第12話

 映像を見終えてから約一時間、各自が事務所の中で各々のことをしている中、流している唯一の公共ラジオからアナウンスが流れる。


『……ここで、突然ではありますが、田上総理による声明発表が行われるようです!私たちも聞いていないので、どのような内容かはわかりません!』


 単一番組しか用意していない公共ラジオでDJを務めるハガネ・ランチャーこと鋼織美三夫はがねおりみさおの声が昂る。普段から公共番組とは思えないほどのクオリティで、アシスタントのミカLこと江間橋美花えまはしみかと高いテンションで喋り続けているのだが、いつもとは違う、緊張感のある昂り方だった。

 権田は、この公共ラジオが好きだった。彼らは、この日常がまるで変わらない日常かのように、何もなかったかのように思わせてくれるからだ。


『ランチャーさん、このタイミングで演説とは、一体どんな内容ですか!?』


 ミカLがランチャーに問いかける。


『分かりません……分かりませんが、この後、ここに田上総理が来るようです!もう少々、チャンネルはそのままに、お待ちください!』


 チャンネルは1つしかないので変えようもないのだが、これがハガネ・ランチャーの得意文句であった。


「テレビではなくラジオか。何か意図があるのかな」


 権田が呟く。それに反応するのは安原だ。


「わからないな。ラジオの方が記録が残りにくい……それも理由かもしれないが」


『……さて、いらっしゃったようです!私たちはいったん、ここを外し……た、田上総理、初めまして、ハガネと申します!』


 話しをしていると、放送局に田上総理がやって来たようだ。東浦法律事務所内にいる人間も、手を止めてラジオに耳を傾ける。


『ハガネさん、いつもラジオ聞いてます。国民のために、素敵な放送をいつもありがとう……さて、マイクはこちらでいいのかな』


 田上総理の声だ。ランチャーとミカLの声が遠ざかっていく。別室へ移動するのだろう。


『……国民の皆さん。お久しぶりです。こうして、公の場で話すのは、2年半前のテレビ局での放送以来ですね。この期間、少しずつ状況は変わりました。固定電話回線の一部復活、制限はありますがインターネット回線の整備、総合物資交換所、公式連絡先台帳、テレビ局、そしてこのラジオ放送……全ては戻っていないことは分かっています。ただ、変化は感じ取っていただけているのではないでしょうか』


 田上総理の言葉は、淡々としていた。感情を込めるでもなく、事務的といった雰囲気でもない。声だけではあるが、冷静さが伝わる、そんな話ぶりだ。


『不満は承知しています。しかし、色んなことが既に動き始めています。有志による政府公認プロジェクトは、十を数えます。少しづつ、これからも増えていくのです。政府だけではなく、皆さんとともに、この世は前進していきます』


 東浦が参加している「裁判再開プロジェクト」も、この政府公認プロジェクトの一つであった。この他、鉄道再開、エンタメ再開などのプロジェクトが組まれており、適宜検討が行われている。これも、田上総理立案のものであり、国民主導を謳う彼ならではの施策となっていた。


『さて、本題に入ります……あれから2年半が経ちました。当然、世の中は元に戻っていません。治安が悪化していることも承知してます。ただ、2年半、私たちは前進するだけでなく、3年前に何が起こったのか、調査を進めてまいりました。本日はその結果、判ったことの一部をお伝えしたいと思います』


 君咲は、話しを聞きながら、猿飛が語ったことを思い出していた。パンデミックそのものが仕組まれたもの、という説だ。


『単刀直入に申しあげます。パンデミックの原因は、あるウイルスによるものでした。このウイルスは、自然界にあるものではなく、人為的に作られたものであると、断定しています』


 東浦もインスタントコーヒーを口に運びながら、話しに耳を傾けている。猿飛の話との整合性を確認するいい機会でもある。


『これは「府中細菌研究所」で実験的に用いられていた、「KERHウイルス」であることが判っています。「killing humans except for RH-negative blood」……つまり、Rh-の血液型、つまりD抗原を持たない人間を死に至らせるウイルスです』


 猿飛との会話の通り、Rh-の話は既に知る人は知っている話であったが、ウイルスの名称が明かされたのは、初のことであった。


『当然、世に出るべきものではありませんでした。実験途中でもあり、かつ殺戮に使用する目的で作ったものでもありません。しかし、これが使われてしまったことになります。誰が使ったのか、これは判明していません。ただこのウイルスの特徴は猛毒性と、感染力の高さです。日本から、瞬く間に世界中に広がったものと思われます。まだ、諸外国との十分な連絡は取ることができていませんが、おそらく同様の状況でしょう。何が起きたのかすら、よく判っていないはずです。……まずこの事実を、国民に知らせるべきと思い、本日は急遽お時間をいただきました』


 受信不良によるものか、ラジオの音が少し途切れる。田上は話し続けていた。


『も……ひと……なければならないことがあります。本日を境に、さらに原因究明、そして人類を絶やさないための研究を加速させるため、新たに研究師団と医師団を増員します。未だに、子孫を残す方法が見つかっていません……皆さんの力が必要です。現在十名ずつですが、もう十名の枠を用意します。我こそは、と言う方。明日19時に国会議事堂前にお集まりください……今後は私からの声以外にも情報が伝わるよう、公共ラジオ、公共テレビ、公共インターネットを通じて、発信していきたいと思います。皆さん、引き続き、強く生きてください。……私からは以上となります、どうもありがとう』


 そう言うと、スピーカー越しに席を立つ音が入った。田上総理の声明発表は終了した。


「東、どう思う」

「……そうだな。少し考えるとしよう」


 安原の問いに対して、そう答えると東浦はおもむろに自身の部屋へ戻っていった。その様子を権田が目で追う。


「一之助……東どうした?」

「いや、何か思うところがあったんじゃないですか」

「そうか……お前はどう見たよ」

「どう、と言われても……中途半端な情報公開というか、声明と言うには大袈裟だなって印象ですかね」


 権田がそう言うと、目線を君咲に移す。


「君咲さんは?どう感じた?」

「あたしは……」


 権田の問いに、君咲は呼吸を置いて、言葉を整理してから話し始めた。


「新たな情報を開示することで、国民に対して、真摯に向き合い、真剣に取り組んでいると思わせるような……つまり自己アピールの声明に聞こえました。何となく聞いてしまうと、重大な情報公開がなされたよう聞こえますが、この世界の現実を目の前にすれば、大した情報ではないです。ある種の洗脳のような、そんな感じがしました」

「君咲ちゃん……未成年だったよね、君……なかなか鋭いね」


 思わず安原が口を開く。この会話は、隣接する東浦の部屋にも聞こえていた。東浦は自室の椅子に座ってタバコに火をつけ、天井を見上げなら呟いた。


「……いい着眼点だ」


 誰にも聞かれることはなく、そして東浦は微笑んだ。

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