ある日

豆炭

「私」


出発の日。

読み切ろうと思っていた、真夜中を少し漂うほどに読みふけった

起きたあとも続きを読んで

三冊だけ持って出発までの残り時間を見た。


何度も帰省しているのに

荷造りするのがどうしても苦手だった

あえて未完成のままでいる

直前まで放っておいて、当日になって慌てて用意するほうが

自分に後悔がないと分かった

実家に持ち帰りたい雑誌を詰めたら

持ち手が軋むほど重くなったけど

これでいいんだ。最低限のものがあるなら

満足できる


きっかけは映画だったけど

その作品は本当に素晴らしかった。

原作漫画を買い溜めして

ご褒美として一気に読むと決めた

その漫画は

世界一のジャズプレーヤーになるために東京に出て

そして世界へと出た男の話。

彼の悩み、そして進む道程

音楽や技量で悩むのではなく、根本にある単純な問題に直面する

彼らがシンプルなところで悩む姿

そして出会い支えられる沢山の人たち

彼の成長を例えるとして

東京にいた頃は縦に拡がるとしたら

世界に出ると横へと拡がっていく

そんなイメージ

本当は一巻ずつ噛み締めてその都度感想を呟くつもりだった

だけど、この物語は連続している。

ゆっくりと熟読する暇もなく一気に読んでしまう

だからこそ良いのだと思う。彼が夢へと駆け上がるように

私もその物語を同じ早さで読める漫画というのは

まっすぐ進むからこそ情熱が貰える

私が今一番励まされる作品だ。

どこが感動するとか、印象深い場面があるとか

そういうのじゃないんだ

このお話は繋がっているから、理屈で感動を呼ぶものじゃない

化学反応式のように

理屈の分だけ感動が生まれる訳じゃない

だからこそ、この漫画から生まれた反応後の感動に

心に生まれたわだかまりの抽象的な部分で

感想を伝えたいと思えたんだ。


私は帰省する。

特別な車両で読書するのが何よりも好きだから

飛行機に乗って、残り三冊の漫画を読む。

139円の所持金から引き出したお金を準備して

重すぎるキャリーケースを引いて駅へと歩いていたとき

うっかり気づいた。

自分が身につけているトップスとジーンズ、それ以外の衣服を持ってきていないことに

それでもいいと思った。

後悔なんてなかった。

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ある日 豆炭 @yurikamomem

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