第6話 兄より優れた弟は存在しない
チチチと鳴いた小鳥が空高く飛んでいく。
良い気候になったものですわね、そう思えるくらいには気分が戻ってきた。
「いいお天気ですわねー」
キャロラインと数名の護衛を連れた復興視察の足取りも軽い。
伸びをしながら渡る跳ね橋を越えればすぐに貴族たちが王都で住まう場所。そこを抜けると職人街だった。鍛冶や陶芸、金物、服飾、芸術、あらゆる新しい技術を磨くために国中から職人たちが集められている。そして、売り買いをする仲買人、様々なものを売る店、その家族たち、それを相手にする飲食店などが、城壁の中に建てられており、その外側には農地と牧場が広がっていた。
「王都を移すお話はどうなったんですの?」
ここより馬車で東に4日の中央都市チェントロに王都を移す話は、先王が床に伏したあたりから活発に議論させるようになっていた。王城もあり貴族たちの住まう屋敷もあり、街の規模は王都よりもはるかに大きい都市である。これを機にと考える者は多かった。
「そのことなのですが……」
キャロラインが言いにくそうに、
「ヴィロス殿下が難色を示されていまして」
「大声で回りに当たり散らして反対、かしら?」
第二王子のヴィロスは14歳。文武はそれなりに優秀ではあるが、幼少時に熱病で命を落としかけてから周りの者が甘やかすので実力以上の過大な自己評価をしてしまっていた。どこかで大怪我をしない程度に良い切っ掛けがあればと思う家臣たちは少なくない。
「プライドは王族の宝とは申しますけれど、磨かれた台座に飾ってこその宝。振りかざして民がついてくるものですか」
先日もカルブンクルスにかみついていた。
『国民は王都の蹂躙をなすすべなくうつむく姿に落胆し、他国は兄上を腑抜け腰抜けと嗤っております! 今こそ挙兵を!』
どこかで聞いた戯曲の一節なのだろうか。あまりにもおさまりが良すぎて吹き出してしまった。
挙兵なんて気軽に口に……。
「……挙兵なんて気軽に口にするもんじゃぁないぞ」
塀の向こうから聞こえるこの声は異界人のリーダー、オーガストである。
気が付けば彼らが『キャンプ』という滞在施設を置いている方に足が向いていた。
「なぜだ! お前たちの力なら難しいことはないだろう!」
残念ながら会話の相手は血気盛んな第二王子であった。
キャロラインに合図を送り少し様子を見ることに、いざとなれば衛兵に力づくで連れ出してもらい全力でお詫びをする覚悟を決めた。門の陰からこっそり中の様子をうかがってみると、ヴィロスと彼らの護衛数名、異界人たち全員がテーブルを囲んでいるのが見える。
「確かに俺やイプシロンは軍人だ。祖国に忠誠を誓い命も惜しみはせん」
『缶ビール』を口に運んで、
「だが、ここには我々が忠誠を捧げる祖国もなければ、守るべき国民もおらんのだよ」
「何が望みだ」
オーガストは至極まっとうな事実を述べたのに、あの戯曲かぶれは取引を持ち掛けられていると勘違いしたようだった。真に忠誠心の高い相手であれば無事では済まない失言である。
「俺たちを雇う、と?」
「これでもこの国の第二王子だ。お前たちの望みを叶えるくらいのことはできよう」
「よし。じゃあ俺の望みが何か、分かるような器を持っているなら力を貸してやろう!」
物騒な話になってきた。もし万が一当ててしまったら異界人を巻き込んだ人間国との大戦が勃発してしまう。キャロラインがツナギの袖を引っ張る。そろそろ止めてください、という合図だった。
ひとつ咳払いをして。
「あーら、みなさまお揃いで。何か楽しいお話をしてらっしゃるのかしら?」
全力の作り笑顔で足を踏み出した。
その場の一同が立ち上がり深々と礼をする。
『ツナギ』を着ていてもその程度の敬意を表されるわが身に感謝をした。
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