第7話

 野尻の自宅周辺は、目立って滞在できるような場所はない。車が残っている様子から徒歩で移動したと考えられるが、権田が席を立ち号令を出してから既に一時間は経過している。これ以上、探すところがないくらい周辺の見通しはいいのだ。


「よしおが、仲間かもしれないな……猿飛の」


 権田は隣を歩く君咲に語りかける。二人はペアで捜索をしており、東浦は単独で動いているようだ。


「……なんか違和感、ありませんでした?」


 自身の話を意に介さない君咲の言葉に、権田は歩速を緩める。


「違和感?」

「はい……なんか全体的に話が作り物っぽいなーって」


 権田は首を傾げた。確かに、取引内容の釣り合いが取れていないことなど、背景に疑問点はある。


「というと?」


 君咲の話を聞いてみることにした。


「色々ありますけど……決定的なことが一つ。野尻さんって畜産農家の中でも有数の規模だと思うんです。規模も大きいし、野菜まで育ててる。それなのに、公式連絡台帳に登録してないって、考えられないです」


 公式連絡台帳は、二年前、政府によって作られた仕組みだ。農家などの一次産業はこのご時世においてさらに貴重な存在へ昇華しており、それこそ強奪の対象となる恐れがあった。

 そこで田上総理は、政府のお墨付きを与えることで印籠のような役目を果たし、かつ既存の公共インターネットが使用できない状況において、政府専用回線を使ってその台帳だけは閲覧可能としたのだ。当時、インターネット上で見れる情報は連絡台帳のみだった。当然、宣伝効果はさることながら、客を獲得するために最も効率が良いと言い切ることができる。何より政府の管理下となれば、迂闊に手は出せない。直轄の警備隊が黙っていないからだ。


「しない理由がない、です。あと卸しの話が気になりました……連絡台帳にも登録してない農家を、マーケットは受け入れてくれるんでしょうか。何か、隠してるというか、裏があるように聞こえたんですよね」


 君咲は何気ない気づきを口にしただけであったが、それを聞いていた権田は足を止めた。何かを思い出したようだ。


「マーケットに卸してるって言ってたよね……確かにあり得ない……」


権田は独り言をぼやくに様に呟く。そして携帯電話を取り出した。


「……東さん、いまどちらですか?」


 君咲は、権田の耳元にある携帯電話を取り上げ、スピーカーボタンを押して、権田に戻す。呆気に取られている権田をよそに、電話口が反応する。


『今、ちょうど一服してたところだ……収穫あったか?』

「いや、気づいたんですけど、確か地下マーケットでの取引って、公式連絡台帳の登録が必須条件だったと思うんです。そうすると、野尻かずこは私たちに嘘をついたことになります」


 権田の言葉に、電話口が一瞬静まる。すぐに、息を吐くような音が聞こえてきた。


『……ああ、立川の地下マーケットを安原に調べさせたところ、どうやら地下マーケットに商品を卸しに来ていたのは、野尻かずこのようだな……責任者に顔写真を見せたら、別者と断言したそうだ』

「……東さん気づいていたんですか?」

『当たり前だろ、どう考えてもおかしい話だったからな。ただ裏を取らず言い掛かりつけるわけにもいかない……ちなみに今の話、お前が気づいたのか?』


 権田はその言葉に、君咲の顔を見た。


「いえ、君咲さんが」

『ほう……マーケットの登録条件なんて、知らないだろう。違和感を覚えたか。いい着眼点だ』


 東浦はスピーカーになっていることを知らない。この褒め言葉を、君咲は素直に受け取った。


『つまり、奴は偽物ってことだ。目的はわからないが、被害者のフリをしていることになるな……まあいい、いったん戻るから直接話そう。そろそろ切らないとまずい』

「分かりました、後ほど」


 権田は電話を切る。君咲が物珍しそうに携帯電話を眺めていた。


「どうしたの?」

「携帯……各キャリアの電波は復活していないはず。なぜ権田さんの携帯電話は発信できるんですか?」


 権田はその言葉を聞いて、君咲に微笑みかける。君咲は、知らないことを下に見られたような、そんな様子を感じ取り少しだけ睨み返す。


「裏インターネット……って知らないか。表、つまり通常のインターネットは今、政府指定のURLしかアクセスできないでしょ、アクセス制限しているから。実はもう1回線オープンになっている回線があるんだよ。政府関係者がやり取りをするための回線で、それを一時的に借りて通話したんだ。僕たちは「裏インターネット」って呼んでるよ……仲間がハッキングしてね、今はそこにアクセスができるんだ。その回線があれば、どこのページでもアクセスはできる」

「……そんな便利なものがあるなら、それで調べ物すぐできるんじゃない?」

「裏インターネットは、政府関係者が使用していることもあって、常に監視網が敷かれてる。一時的なら平気なんだけど、1分を超えてはいけないと言われてて。1分以上になるとIPアドレスとかPCが保有している情報が回線内に漏れ出して、見つかりやすくなるんだ……だから、1分以上は使えない」


 君咲にとっては驚愕の事実だ。この世でインターネットは使用できないと思っていた。「裏インターネット」なるものがあれば、やれることの範囲は広がる。


「それで携帯電話を……」

「回線の容量も潤沢ではないから、それで政府は公開しないのかもしれない……とりあえず、戻ろう」


 権田と君咲は、野尻の自宅へ戻る。携帯電話が通じることにも驚きを隠せないが、今は野尻のことに考えを巡らせる君咲なのであった。

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