偽りが生んだ狂犬
第14話
田上総理の声明発表から数日後。明け方、新宿区某所にて。
「……知ってんだろ。どこにいるんだよ、サルトビっつー奴は……聞いてんのか?知ってんだろ!?」
ある男の声が、無人の飲食店内で響き渡る。手にはパイプ椅子を、そして目の前には店員と思われる人物が頭から血を流して、座り込んでいた。
「い、いや、知らないんです、本当に……」
「まーだしらばっくれんのか。たいした度胸だよ。サルトビがここによく来ることは知ってんだ」
「た、確かによくいらっしゃいますが、ご自宅までは、し、知らないんです……」
「もういい。聞き飽きたわ。寝てろ」
そう言うと、男は目の前で座る店員の顔面をパイプ椅子で振り抜いた。店員は衝撃で吹き飛び、そのまま動かなくなる。
「……どいつもこいつも使えねえ。探偵でも雇うか……」
男は手に持つパイプ椅子をその場に放り投げ、店を後にした。
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それから数日後、東浦法律事務所にて。
「……おはよう、君咲さん。早いね、今日は」
「おはようございます。今日は早番なので……」
「そっか。朝食、もう少し待ってね」
君咲は既に地下マーケット新宿店で働き始めていた。安原の口利きで、「モンテーヌ」と呼ばれる小売店で、週3日のアルバイトという形だ。少し珍しい雑貨を取り扱うため、新宿店の中では割と人気の店であった。なおマーケットは現在、都内に3ヶ所、新宿店、吉祥寺店、亀戸店となっている。席につくと、東浦の姿が見えないことに気づいた。
「東浦さんは?」
「ああ、東さんは朝早く出て行ったよ。特に聞かなかったけど、野暮用って言ってたかな」
「……どこに行くか、ちゃんと聞かないんだ……」
「信頼してるから。東さんの行動には、意味があるよ」
そう言いながら権田は食事の準備を進める。
「まだ数日だと思うけど、どう、マーケットのアルバイトは」
「そうですね、バイトするのは初めてなので、新鮮です。あとは、色々な人が来るので、確かに色んな情報が飛び交ってます。大抵はどうでもいい情報ですが……」
権田が食事をテーブルに運ぶ。朝食はトーストと、ハムエッグのようだ。
「なんか気になることあった?」
「今はまだ……ただ時々、怪しいやり取りしている人を見かけます。うまく盗み聞きできていないですが」
「気をつけてよ、それ……マーケットは、見えてる部分だけじゃないからね」
「裏、ですか」
「そう、裏があるよ。君咲さん一人では、危険だと思う。気をつけてね」
「わかりました……」
君咲は、口を閉ざす。彼女は既に、マーケットで行われていることに気づき始めている。そんなことを顔には出さず、出された食事を前に手を合わせて、口へ運んでいく。今日も、公営のテレビ放送は変わり映えのないワイドショーと、コメディドラマの再放送が流れるばかりであった。君咲はそんなものに興味を示さず、ただ思考を巡らせるのであった。
食事が終わり、君咲は外出の準備をする。
「権田さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
外出するとき、君咲は必ずナイフを携行する。これは東浦の教えであり、この世で生き抜く術でもある。いつどこで、誰が襲ってくるかわからない、そういう世の中なのだ。合間には護身術を東浦から習ってもおり、一人でいても最低限の対応はできるよう、日々指導を受けている。
君咲は施設内に入り、モンテーヌに到着するとそのままスタッフ控え室に向かう。途中、店主の
「おはようございます」
「おはよう、君咲くん。今日もよろしくね」
村井は非常に穏やかな人物だ。安原との関係性を深く聞かされてはいないが、仕事関係で知り合ったものと思われる。ただただ、商売上手な親父だ、その穏やかな人柄に、君咲はどこか安心するできるところがあった。
