第8話 弱い自分を認める事
焚き火。
薪から発生する燃焼物質が酸素と結びつき、光と熱を発する現象。炎のゆらめきや発する音などにリラックス効果があるらしい。
小難しい理屈はともかくとしてコーヘイは焚き火を眺めてぼーっとするのが好きだった。風の音、鳥の声、自分が自然の一部になったような感覚、すべての感覚が研ぎ澄まされていくような気にさえなる。こちらに来てからはそれが特に感じられるようになっていた。
「はー、落ち着く……」
通称・ロドバン(棒にパン生地を巻き付けて焚き火で焼いたもの)を口に運びながら。
「なぁ」
「はー、コーヒーも美味しい……」
「お前は何をやっとる?」
ディレクターチェアでリラックスしながらコーヘイは、先ほどから傍らの地面に座り込んで遅めの朝食を食ベている第二王子、ヴィロス・アールムに声をかけた。
「へ? 師匠の焼かれたパンを頂いております」
まるで別人かと見違えるような立ち居振る舞いになったヴィロスが再び彼らの目の前に姿を現したのは、例の一件(第7話参照)の翌日だった。
あれほど加減なく打ちのめされたのが初めてだった事やそれを普段からはおくびに出さない姿勢などに、子供心に感銘を受けたのではございませんかしら、と王女イデアは笑うが、
「弟子にしてください!」
と、恥ずかしげもなく面と向かって言われたコーヘイは堪ったものではない。
そこから今日で三日目、半ば断ることが面倒になってきたところにメイド長のキャロラインが「飽きるまでお相手ください」と言わんばかりに物陰からお願いポーズをしていた。
「……そもそも、何のために強くなろうと思う?」
「以前は、ただ強くなれば尊敬される、されたいと、それだけを考えていたと思います」
焚き火に視線を落とし回想するように。
「今は……自分の弱さというかそういうものを実感しました。今の私に一番必要なものは『自信』なのかな、と。」
根拠のない自信。ふと気が付くと足元から崩れて行ってしまう、かりそめのアイデンティティ。
だからこそ人は結果よりも経過を大事にするのだ。その積み重ねが経験となり自信となり前に進むことができる。
「まー、合格だ。強くなるには、まず自分が弱いという認識を持つところから始まる。俺が教える条件は『一度でも弱音を吐いたら終わり』だ。ただ、無駄なことはやらせないから」
「ありがとうございます!」
飛び上がって直立したヴィロスは深々と頭を下げた。
どんなつらいトレーニングにもついていきます、と威勢の良い言葉を口にした。
「で、これは何です?」
彼は腕を前に出して立っていた。
足を肩幅に開いて直立、両腕を前にふわっと円を描くように。ひざの力を抜き、呼吸はゆっくり。頭のてっぺんを何かに吊られながら、押さえつけられる。後ろにもたれかかりながら、前にもたれかかる。
そんな感覚。コーヘイが初めて教わった鍛錬方法だった。
「まずはこれが燃え尽きるまで、毎日やる」
約一時間で燃え尽きる虫よけ線香を半分に折り火をつける。
「意識するんだぞ。腕の中には綿の詰まった大きな袋を抱えてる。軽く開いた指の間には小石を挟んで持ってるぞ。おとすなよ」
「でも、これは適当にやっても師匠には分からないんじゃないですか?」
「強くなったと決めるのは俺じゃない。強くなるのも自分次第、変わるのも自分次第」
「分かりました」
すっかりやる気になった第二王子から踵を返すと、物陰で両腕を大きく丸ポーズのキャロラインといつの間に来たのかイデアの姿が見えた。なんだかんだ言っても愛されているのである。
「結局、折れちゃったのかい?」
意外そうな顔をしているイエラキに、
「受けようとは思っていたさ。要はキッカケだけの話さ」
「強くなりたい、か」
「まずは『自分の弱さを認めてその自分を好きになる』ってところから始めないとな」
「コーヘイは強いな」
「ははは。ここにはこの世界を揺るがすような万国ビックリ人間たちが集まってるんだ、せめて町内一くらいは目指さないとな」
今日の仕事は終えたとばかりに昼前のビールを空けた。
「弱い自分……か」
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