第9話

 帰路の道中、往路ではいなかった人間が乗って、計四名で国道を走る。風景は移り変わるが、人がいない。この風景は、慣れるようで慣れないものだ。権田は、三年が経過しても未だに違和感を覚えるのだった。そして、この状況についても、少々の違和感を抱えており、それを東浦は察知していた。


「一之助。気持ちはわかる、が……この人は、悪人だが、極悪人ではない。この世で盗みや騙しは、ある意味で生きるための術だろう。法律が機能していないこの世で、それを咎めるものも、その根拠もない。それにこの人は俺らが知りたい情報を持ってるんだよ。人を殺したわけでもないんだ、理解してくれ」

「……人を殺してないと、なぜわかるんですか」

「さっき安原に調べさせた。この人、マーケット界隈で有名人なんだ。騙しの方でね。やりすぎた結果、困って主戦場を変えたんだろう」

「安原さん、また使ったんですか?確かチケットは余ってなかったはずです」

「問題ない。あいつには大きな貸しができたんだ……今後はチケット買う必要はないよ」


 車内では内輪話が続いていたが、権田が返事しないことで静寂が訪れた。痺れを切らした猿飛が、口を開く。


「もういいかい、そろそろ話をしても」


 隣に座る東浦が、「お願いします」とそのまま発言を促す。


「さっきこの人には、少しだけ話をしたけどね。先月、あたしゃ政府の悪巧みを知ったんだよ。地下マーケットに出入りしてると、色々話しを聞くんだがね。たまたま政府の人間が来て、聞いちまったんだ」


 運転する権田を除き、助手席の君咲も後部座席で隣に座る東浦も、猿飛に眼差しを向けていた。


「……その前に、知ってるかい、残された者の共通項」


 三年前、得体の知れない疫病の蔓延により史上最大の死者を出すパンデミックが起きる。その時の政府の公式説明は、「生き残った者には免疫がある」だった。免疫が付かなかった者は、苦しみの末、もれなく帰らぬ人となった。


「残されたあたしたちは、子孫を残すことすら禁じられた。子供には免疫が付かず、蔓延したウイルスで死を迎えるからだ。そう、ここまでが公式の説明さ。ま、あたしには関係のないことだがね」


 猿飛は東浦の顔を見て、何かを察知する。


「……おや、知ってるようだね。あたしらは、皆んな血液型が一緒だってことを」


 東浦は知っていたようだ。残り二人は何も知らず、ただただ無言で驚いていた。


「あんさん、血液型は」

「A型Rh-(マイナス)……一之助、お前は調べたことがないんだったな。綾香ちゃんは?」


 君咲は首を横に振る。それを確認して猿飛が続ける。


「あたしゃB型のRh-さ。お前たちも調べれば間違いなくRh-だろうよ。……いいかい。共通するのは、Rh-という点。あたしゃ専門ではないけどね、何かの因子が欠けているからマイナスって表示らしいね。……で、ここからが聞いた話だ」


 猿飛は足を組み直して、続ける。


「単刀直入に言うと、政府は人体実験をしているのさ……つまりRh-のみが生き残るなんていうことが自然界のウイルスにはできないってことさね。三年前のパンデミックは、人為的なモノだったってこと。もちろん、故意で蔓延させたのか事故なのかどうかは、あたしには分からないがね……そしてこの後に及んで、政府は子孫を残す方法を模索している……悪巧みっていうのは、まさにそれさ……若い女性を大量に誘拐して、無理矢理、妊娠させてるのさ……実験というには程遠い内容だがね。結果、何名も妊娠するが、ウイルスのせいで子はお腹の中で死に至る。だがさらに事件が起こった。……産まれたんだよ、一人だけ。生まれるはずのない、子どもがね」


 衝撃的な内容の話を、皆黙って聞いていた。一瞬の静寂を、運転席の権田が破る。


「猿飛さん、それ、確証のある話なんですか」

「証拠はないさ。だから、調べようとしているんだよ。一年前に、若者も戦っただろう。あの子らは、政府の豪遊を非難してだったが……一部を暴いたって意味では、大きな功績さ。あたしらも、あぐらかいている場合じゃないってことさね」


 風景は移り変わり、新宿に近づいていく。車両が通ること自体が滅多になく、信号も動いてはいない。止まることがないため、通常に考えるより早くに到着するのだ。


「猿飛さん……悪巧みっていうのは、その人体実験のことか」

「そうさ。あんさん、あんた非人道的なことを許せないタチだろう。気にならないかい」

「事実なら、の話だな。許すものじゃないだろう」


 東浦は車内の窓を手を外に放り出す。遠くを見つめるようにそう言った。


「三年前、田上が総理になった時のスピーチ……覚えてるかい。そして、腐敗期である一年間。そこに隠されたのだよ、真実はね」


 猿飛は運転席を小突いて、「この辺で」と権田に伝える。権田はそのまま車を路肩に寄せた。


「短い間だったが、世話になったね」

「猿飛さん……あんたの言うことを全て鵜呑みにしてわけじゃないが、情報提供は感謝するよ」


 東浦は、車を降りた猿飛に向かってそう言った。


「迷惑掛けたからね、あんたらに。……けどあたしゃ、伝えたいことは伝えたよ。もしあたしの手を借りたくなったら、いつでも連絡しておいで。ほれ」


 猿飛はそう言いながら、住所と固定電話の番号が書かれた紙を東浦に渡した。


「あんさん、いい男だ。この世を憂う気持ちがあるなら、立ち上がりな……達者でね」


 そう言って、猿飛は背を向けて歩いて行った。東浦は特に呼び掛けることもせず「出してくれ」と権田に伝えた。車は事務所に向かって走り出す。


「東浦さん」


 口を開いたのは、君咲だった。


「あたし……」


 何かを言いかけて、止めた。東浦はそれを察して口を開く。


「綾香ちゃん、もう一度戦う勇気はあるのかい」

「……あたしがやらなきゃ、いけないんです」


 権田はその会話で思い出していた。君咲が死にかけていた時に発した言葉を。

 東浦は猿飛との出会いを通じて、感じていた。この先起こるであろう波乱と大きなうねりを。

 そして君咲は、気づいていた。戦うべき相手と自分自身のやるべきことを。彼女は変わり果てた世界で得た仲間とともに、再度立ち向かうことを覚悟するのであった。



-畜産農家の悲劇- 完

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