「……しかし、君咲くん。若いのに安原くんと知り合いとはね……いや、こんなご時世だし前のことを聞きたいとかはないんだけど……なんか困ったことがあったら、言ってね。僕、家族もみんな死んじゃってるから一人だし、商売もこうしてこの時代にしては盛況な方だし、ここは安全だしね。色々、恵まれていると思っているんだよ……自分が生き残ったことに感謝しているんだ。誰かの役に立つなら、なんでも協力したいって、思っているからさ」
村井の言葉に、嘘がないことがわかり君咲は自然と笑みを浮かべる。文字通り、表裏のない、善人だ。安原は、事情があると言って君咲の素性すらほとんど話をしていないのだ。
「……ありがとうございます。村井さんのお陰で、なんだか心が安らぎます」
「え、え?どういう意味かよくわからないけど、役に立ってるならいいかな」
村井はそう笑いながら言い残し、作業途中の品出しに手をつけるのだった。君咲はその後ろ姿を見ながら、口を開く。
「細かいことは、事情があって話せません。ただ、家族はいませんがある人のところで住まわせてもらっていて、一人ではないんです。安原さんも、色々とサポートしてくれる、良い人です。つい最近まで、いいことが無くて、自暴自棄になっていたんですが、優しい方々に巡り合えて、何とか生きることができてます。村井さんも……その一人です、感謝してます……なのでご安心ください」
村井はその言葉に振り返る。君咲はこの場所で働き始めてから最低限しか口を開いていなかった。自ら話してくれたことに驚きと喜びを感じていた。
「そうか……ならいいんだよ。話してくれてありがとう。今日は色々仕入れたものが届くから、君咲くんがいる間に、品出し、終わらせておきたいな。よろしくね」
「……はい、わかりました」
二人はそう言って作業に取り掛かる。段ボールを開けて商品を取り出し、棚に陳列する作業。アルバイトを始めてする彼女にとって、非常に新鮮で、気分の切り替えをできるものであった。ただ、本来の目的は別にある。作業をしながらも、人の動き、言動には常にアンテナを張っていた。
するとさっそく、通路付近で作業をしていると、向かいの店の前で二人組の男が会話している声が聞こえてきた。
「……聞いたか?またぼっこぼこにやられたらしいぞ」
「え、今度は誰だよ」
「あそこだよ、レストランをやってる矢島さんのとこ」
「ええ、矢島さん?」
「昨日さ、俺、矢島さんと約束してたんだけどなかなか来ないから迎えに行ったんだよ、そしたら、警備隊と医師団がたくさん来ていて……野次馬している奴らから聞いたら、ぼこぼこにやられたって、店内もめちゃくちゃだったらしいよ」
「なんでだよ、矢島さん、この辺じゃ唯一のレストランなのに……というか容体は?」
「重体ってことしかわからないよ」
「犯人誰だよ……同じようなの3件目じゃねーか?」
「なんか矢島さん本人が医師団に連れていかれる前に、”サルトビ”ってワードをずっと呟いていたらしいよ」
「それ犯人の名前じゃねーか?早く捕まえて欲しいなというか、朝のテレビでやってなかったぞ、それ」
「最近、報道規制掛けてるんだよ、知らないのか?治安、正直どんどん悪くなってるだろ、いちいち報道してたら残された国民の不安を煽るだけだから、基本流さないことにしてるんだよ」
「さすが国営放送……やり放題だな……」
「ば、ばか、あんまり言うとやべーぞ、盗聴されてたらどうすんだ」
「お前だってかなりぶっちゃけてるぞ……」
背中合わせになる君咲の姿が見えていないのか、二人は容赦なく会話を続けていた。東浦の睨んだ通り、マーケットは様々な情報が集まる起点であることは間違いなく、君咲は既にそれを体感していた。この狭い世界で、何かしらの繋がりや情報を求めて、ここに来ている人が多数いる。そして、これは彼女にとって非常に気になる情報である。
君咲は、借りてきた携帯電話を取り出し、権田に教わった方法で「裏インターネット」にアクセスするのであった。
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