第17話

 権田が倒れたとほぼ同時刻、渋谷区某所。


「……久しぶりだな、猿飛」


 あるカフェの跡地。この渋谷という街ですら、現在飲食店として営業している店は数店舗しかない。そのほとんどは人がいないことで廃墟と化しているのだ。その意味で、どこでも場所は使えるわけだが、廃墟は密会の場としてこれ以上はない。


「わざわざこんな場所を指定してくるなんて、やたらと警戒してますね。昔とは違うんですよ?スクランブル交差点に、人なんて歩いてやしないのに」

「ふん……職業病だろうな。どんな時代だろうと、崇高なる目的を守るためには、用意周到でなきゃならん」


 カフェ跡地にいる二人は、風化して傷みの見える椅子に座ることもなく、ゆっくりと動きながら会話を進める。


「それで、わざわざ私を呼び出すとは、何かあったか」

「いや、あの回線、信用ならないんでね、どうせ盗聴されてるでしょうし。聞きたかったのは、先日お連れした女性のことです」

「……が、どうした?」

「確か医師団の研究のため、ということで1週間限定で隔離されるというはずでしたよね?」

「ああ、そうだったかもしれないな」

「彼女、ご主人がいて、しかも生きているんです。旦那が生きていたことは後から知ったことなので、致し方ないと思ってましたが……どうやら医師団の建物から出てきてないようですね」

「医師団は常に複数の女性の協力を得て研究を進めている。今、その女性がどうなのか私には分かりかねるよ」

「私が連れてきた女性3名、全員解放することが約束だったはずです」

「……何を言いたい。政府が拘束しているとでも言うのかね」

「私は……世が違えば誘拐という大罪を犯して、3名の女性を連れてきています。しかも、1名はご主人が生きている……ちゃんと元いた場所へ、戻してあげたいんです。あくまでも研究のためと、そういう名目だったはずですよ。……解放してください」


 男たちはゆっくりと動き続けていたが、一方はその言葉に足を止めた。


「猿飛、一つ言わせてくれ。なぜお前は、彼女たちが自らの意志で残っている可能性を考えないのだ。浅はかと言わざるを得ないぞ。政府は何もなければ、当然に解放するに決まっている」

「……女性たちが自ら、医師団のいる医院に残りたいと、そう言いたいんですか。……政府の中の一部が、快楽のために女性を必要としていること、知らないとでも思っているんですか……本当に研究のためですか」


 足を止めていた男も再び動き出す。ゆっくりと、風化したコンクリートの上を歩く。


「だとしたら、何だ。猿飛、この仕事をやめたいのか」

「……仮にそんな目的のために協力させられているのだとしたら……そんな仕事はしたくない。私が連れてきた3名を解放して、この仕事を辞めます」


 一部窓ガラスが割れていて、この静けさの中で風が抜ける音だけが響き渡る。


「分かった。君に辞められては私も困る。2日間……管轄のメンバーも含めて相談させてくれないか。研究の進捗に影響が出るから、すぐに結論は出せん。2日後、この時間にこの場所で、再び会おう」

「それは、解放することを検討してくれる、そういうことですか」

「ああ、もちろんだ」

「……ありがとうございます。では、失礼します」


 そう言って、一人の男はそのままカフェを後にした。残った男は携帯電話を取り出し、電話を掛ける。


「……もしもし。私だ。ああ、今終わった。先日連れてきた女性が3人いただろう……そうだ、3人ともすぐに移送してくれ。あと、身辺調査も頼む。……ああ、それと警備隊にも繋いでくれるか……猿飛を監視してくれ」


 電話をしながら男はゆっくりと建物を後にする。男の顔は何の感情も示していない、無の表情であった。まさにこの廃墟が似合う、冷徹な表情を浮かべていた。


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