第5話 魔王国国王カルブンクルス
「姉上、こちらにおられましたか」
食後の温かい『コーヒー』を味わいながら、これからのことを思いめぐらせていたイデアはふと我に返る。
「これはこれは国王陛下、かようなところにいかがなさいましたか?」
優雅に立ち上がり、ないドレスの裾をつまんで会釈をした。
「いじめないでください……しかし、『ツナギ』のお姿もよく似合っておられる」
副官のブレンテンを伴って食堂へと姿を現した双子の弟であるカルブンクルスは苦笑しながらテーブルの向かいに腰を下ろした。
イデアの虹色に相反して彼の髪色は黒。ほかの属性を打ち消してしまう闇精霊の強すぎる加護によるものであるが、かわりに明晰の頭脳と抜群の身体能力を有していた。魔力至上主義の風習の残る魔王国において意地の悪いことを口にする者もいるが、アカデミーを首席で卒業し、近衛師団長のブレンテンを相手に良い勝負をする剣術の腕前はイデアにとっては自慢でしかなく、実際、彼以上に国王としてふさわしい者も考えられなかった。
しばらく病床に伏していた父の代わりに政を行っていたので、急に即位しても大きな混乱はないように見えるが……。
「異界からもたらされた物がすべての救いですね」
『コーヒー』のカップを口に運ぶ彼もまた青い『ツナギ』を身にまとっていた。
汚れにくく、湿気が籠らず、すぐに乾き、水をはじく、魔法の布で作られた上下一体となった衣服。『ジッパー』と呼ばれる開閉部品でポケットに入れた物などの落下を防ぎ、驚くことに右脇の下からひざまでの横側に大きく走るそれを開放することで着たまま用を足すことができた。
「今の我々には過ぎた物とは理解していますが、復興までの間は存分にお力をお借りしようと考えておりますよ」
「すべては陛下の御心のままに、ですわよ。思った通りにおやりなさいな。それで……」
食べるものと着るものは確保できたが、街の復興はそう簡単にはいかない。
いくら魔法が万能な力とはいえ、土魔法では人工の建造物や石畳などはどうすることもできなかった。だからこそ魔王国には高い建築技術を持った職人たちがいるのだ。
「住居などは何とかなりますが、畑や牧場はしばらくかかるのではないかと」
「まさか『テント』で街を作るつもりですの?」
確かに彼らの保有する『テント』は簡易に建てることができるし、丈夫であったがそれで王都の街並みを作るのは無理が過ぎる。
「イエラキ殿という方が巨人に……いや、本来の姿が巨人の方がいらっしゃって、瓦礫の山をみる間に片づけられて。ご一緒に作業にあたっておられるミズキ殿は我々とは異なる理論の魔法をお使いになって、二人で新たな道と建物を作っておられます」
窓にガラスをはめようとしておられたのでそれはご遠慮いただいたとの報告を受けております、と優秀な副官が補足した。
「強力な武装を所有している戦士が2人、巨人と未知の魔法使い、ですのね……ん? 5人と伺っておりましたが、あとお1人は?」
「それが……」
他の4人のような特別な能力は持っていない男であるという。ただ、弓のような武器を使って山鳥や獣を狩ったり、それを料理する技術はあるようだった。確かに昨晩のふわふわしたパンや鶏肉を赤ワインで煮込んだ料理を作った男である、と言われればあの騒ぎに巻き込まれてしまった異世界の猟師なのかもしれない。
「まぁ、お気の毒」
「昼前に乗り物の荷物を建て直した納屋の中に運び込んで、昼から山に入って何かを狩ってくる、という日々を気楽に過ごしているようです」
「何名か部下を彼らの下に派遣しておりますが、穏やかな雰囲気と出される食事や飲み物などが素晴らしいという事で志願者が絶えません」
ブレンテンも苦笑する。
「くれぐれも秘密を知ろうとして関係の悪化だけは避けてくださいまし」
「分かっております」
冷めてしまったホロ苦い液体を流し込み、若き国王は席を立った。
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