第5話

 翌朝、権田は早くから朝食の準備に取り掛かっていた。この事務所で、炊事を担当するのは彼の役目だ。


「卵はこれで最後か……地下マーケット行かないとな……」


 この世界では、食料品の調達方法は、二つある。農作物、畜産を専業とするいわゆる農家から直接入手する方法、もう一つは総合物資交換所、いわゆる地下マーケットで物々交換を行う方法だ。農家は、個人との取引に対して基本的には応じることがないため、後者での調達が一般的である。


「おはよう、一之助!新しい依頼だ、畜産農家からだぞ」


 準備がちょうど整ったころ、東浦が入ってきた。この事務所では、リビングが客間であり仕事場でもある。


「おはようございます。すごくタイミングいいです、ちょうど卵切らしたところだったんで」

「そりゃあよかった。手付けは卵にしてもらうか」

「どんな依頼なんです?」

「売掛の回収だよ。どうやらここ一ヶ月で新たに付き合いを始めた取引相手で、身元をよく確認せずに手付け10パーでブツを先に渡したんだそうだ。そしたら、支払いの約束日になっても現れず、固定電話も繋がらない……とさ」

「また未払いの案件ですか……というよりどっちかと言えば詐欺ですよねそれ」

「ああ。まあ確信犯だわな。確かにこの手の事案、増えてるな」


東浦はそう言いながら、席につく。無言で手を合わせると、テーブルの食事に手をつけ始めた。


「手付け10%も、少し不用心ですけどね。ちゃんと現物交換すればいいのに、と思いますけど」

「……まあ、そりゃそうだが、つけ入る隙があったんだろうよ。詐欺師っていうのは、そういう善人を狙うもんだしな」


 東浦は話しながら食べていると、テーブルにの食事が並んでいることに気が付く。権田は、東浦がそれに気付いた様子を見計らったかのように切り出した。


「東さん、昨日の話、考えてくれました?」

「昨日のって……あの子のことか。いや考えるも何も、まだ本人と会話もしてないからな、俺は。昨日帰ってきたときもずっと寝てたし」

「確かにご飯食べた後、すぐに寝てそのまま起きてませんが……死にかけてたんですから、しょうがないですよ」

「別にいいさ。さっきの答えだが……お前の話を聞く限りでは、フィフティだ」


 東浦は話しながら食事を進める。久々の焼き魚の骨に、苦戦しているようだ。権田も様子を見ながら席につき、無言で箸を手に取る。


「納得しない顔だな。いや、あの子が何か嘘言ってると疑ってる訳じゃないし、お前が話を盛ってるとも思ってないよ。お前が、あの子に何かを感じてることも、何となく分かる……寝顔を見る限り、なかなか整った顔立ちだしな」

「いや、僕はそういうのは……」

 

 すかさず権田は反応する。


「……わかってるよ。それは冗談としても、よく考えてみろ。二人が、三人になることの意味を」


 分かっていた現実を、改めて突きつけられる。東浦は、おふざけは好きでも、理想は語らない。極端なリアリストだ。権田とは、異なる部分の一つである。


「フィフティ、の理由はそれですか」

「それ一つ、だ。現実問題、人数が増えれば生活は苦しくなる。単純な話だが、それだけじゃない。……そもそも、連れ帰ることは認めたが、ここで養うなんて約束はしてないだろう」


 東浦は、綺麗に魚の骨を取って皿の端に置き終わると、身の部分を口に運び味わい深く咀嚼する。


「……お前の意見は言わなくても分かる。だが、これは俺が決めるぞ。……あとは、直接話してみて、考えるとしよう」


 そう言い切ったとき、物置の扉が勢いよく開いた。もちろん、扉を開けたのは君咲だった。


「君咲……さん」


 権田の驚きなど知る由もなく、君咲はそのままテーブルに向かい席についた。


「ほう。聞いていたか。盗み聞きとは関心しないな」

「……声が大きいから目が覚めたんです」


 これが二人の初めて会話だった。君咲は真剣な眼差しを東浦に向ける。


「東浦さん、あたしをここに置いてください。きちんと働きますし、お役に立てるはずです」

「どうかな。……俺はまだ、君の名前すら聞いてないが?」

「……君咲綾香です」

「綾香ちゃん。礼儀がなってないな。名前の次に、俺に言うことがあるだろう」


 東浦も、君咲に対して真剣な目で返す。


「窓ガラス……割ってごめんなさい」

「そうだ。まずはそれが最初に無きゃいけないな?……ここに居座るってことは、一之助と同じように、仕事をして生活に必要なモノを取ってこれる人材じゃなきゃダメだ。大切なことは、『コミュニケーション』。相手が怒っているのか、悲しんでいるのか、飢えに苦しんでいるのか、殺意を持っているのか、俺たちは見極める必要がある。謝罪を欲している人間には、まずお詫びしなきゃ何も始まらない」


 君咲は目線を変えず東浦を見ている。東浦は続ける。


「人を見る目があると、一之助に言ったそうだな?人を見極めることは、そう容易いことじゃない。人は擬態するからな。環境という名の森に、自分の身を上手く隠して生きている……本音は、すぐには見えてこないもんだ。綾香ちゃんは、何をもって、確証を得る?」

「目、です」


 東浦はその答えを聞きながら、テーブルに用意されたインスタントコーヒーを口に運ぶ。


「目を見れば、あたしはその人がどういう人か、分かります。詳しい何かが分かるわけではなくて、その人がどういう性格なのか、裏があるのか、偽っているのか、そういったことは分かるんです」

「なるほど。それが本当だとしたら、綾香ちゃんは生きる嘘発見器、といったところか」

「……信じてないですね」

「いや、そんなことはない。俺は、慎重でね。こうしよう、綾香ちゃん。三ヶ月、試用期間だ。その間に、結果を出してもらおう」

「……結果を出せなければ?」

「聞くまでもない。出ていってもらうよ。俺は、未成年だろうが女の子だろうがお年寄りだろうが、特別扱いはしないタチでね。せめて窓ガラスの修理代くらいは稼いでもらわないといけないから、特別にチャンスをやろう……一之助、これでいいか?」


 急に振られて驚く権田だが、君咲の顔を見て、返事をする。


「はい……僕は問題ありません」

「よし……三ヶ月間、飯は提供しよう。一之助の補助に入って、結果を出してみろ。綾香ちゃんが自分の存在価値を証明すれば、正式に仲間として認める」


 君咲はその言葉に頷いた。


「……分かりました、ありがとうございます」

「じゃあまずは腹ごしらえしてくれ。食事が終わったら、さっそく仕事に行くぞ。俺は部屋にいるから、準備ができたら呼んでくれ」


 東浦は、そう言って立ち上がり、自室へと向かっていった。


「君咲さん、気を悪くしないで……東さんは、悪気はないんだよ」

「ええ、わかってます。この時代に、タダで人を置くメリットなんてない……それくらいは、分かっているつもりです。むしろチャンスをいただけて、ありがたいです」

「そう、ならいいけど……」


 君咲に、どこかに行く宛などはない。拾ってもらったこのチャンスを、逃すわけにはいかなかった。

 その野望のため、その夢のため、その目的のために、彼女は前を向くのであった。


 これが、君咲と権田の出会いであった。そしてこの先、次々と起こるさらなる事態を、まだこの時は誰も想像できていなかった。



-出会い- 完

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