明らかになる事実と隠された真実

第10話

「ありがとうございます」


 権田は新宿Hビルの漏水問題で、現地に来ている。君咲も一緒だ。


「こちらこそ、助かったよ。私たち、争いを望むわけではないからね」


 オーナーの一人がそう言いながら、権田に袋を手渡す。問題解決の報酬だ。


「……マーケットの金券20枚と、米10kg、そしてドライヤー。確かに、預かりました」


 誰しもが強奪など野蛮なことを望んでいるわけではないのだ。倫理観や道徳的思想は、消えて無くなっているわけではない。案件の解決とともに人の温かみに触れて、権田は心を休めるのであった。

 一通りの挨拶を済ませると、報酬とともに車へ乗り込む。


「ふう。帰るか」

「……ドライヤー、ありがとうございます」


 今回の報酬は、事務所のドライヤーが壊れ最も悲しんでいた君咲への、プレゼントでもあった。


「ま、それみんなで使うんだけどね」


 権田はそう言ってアクセルを踏み込む。


「けどこれで、当面の生活はできそうだね。金券20枚あれば、今の相場なら半年分の食料品は手に入るよ……どうだった、今回」

「そうですね……権田さんが、意外にまとめ上手というか……」

「意外に……」


 権田はそこで引っ掛からざるを得ない。呟くように言うも君咲は気にしていないようだ。


「何だか、元の世界に来た感覚になりました」


 君咲の本心だった。話し合いで問題を解決するという、本来あるべき、法治国家の姿だったのだ。


「誰もが強奪、暴行のような野蛮なことを望んでいるわけじゃない……むしろ、人が寄り添って生きていく世界を、みんな本当は望んでいるような気がします。元通りの、世界を」


 権田はそれに答えなかった。元の世界が良いと、彼には言い切れなかったからだ。そのまま車を走らせ、事務所への帰路につく。


 到着して事務所に戻ると、そこには君咲と面識のない人間が、東浦と会話する姿があった。


「おう、戻ったか。無事解決か?」

「はい、とりあえず加害者側のオーナーが歩み寄る形で示談となりました」

「良い仕事したな」


 東浦と会話しながら荷物をテーブルに置く。君咲は面識のない人間と目が合う。


「……元気そうで何より」

「えっと……どなた、ですか」


 そこに東浦が入る。

 

「こいつは、安原一やすはらはじめ……うちの情報屋さ」


 情報屋、と聞いて二人の会話を思い出す。何度か出てきた名だ。


「あなたが……初めまして、あたし、君咲綾香と言います」

「どうも。初めまして、ではないんだけどね」


 え、と驚く君咲をよそに、権田が口を開く。


「安原さん、うちの事務所に来るなんて珍しいじゃないですか。何かあったんですか」

「そんなことはないだろ。この間もお前に呼ばれて来たじゃないか……今日はあることを東に伝えにきたんだよ」


 そう言って、安原はテーブルに置かれていたマグカップに手を伸ばす。


「一之助、この間の猿飛ばあさんの一件、あれから気になってて安原に調べてもらってたんだ。そしたら、近々、緊急の声明発表があることを掴んだんだよ」

「声明発表?」

「ああ。謎に包まれたパンデミック発生から三年、まだ明かされていない事実を、国民に公表するんだそうだ」

「……このタイミングで、なぜ」


 権田の言葉に東浦は首を傾げる。その様子を見て、君咲は言った。


「……田上総理の秘書から、聞いたことがあります」

「……秘書……箕島か?」


 安原が聞き返す。


「そうです、箕島さん……彼が、あたしの命の恩人です」


 権田も東浦も、聞いていない事実に驚きを隠せない。


「さらっと綾香ちゃん、君って奴は……それ、話して大丈夫か?」

「皆さんのこと信用してますし、何よりこんな世の中で、隠し事なんて意味ないです」


 安原は状況が掴めていないようだ。東浦が補足する。


「お前でも顔見ただけじゃ気づかないか……綾香ちゃんは、1年前の『元学生らの暴動』、あれの主犯格とされたうちの一人なんだ」

「生き残りの一人が、君なのか……警備隊の管轄は、当時秘書の箕島がやっていた。あの一件で、彼は外されることになったんだ」

「あの時、あたしは処刑の直前でした。箕島さんが、意図的に逃がしてくれて……その時言ってました。声明の内容が全てじゃない、騙されるな……そして田上を止めたいなら今じゃない、必ず好機は来る、それを待つんだ、と……あの時のやり取り、鮮明に覚えてます」

「まさに、それだ。声明の内容は全てじゃない……猿飛ばあさんの話が事実なら、俺たちはとんでもない事実を隠されていることになる。で、そこでこのタイミングでの声明発表ときた……目的は分からないが、猿飛のばあさんも言っていた当時の声明を見直した方がいいんじゃないかって話になってね。そこで安原にブツの調達を依頼したのさ」


 東浦がそう言うと、安原はカバンからUSBメモリを取り出す。


「……三年前、最初の発症者が確認されてから約半年後、ちょうど民放のテレビ局が一局のみになって、運営できずに終了するとされた最終日の放送。残された国民全員が見てたやつさ」

「これから政府と対峙していくとするならば、まずは事実の整理が必要だ。皆で声明を見返そう」


 安原はPCにUSBを差し込む。映像が出てくると、全員が画面に目線を移すのであった。


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