第20話
東浦と君咲が猿飛と会ってから、約2時間後。
夕暮れ時となり、権田は夕食の準備を始めていた。怪我が治るまではやらなくていいと東浦は何度も止めたのだが、全く聞く耳を持たない。本人は、迷惑を掛けたことを気にしている様子だった。
東浦と君咲はダイニングテーブルについていた。既に安原に依頼をし、猿飛の尾行をしている。マーケットに向かうことが確定した時点で連絡が入ることになっている。
「……本当に行くかな。猿飛さん。息子であることは認めても、縁を切っているとはっきり言ったんでしょ」
権田が用意をしながら君咲に話しかける。君咲は考え事をしていたようだが、その言葉は耳に入れていたようだ。
「はい、行くと思います」
君咲はそれだけを答える。権田はバツが悪いのか、それ以上掘り下げることもしなかった。東浦はその様子を見て口を開いた。
「一之助。猿飛駿を見つけないと俺ら全員を殺す……そう言ったんだろ、舘野って奴は。舘野は、猿飛に恨みを持ってる、と考えるのが自然だな。じゃあ俺たちのやることは?猿飛を差し出すことじゃない……分かってるよな。そんなことをしても、舘野は怒りに任せて俺らを刃を向けるかもしれない。だから猿飛を見つけて、話をして、恨みを買っている原因を探り、それを取り除けるかどうかを試みたい。話し合いで解決を目指す……それが俺たちのやり方だ」
「東さん、もしその原因を取り除くことができなかったら?」
「……その時はその時だ。相手が暴力で解決しようとするなら、対抗するまでだ。ただそれは最後の手段、この世がどんな状況だろうと関係ない。それだけは二人とも肝に銘じておいてくれ」
君咲は、それに無言で頷く。ほぼ同時に、東浦の携帯電話が鳴る。
「もしもし……動いたか、了解。どっちのルートで向かってる?鉢合わせないように俺らは逆側から行きたい……分かった。中に入ったら、会話の聞き取りまで頼むよ」
東浦は電話を切り、顔を上げた。
「綾香ちゃん、婆さんが動いた。マーケット方面に向かっているそうだ。婆さんは徒歩のようだから、30分程度は時間掛かるだろう……俺らは少し時間置いて出るとしよう」
「はい……東浦さん、それまでの間、この前の稽古の続きをお願いできませんか」
「暴力禁止って言ったそばから……」
「暴力じゃなくて、護身術ですよね、これは……って東浦さん、この前言ってましたよ」
君咲の笑顔に東浦は首を傾げるが、来い、と手で合図して二人で物置部屋に入っていった。物置からバシバシと音が聞こえてくる。ミット打ちをしているようだ。
権田は、その音を不安な表情で聞いていた。今回の事案、相当な責任を感じていた。事実、権田が東浦になりすましたわけだが、仮に東浦本人がいたとして、彼の言うように依頼は受けざる得なかった可能性が高い。つまり、責任を感じる必要がないということを東浦は偽りなく思っているのだが、権田はそうもいかないようだ。どうしたらあの場を切り抜けることができたか、それを何度も繰り返しシミュレーションしていた。
そうして手を止めているうちに、二人が部屋から出てきた。
「……一之助、行ってくる、飯は戻ってからいただくよ」
そう言って東浦は自身の鞄を手に持ち、出ていく。君咲もそれを追うように出ようとするが、ドアノブに手を掛けたところで一瞬立ち止まる。
「権田さん……あなたのせいじゃない……あたしもそう思ってます」
君咲はそう言葉を残し、振り返りもせず事務所を出て行った。権田はそれに応えることもなく、ただ玄関先を見つめるのであった。
その頃、玄関の外では東浦と君咲が車両に乗り込み、ちょうど出発したところであった。その様子を、バイクに跨がる長身の男が事務所の角から見届け、距離を置いた状態を保つのであった。
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