第13話

 既に日が沈んだ頃、君咲はリビングで単一放送である公共テレビを眺めていた。権田は、夕食の準備をするため、キッチンにて作業を続ける。

 なお、安原は用が済んだため、声明が終わった直後、東浦に何も言うことなく帰ったようだ。君咲にはその様子に違和感があったが、権田から、安原はあくまでも情報屋であり仲間とは少し違う、割り切った関係性であると説明を受け、何となく腑に落ちていた。ただ安原は、東浦法律事務所専属の情報屋というわけでもないため、通常は報酬に代わるチケットを支払う必要があるのだが、少し前に東浦から「チケットはもういらない、貸しができた」という趣旨の発言があったことが少し引っ掛かっていた。

 そんなことを考えていると、ようやく東浦が部屋から出てくる。


「……安原は帰ったか」

「ええ、とっくに」


 食事の準備を進める権田が片手間に答える。東浦はその様子を見て、君咲のいるメインテーブルに腰を下ろす。


「これから、どうしますか」


 君咲は、座ったばかりの東浦に質問を投げかけた。その様子を、キッチンにいる権田も聞き逃してはいなかった。


「どうもしない、俺たちは俺たちのやるべきことをやるさ」

「あたしは、真実を暴きたい」

「それは、殺された仲間の仇討ちか?」


 東浦の言葉に、君咲は視線を落とす。少し考えを整理する必要があったようだ。


「それもあります……けど、あたしは、この世界を再建したいんです。それは、殺された仲間との共通の目的でもありました」


 東浦はその真っ直ぐな目と言葉に、思わず目線を逸らした。否定するつもりもない。ただ自身がそこまで背負えるか、葛藤があるのだ。


「……いいだろう。まずやるべきを考えたんだが、政府内で何が起きているか、これを掴まないことには始まらない。猿飛ばあさんの言葉もどこまで本当なのか、田上の話も真実なのか、二人が真実を言っているとは限らないからな。百聞は一見に如かず、とは言ったもんだ」

「でも、具体的にどうすれば」

「まず今日の声明発表。明かされた事実は、ほんの少し。ほとんどを隠すためのある意味カモフラージュだな。森に隠されたわけだ。こうなると、やはり本丸に近いところでもう少し情報を集めたい。手っ取り早いのは政府公認の組織に入ることだ」

「政府公認の組織となると、警備隊、医師団、研究師団……」

「確かにそれもそうだが、人数が少なすぎるからな、リスクが高い。あと専門性の問題で対象外だろう。もう一つあるだろう、さっきも言っていたぞ」

「有志プロジェクト……!」

「そう。幸いにも、俺は既に裁判再開プロジェクトのメンバーに、公式に選ばれているからな。実際、何人か使えそうな奴はいる。あとは今日言っていた通り、プロジェクトは増えるだろう、そういうところから、入っていく必要がある」


 東浦の言葉に、君咲がバツの悪そうな顔をする。


「ああ、綾香ちゃんはね、顔バレするから無理だよね。大丈夫、別の役割があるから」

「別の?」

「マーケットさ」


 東浦が指しているのは総合物資交換所、いわゆる地下マーケットのことだ。


「今は一之助が買い出し含め一人で行っているが、そこに潜入してみるのはどうだ。あそこは、準公務員的な奴らが仕切っているから、割とグレーな情報が飛び交っているんだよ。政府公認とはいえ、治安が悪くもないから監視がキツくない。入り込む余地も、価値もあると思うぞ」

「雇われて働け……ということ?」

「そういうことだ。安原が顔が効く店があったはずだから、そこで働かせてもらおう」


 東浦と君咲が話していると、そこに食事が運ばれてきた。夕食の準備ができたようだ。


「東さん、一人で行かせるの危険じゃないですか?」

「一之助……聞いてたのか。心配か?」

「あそこは確かに治安はいいです。だけどモグリの業者もいるし、「裏の顔」もある。一歩間違えたら、絶対に政府に目をつけられます」

「……でも、リスク無しで得られるものはないわ。あたし、やります」


 権田の心配をよそに、君咲の覚悟は決まっていた。


「……だそうだ。一之助、俺らも適度に偵察はする。もちろん、危険な目に合わせたいとは思ってないよ」


 権田が料理を運び終わり席に着くと、東浦はさっそく手を合わせて、料理に手を伸ばした。君咲はその様子を見ながら、自身が箸を持つ前に口を開く。


「東浦さん。潜入はやります。けど、まだ三ヶ月経ってないのに、そんなことをあたしに任せていいんですか」

「……言い忘れてたな……綾香ちゃん、合格だよ。君は東浦法律事務所の正式に一員だ」


 その言葉に君咲は目を丸くする。東浦の隣に座る権田はさらに驚いた表情を見せた。


「い、いつの間に?聞いてないですけど!というかまだ数日しか経ってないですけど!」

「何でお前が興奮するんだ?綾香ちゃん、君の洞察力は中々なものだ。俺の若い時を彷彿とさせる……それは冗談だが、君の能力は大体把握できた。その上で、この事務所の戦力になると判断したんだ。問題ないだろう」


 君咲の表情に、自然と笑みが浮かぶ。


「もちろん……ありがとうございます……!」


 席を立って、そう言いながら頭を下げた。居場所が確約されたこと、君咲にとっては大きなことであった。


「今後も宜しくね、綾香ちゃん。さて、冷める前に食べようか」


 そう言われるとすぐに腰を下ろし、用意された食事に箸をつけるのだった。


 各自が様々な考えを巡らせていた。特に東浦は、この先のプランを色々と考えていた。猿飛の話は、何の根拠もないがある程度の事実を語っていると認識していた。火のないところに煙は立たない、まさに言葉の如しということだ。

 今日を境に、色々なことが動くことになる。田上総理の声明は、日本に残された約60万人、そのほとんどが聞いてたのだ。この声明をきっかけに、情報は錯綜し、疑念を生み、そして争いが生まれる。そういう過程を、皆が目撃することになる。

 そして、真実とは奇なり、見え隠れする真実を目の前に、彼らはどう受け止め、判断していくのか。これから試される事態となることを、東浦は感覚的に分かっていたのだった。


-明らかにある事実と隠された真実- 完

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