第11話
『皆さん、おはよう。おそらくは、これがひとときの間、私の姿を皆さんに見せることができる、最後の機会になるでしょう』
放送は一議員の声明から始まった。
『……皆さんの身近で起きていることは、世界中で起きていると見られています。国会議員は衆参含めて700名超、その秘書など関係者も大勢いましたが、今現在、生存が確認できている人間は、私を含め三名です。三名……信じ難い、しかし受け入れなければならない現実です』
当時、この声明が始まったとき権田はテレビの前には居なかった。内容の大筋は聞いているものの、映像を見るのは今回が初めてであった。
『三名で話し合いを行い、亡き榎本総理に代わって、私、
東浦はこの映像をリアルタイムで見ていた。妻と娘を失い、死体だらけの街でボランティアにあたっていた頃だ。
『まずは、我々の調査で分かってることを、お伝えしたいと思います。皆さんの身近でも、信じ難い数の人々が命を落とされているでしょう。ちょうど半年前、発症が確認された時点での人口は約1億2千万人、現在は約60万人程度と推測されます。今はもう少し減っているかもしれません。千葉県船橋市の人口より、若干少ない程度。平均すれば各県に12,000人程度しか、この日本には、たったそれだけの人間しか生存していません。あなたの周りだけではないのです。私の妻も、息子も、死に至りました。日本全国で、大量の人間が死を迎えています。まずは亡くなった日本国民全てに、ご冥福を祈ります』
安原は当時から探偵業を行なっていたが、この時は東浦、権田と共に死体処理のボランティアを行なっていた。映像を見ているとその頃を思い出すのであった。
『各地域で残された皆さんが、亡くなられたご家族、ご友人、近所の知り合い、分け隔てなく、片付けに協力していると聞いています。本当に、ありがとうございます。一方で、人の密度が低い地域では死体の腐敗が始まっているところもあります。政府側で全国を周り清掃や処理を行うつもりですが、体制が整うまで時間が掛かります。この腐敗期、乗り越えるには皆さんの協力が不可欠です。やって欲しい、というお願いではありません。ただ、あなたのすぐそばに死体はあります。対応できる人には、お任せしたいのが本音です』
当時、火葬場などでは当然作業が追いつかないので、死体を集めたあとはグラウンドなどで火を起こし、そこに投げ込むようにして死体を火葬処理していたのだ。それを全国各地で行うという、異様な事態が日常の風景となっていた。最初は焼けたときに発する臭いなどに苦しむのだが、東浦たちは毎日数百の死体を燃やす手伝いをしていた。不思議なことに、やり続けていると、人を燃やす事に何の抵抗も無くなってくるのだ。
『この由々しきパンデミック……皆さんは生き残りました。まだ解明はできていませんが、このウイルスは発症して数時間で死に至っており、猛毒性があります。皆さんは、ウイルスへの免疫があるということです。私たち残された人間で、この世を再建しなければなりません。そして、どうか皆さんには人間であることを忘れないで欲しい。今、私に言えることは、それだけです』
現在もだが、強奪・強姦などの行為は絶えない。特に、当時はそうであった。店はあっても人がいない。当然、盗みを働く。生きるために仕方がないことであった。
『もう一つ、我々残された60万人、子孫を残さなければ滅亡します。しかしながら、調べによると我々免疫のある人間らから生まれてくる子供には、その免疫が引き継がれないことがわかっています。そうすると、子供は生まれた瞬間に死に至ります。どうか、悲劇を生まないためご理解ください。必ず、研究者とともに糸口を見つけます。日本人が再度繁栄できるように……』
君咲は、当時を思い出していた。このスピーチがきっかけで、例の暴動を起こすことになるメンバー四名と知り合うことになる。そのうちの一名がネタを持ち込むのだが、それはまた別の機会に触れることとする。
『そして政府の、公共の機関をいち早く復活させるため、政府直轄の警備隊、医師団、研究師団のメンバーを募集します。様々な専門知識のある者、腕に自信がある者、医療知識があって貢献したい者、とにかく我こそと言う者は、明日の午後、国会議事堂前にお集まりください。それぞれ精鋭を十名、選抜するつもりです』
『そして、選ばれた人間は私とともに、ここで残された国民のために働いてもらう、ということ。明日、お会いできることを楽しみにしてます』
『今ここには、三名の政治家がおります。私、田上と、箕島、そして井手。この三名は、皆さんのために、命をかけて復興を目指すことをお約束します』
映像は田上だけでなく、残り二名の姿も映す。
『いずれ、テレビ放送も復活させることができると思います。しばしのお別れです。たった60万人の日本では、法律も機能しない……今はそういう世の中です。指示はしません。どうか、皆さんのモラル、倫理観に期待したいと思っています。私からは、以上です』
映像はそこで停止した。田上が頭を下げたところで終わったようだ。
「皆さんのモラルって、よくよく考えると無責任な発言だな」
安原がそう言いながらPCからUSBメモリを引き抜く。
「このスピーチから、半年後に暴動があり、その後ラジオ局が復活してる。1年後には公共放送ではあるがテレビ局も復活した。田上は、何もしていないってわけではないんだよな。まあモラルに任せることは、無理筋だったわけだが」
「ただ他に方法がないことも事実。良いかどうかは別として、どうしようもない状況ではあったよ」
安原の言葉に、東浦が返す。人がいない以上、取り締まることもそれを裁くことも、勾留することも調査することも人的余力がない状況だったのだ。東浦に言う通り、他に選択肢はないのであった。
「東さん、この後に田上が研修師団、箕島が警備隊、井手が医師団を管轄し、政府選抜のメンバーが雇われることになったんですよね」
「ああ、警備隊の連中とは何度もやり合ったな。なかなか、強情な野郎だった……あ、いや箕島がどうってより、血の気の多い奴を集めてるんだから、当然と言えば当然の結果でもあるわけだ」
東浦は言いながら、君咲の顔を伺い箕島へのフォローを入れるのであった。
「緊急の声明ってことは、ここで明かされなかった話……つまり猿飛さんが言ってたことが明かされるってことなんじゃ」
君咲がそう言った。
「わからないね。今それを明かす意味も、何もかも」
東浦がそう言う横で、安原は何やらPCで作業をしている。
「どうやら、今日みたいだぞ、放送。……この後すぐだ」
安原の言葉に、場は静まり返った。何が話されるのか。一年半ぶりのこの声明は、当然ながら今後においても重要な分岐点となるのであった。
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