までたどり着かないためであるが、イエラキは必要以上のことをあまり発するイメージはなかった。元の世界では星同士が戦争を繰り広げているという、地面が丸い球体であるということにすら驚いていたミズキには全く理解のできない話をする割にはとても穏やかな気質だった。


「ミズキはさ……」


「ん?」


「例えば小動物にはとても危険だけど、人には問題ない程度の魔法って何かある?」


 んー、と少し考えを巡らせながら、


「一番弱い毒の魔法とかかな? 神経にダメージを与えて呼吸ができなくなるの。最悪、命に関る症状になるわね。人にかけてもしばらくクシャミと鼻水が出るくらいだけど、それがどうかしたの?」


「君に置き換えると、僕はそのクシャミが出る程度の能力と引き換えに、最大魔法の破壊力がみんなの半分以下しかない落ちこぼれだったんだよ……」


「!……」


 その一言でこの優しい巨人が儚げに笑みを浮かべるのかが理解できた。その世界で求められる物が不十分であれば辛く当たられる。魔法社会である彼女の世界も全く同じなのだ。魔力の少ないものは蔑まれ、人としての最低限の扱いしかされない。戦時中である彼の世界では殊更、足りないこと自体が罪ともいえる事だろう。その苦労は理解できるとは簡単には言えないものだ。


「この世界に飛ばされてきて、良かったと思うのは不謹慎なのかな」


「自分に与えられた役割を『頑張る』のが大事、と神様はおっしゃったらしいわよ」


 黒猫のおでこを搔きながら。


「『頑張る』?」


「コーヘイの国の言葉らしいわ。自分の持てる力を精一杯発揮して、物事にあたる、という意味なんだって」


「短い言葉なのに、すごいね。……『頑張る』、か」



「おーい、コーヘイがまた面白い遊びを考えたぞー!」


 紺色のジャージ姿の一団がキャンプ地の一角に集まる。国王カルブンクルスやイデアの姿も見える。基本的には忙しくはないのだろう。


 「これは師匠のお考えになった『ビーチフラッグス』というものです」


 と、司会のヴィロスがきれいに整地された20mほどの砂のコースを指さし、ルールを説明した。


「優勝者には良く冷えた『ビール』がなんと6本!」


 一同から歓声が上がる。


「へっへっへー、勝負に勝って飲む『ビール』は格別だろうな」


「私も易々と譲る気はありませんよ」


「頑張る、頑張る」


 三人が用意の体勢。ヴィロスが笛を吹く。


 刹那、元の大きさに戻ったイエラキが一歩で駆け抜け旗をつまみ上げた。


「あれは反則だろうよー」


 結局、巨大化を禁止されたイエラキに代わって『ビール』を手にしたのは、誰にも気づかれずに強力な身体強化魔法を駆使したミズキであった。


「ぷはー、『ビール』サイコー!」 


 

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