第3話
順調に書類整理をしていた権田だったが、突然、事務所中が揺れたかのような轟音に見舞わられ、思わず立ち上がる。音の方向は、物置の方からだ。
「起きた……のか……」
死にかけていた人間の起床にしては、少しばかり騒がしさが不釣り合いだ。権田も、そういう心構えはしていない。
ガシャン!
今度は何かが割れる音だ。音の大きさのあまり、身体が自然と飛び上がる。ただ、これで一つはっきりとしたことがある。物置の中で、割れるような音がするモノは数えるほどしかない。
幸いにも、ここまでの描写でまだ数秒しか経過していなかった。広い事務所ではないため、物置までは数メートルの距離である。補足すると、ここはビルの3階。逃げるには、少しハードルが高い場所である。
権田はすぐさま物置へ向かい、勢いよく扉を開けた。そこには割れた窓から身を乗り出す少女の姿があった。
「ちょ……君、待って!」
その声に、少女は振り向く。死にかけの人間とは思えない目つきをしていた。権田はその眼差しに引き込まれていく。恐怖とは違う、生への執着心を感じる、そういう類の目をしていた。
しかしながら、権田の制止も虚しく少女はその窓から飛んだ。権田は急いで窓へ駆け寄り真下を覗くと、少女は隣のビルの非常階段に飛び乗っていた。すぐに地面へ降りていき、そのまま走り去っていく。
「うそ……」
その体力がどこから湧いてくるのか、おおよそ見当がつかない。点滴を打って数時間寝ていただけで、根本的に快復しているはずがないのだ。ただここで思考を巡らせていることで彼女を見失うわけにもいかない。権田は急いで事務所を飛び出し、彼女を追っていく。
彼女自身も、逃げたまでは良かったが、次第に身体の嫌な重みを感じていた。普段どおりの身体ではないことはすぐに分かった。そもそも、なぜこんなことになっているのか、身体が勝手に反応していて頭の理解が追いついていない。
「君、待ってよ!」
後ろから呼び掛ける。権田の必死さと、自身の体力の限界から、ついに彼女は足を止めた。
「はあ、はあ、何で逃げるんだよ、君、死にかけてたんだぞ」
権田は息を切らしながら話かけ、ゆっくりと近づく。彼女も息が上がりふらふらとしている。
「なんで、追いかける、の?」
初めて彼女の声をきちんと聞いた気がする、権田はそう思った。そしてどうやら、権田に助けられた記憶はないらしい。
「そりゃあ、僕が助けたから、体調が回復してもいない人間を、逃すわけには、いかない、でしょ」
ぶつ切りの言葉で答える。彼女はピンと来ていない。そこで権田は気づいた。
「記憶が、ないんだね……いいよ、とりあえず、僕は味方だよ。このまま逃げたって、しょうがないでしょ。まず、何か……食べないと」
その言葉に彼女は何かに気づいたようだ。ふと自身の身体に目線を移す。あまりに汚さと臭いに我を取り戻した様子だ。そして同時に腹の虫が鳴き、その音は離れている権田の耳にも聞こえた。彼女は少し恥じらうような表情を見せて、こう言った。
「シャワー……貸してもらえますか」
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