第7話 コーヘイ、怒る
危険な目に遭う時、状況がスローモーションで進行する現象を「タキサイキア現象」という。
心理的な恐怖が脳の処理を遅らせる、一種のバグのような物である。
その光景を見ていた全員がそのような感覚にとらわれた。
『青みがかった髪をキラキラと光らせる、パールカラーのライトアーマーを纏った第二王子がきれいに投げ飛ばされている』
が、残像を残し、やがて芝生の上に接地し、音を立て、一同が我に返った。
そして、入り方が甘かったナ、と奇妙な動きを繰り返しているコーヘイに視線を向ける。
「まずは詫びを入れろ」
背中からしたたかたたきつけられてまだ身もだえているのを見下ろしながら怒気を込めた。
結局のところ、世間知らずのチビッ子がオーガストの望むものを当てることできなかったことが発端であった。
「確かに金も女もあって困らないが、それなら自前で調達できる。それよりお前さんの下で仕事をするのは勘弁だな。友誼を結ぶついでに大量の人間の命を奪ってこいというのは酷くないか?」
と、正論を突き付けられた。
しばらく理屈をこねてみるも全く相手にされず、ついには自分が異界人よりも強ければ従えと無茶苦茶なことを言い始め、その白羽の矢が立ったのが唯一の非戦闘員であるコーヘイ。
そこまでは良かった。いや、良くはないが、まだ苦笑しながらつきあえる話だった。
「俺が勝てばそこな女魔術師を妾に迎えてやろう。俺の世話をせよ」
という失礼極まりない発言に、コーヘイが切れてしまったのだ。
空気を察した王女様が声を出す前に、
「おい! チビッ子! 今、何っつった?」
普段温厚な人間ほど人のために怒った時は厄介なものだ。それを気にせず「チビ」と言われたことにチビッ子も反応してあおり返す。もう収まらない所まできて、ついには剣を抜いてしまっての先ほどの出来事だった。
「コーヘイ! ……大丈夫だから」
ミズキの声で勝負は終わった。
「ミズキ殿、コーヘイ殿。国王カルブンクルスに代わりまして、我が弟の非礼をお詫びいたしますわ」
イデアと共に衛兵たちも一斉に深々と頭を下げた。
「私は大丈夫です。イデア様もお気になさらず。ただ、ヴィロス殿下はもう少しいろいろとお学びになった方がよろしいかと存じます」
「面目ございませんわ。さ、殿下はお怪我をなさっているご様子。お部屋にお連れになって」
二人の衛兵の肩を借りながらチビッ子王子は退場していった。
「凄ぇな、コーヘイ。なぁにが一般市民だ!」
これは良い余興と缶ビールを空けていたオーガストが歓声を上げる。
「確かに。未熟とはいえ戦闘訓練を積んでいる相手に気負いしないというのは驚きです」
イプシロンもオーガストと同意の乾杯をする。
「やってしまった感が強いなー」
担任から剣術を教わり立木を打ち続けた中学時代を送り、高校の担任が空手道部の顧問という事でそのまま入部し黒帯を取り、大学では見学に行ったアーチェリー部の先輩と意気投合して入部。同級生が合気道をやっておりついでに教わる、という非常に変わった経歴を持つコーヘイは、
『近距離から遠距離まで対応できるので、いつ異世界に飛ばされても大丈夫です』
飲み会などではこの自己紹介が鉄板のネタになっていた。まさか実際に役立つ時が来るなんてお釈迦様でも気がつくめぇ。怒りに任せて相手を打倒してしまったのは反省すべきところではあったが、仲間を侮辱されたことに腹を立てることはすべての要件を凌駕するものである。
「ま、戦争には役に立たないんだけどな」
「いやいや、言っちゃぁなんだが、俺もそうだし他のみんなも、銃器やら魔法を使わずにお前さんとやったらなかなかいい勝負になるはずだぞ」
怒りを露わにしてしまったのが恥ずかしくなったのと、褒められすぎてむず痒くなったのか、笑ってごまかしてバンコンの中からドリンクやらお菓子を持ち出してきた。
「さー、気分転換にパーッとやろうぜー。王女様もよければどうぞ! これはまだ献上してない『スナック菓子』というやつですよ」
「まぁ。素敵ですわー」
それは平和な晴れた昼下がりの出来事。
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