第19話
新宿区某所。荒れ果てたコンビニの中に、東浦と君咲はいた。コンビニと分かる程度に配置は残っているが、商品は何一つ置かれていない。
「素直に教えてくれるでしょうか」
「いーや。ひねくれてるからな、あの婆さん」
「誰がひねくれ者だって?」
形だけ残っている陳列棚の隙間から、声が聞こえてくると同時に君咲は小さな悲鳴を上げる。
「悪いねえ、お嬢ちゃん。驚かすつもりはなかったけど、なにやら悪口が聞こえたもんで」
「最上級の褒め言葉なのに、わかってねえな婆さん」
「人を呼び出しておいてその態度かい……まだ会うのも2回目だってのに……図太い男だよ。まあいい。何の用さね」
東浦は周囲を見渡す。誰もいないことは事前に確認しているが、この世の常、警戒を怠ってはいけないことが、彼には爪の先まで染み付いている。
「あんまり猶予がない、だから回りくどいのは無しだ。婆さん、親族で生きている奴いないか?」
猿飛雅子は、その言葉に眉一つ動かさない。平静を保ったまま、東浦を見上げる。
「そうさね。生きているかどうかは知らないけど、生きている可能性のある親族はいるね」
「……そいつのことを教えて欲しい。もっと言えば、どこにいるか教えて欲しいんだ」
その言葉に、猿飛は顔を下げる。ゆっくりと足を動かしながら、それに答える。
「駿のことかい……何故あの子のことを知っているかは聞かんよ。ただ残念ながら、何にも知らないよ。あの子が20歳の時、あたしゃ親子の縁を切ったのさ」
猿飛は二人の周りを歩きながら、続ける。
「手に負えなくてね。我が息子ながら、相当なキレ者だったのさ。だけど、あの子はその能力をよからぬ方向に使い始めた……それであたしゃ、面倒見きれないと思ってね。それから、一度も連絡は取ってないし、何をしているかも、知らないね」
君咲は、ゆっくりと歩く猿飛を観察していた。どうやら嘘をついている様子はない、彼女はそう受け取っていた。
「前に言った通り、あたしゃB型のRh-。あの子も、それを継いでたはずだよ。何もなければ生きているはず……で、あの子に用があるってわけかい」
「ああ。彼を見つける必要がある……ただ手掛かりが何もないんだ」
「それは申し訳なかったねえ。力になれそうもない」
「仕方ないな。他を当たるとするよ。婆さん、呼び出して悪かったな」
「構わんよ。退屈してたところさね」
東浦は手を振りながら、コンビニを出ていく。君咲は、建物に残る猿飛に向かって言った。
「猿飛さん。息子さんが大怪我されたって、知ってますか?」
その言葉に、猿飛の目が変わった。コンビニを出た東浦も、君咲の言葉に反応して振り返る。
「怪我……そうなのかい」
「はい、つい先日……3日前かな、マーケットでそんな話を聞いたので。利き腕を怪我して、重症だと。だから居所ご存じかなって、話してたんです」
猿飛の目が一瞬泳ぐ。その瞬間を君咲は見逃さなかった。
「あたしゃ縁を切った側の人間さ……今更心配したってしょうがない」
「そうですよね……余計なことを言って失礼しました」
君咲はそう言って頭を下げて、コンビニを出ていった。
「綾香ちゃん、嵌めたね?」
出口付近で東浦と合流する。一部始終を見ていた東浦の第一声だった。
「……なんとなくです。なんとなくですけど、猿飛さん、縁切ってから一度も連絡取っていない、という言葉が気になって」
「いい着眼点だ。俺もそこは気になった。妙に強調するような言い振りだったからな……で、あの怪我の話は当然嘘……どういうプランだ?」
「推測ですけど、一度も連絡取ってない、は嘘だと思ってます。縁は確かに切っているけど、この世の状況になったとき、生存は確認する方が自然です。あの落ち着きようからも生存の確認をしている……つまり連絡は取ってるんじゃないかなって。そうしたら、重症、なんて言葉を聞いたら当然気になる。確認したくなる。マーケットに、姿を見せます。聞き込みの様子を追えれば、どういう関係性なのか、掴めるんじゃないかと」
東浦はその言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。猿飛と君咲が会話をしているとき、何か仕掛けようとしていることが分かり東浦は止めようか悩んでいたが、止めない判断をした。その答え合わせができたのだ。ただ、事前にそんなことを言うとはつゆにも知らない。
「咄嗟に出た案にしては、大胆かつ巧妙……綾香ちゃん、詐欺師になれるね」
「猿飛さんに会うって決まったときから、考えてました。もし情報得られなかったらどうしようって……勝手に進めてごめんなさい」
「いや、謝る必要はないよ。綾香ちゃん、君は……」
東浦はそこで言葉を飲み込んだ。とても普通の17歳とは思えない、物怖じしない強靭な精神力と大胆さ、そして咄嗟に妙案を実行できる頭の回転の速さ、先を見越す能力。どれを取っても、非凡なことは確かだ。学生運動に参加したことも、この世を立て直したいという発言が出てくることも、政府を相手に戦おうとする姿勢も、彼女の能力と生き方に合致する。今、これ以上余計なことを言う必要はない、そういう東浦の判断だった。
「君は、なんですか」
「あ、いや。なんでもない。事務所戻ろうと思ったが、婆さんを張る必要があるな」
「それですけど、安原さんに依頼しませんか?あの人、プロですよね。猿飛さん、警戒心強そうだし、慎重にいった方が」
東浦は呆気に取られた。自分の判断がどうかという問題もあるが、君咲はまだ一度しか安原に会っていない。その思考回路に再び驚く。
「……綾香ちゃんの言う通り、そうだな。あいつに依頼するよ。俺らはいったん事務所に戻ろうか」
そう言って、東浦は携帯電話を取り出した。二人は、いったん事務所への帰路につくのであった。
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