第78話 確約された悪意1
王都で人気沸騰中のアイドル、もとい歌姫を襲ったのは、やはり冒険者崩れのレイダー達のようだ。
恐らく彼らは、王都に訪れた大商隊でも装って城壁門まで近付いたのだろう。
レイダー達の服装は、荷下ろしを行うような作業服だ。中には仕立ての良さそうなスーツを着ている者もいる。そういった民間人の服装の上から、ごちゃごちゃと防具を身に着けて、レイダーらしく仮面を被っていた。
「クソがぁ! 足掻くんじゃねぇ!」
「俺達に大人しく殺されとけよっ……!」
「何をモタモタやってやがるっ!」
「おい! 誰でもいい! 早く歌姫を殺っちまえよ!」
顔を隠してはいるが、彼らが身に着けている武具類や装備品、既に役割分担を済ませたような陣形維持と立ち回りの仕方は、パーティ戦をこなしてきた者達にしかできない動きだろう。或いは、今までも効率よく他者を襲撃し、強奪や殺人を行ってきた証とも言える。
レイダー達の数は多く、他者を襲い慣れているふうだった。
「うわぁぁぁああ……!!」
「何だよこいつ等っ……!」
「う、狼狽えるなっ! それでも騎士か!」
「隊列を崩さず耐えろ! 押し返せ!」
「何としても防護魔法陣を維持しろ!」
一方で、歌姫と彼女の所属する事務所関係者たちを護っている騎士風の者達は、明らかに実戦経験が足りていないのか。
壮麗で華美な装飾が施された鎧兜に身を包み、立派な剣や槍などを手にしてはいるが、逃げ腰になっている者達が少なくない。反撃もままならず、レイダー達に取り囲まれて押されている。
だが、それでも潰走まで至っていないのは、彼らが纏う装備品の御蔭だろう。
結界魔法を展開できる魔導防具や、とにかく耐久性の高い全身鎧の御蔭で何とか持ちこたえているといった風情だ。
そんな騎士たちを蹂躙すべく、レイダー達の中には魔術士だけでなく、テイマーまでいるようだった。
さっきから騎士たちの上空を旋回しつつ、急降下での強襲を繰り返している巨大な影がある。しかも複数。あれは、グリフォンか。身体が獣、頭部が鷲の魔物だ。
魔術士だけでなくテイマーまでを仲間に組み入れて、上空からの攻撃手段までを揃えたあのレイダー達は、間違いなく討伐対象として賞金が掛かるレベルの悪党だろう。
「押せ押せ! 雑魚騎士どもを押し潰せぇっ!!」
「邪魔するヤツは全員ぶっ殺すんだ!!」
「急げ! 増援が来たら厄介だ……!」
「絶対に歌姫を逃がすなよ!」
「ここでしくじったら、俺達はッ……!」
だが、妙だ。
騎士たちを追い詰めている筈のレイダー達だが、享楽的に歌姫を襲撃している様子ではない。残虐さを解放している悦びの気配も無く、金目のものを奪おうとしている雰囲気でもなかった。
アッシュ達まで届いてくるレイダー共の濁声、その怒号には、不吉な懸命さが滲んでいる。寧ろ、相対している騎士たちよりも必死というか、いかにも必死という感じだ。
ただ、レイダー共と騎士達戦闘は、始まってからそこまで時間が経っていない様子である。倒れている負傷者の姿が見えない。
だが、それも今だけだろう。
彼らの戦闘は明確に激しさを増しつつある。
金属と金属が激しくぶつかる音。怒声。
グリフォンの雄叫び。号令。魔法による爆発。
炎の余波。それを打ち消す結界魔法の光。
城壁門前に渦巻くそれらの中に――。
「きゃあ……!」
「ぅひぃいい……!」
「もっと身体を寄せて!」
「顔上げるな! 伏せていろ!」
非戦闘員達の悲鳴と、叫ぶような声が細く混ざりこんでいる。いや、聞こえてくるのは悲鳴だけではなかった。
「ハァーーーーッハッハッハッハッハッ!! 恐れることはない! マッシブでウルトラ・ストロォォォングな騎士達が私達を護ってくれているのだからね! スタッフの皆は、騒ぎが収まるまで昼寝でもしておきたまえよ!」
戦闘音を押し退けるような、物凄い大音声が聞こえてきた。大きいだけでなく、その声音には瑞々しい伸びと華やかさがあり、明らかに鍛え抜かれた力強さと美しさを併せ持つ、職業的な声質だった。
歌姫。アイドルの声だと、アッシュも直感的に分かった。
「仮眠は労働効率を上げるからねぇ! んん!? 眠れない!? よろしい! では、こぉぉぉの私! 王都で人気急上昇中のぉぉ、超絶★ミラクル★アイドルである、エリシア=スチールポプラがァァ、子守歌でも歌ってあげようじゃあないか!」
恐らく、狙われている歌姫自身が、自分の周りで恐怖に竦んでいるスタッフ達に声を掛けているのだ。
あの自信と自己肯定感に溢れた口振りは、なんとなくというか、かなりエミリアに似ているような気がする。だが、エミリアのような戦闘力を持っていないはずの歌姫の声は、伸びやかで力強いが、その声の底には、明らかな怯みと震えがあった。
その言葉通りほども余裕ではなくとも、彼女は恐怖を見せないようにしているのだ。あの勇敢で気高い態度も、やはりエミリアに似ているように思える。
とにかく彼女達を助けなければならない。
「貴様ら……! 直ちに武器を捨てろ!」
有翼の全身鎧を纏ったヴァーミルが、上空から戦闘領域に突入していく。そしてレイダー達を見下ろす空中で急停止し、凛とした大声を発した。
「大人しく従えば、痛めつけるような真似はしない!」
堂々と言い放つヴァーミルの峻厳な美貌と、翼を羽ばたかせる彼女の鎧が、陽光を浴びて煌めいている。その輝きを背負うようにして、手にした大戦鎚を悠然と構えてみせるヴァーミルの姿は、まさに厳格な戦乙女そのものだ。
「お、おい、やべぇぞ……!」
「クソがぁ……! アードベルの『戦乙女』かよ!?」
「間に合わなかったじゃねぇか!」
「いや、でも、おかしいだろ……!」
「タイミングが悪すぎる!」
「襲撃の合図は、ついさっきだったろうが!」
「まさか、俺達は嵌められたんじゃ……!?」
ヴァーミルを見上げたレイダー共は、仮面を着けた仲間同士で顔を見合せながら、明らかに狼狽えていた。
そんなレイダー達を黙らせるように、ヴァーミルの隣で翼をはためかせるシャマニが攻撃的な口振りで言い捨てる。
「まだ暴れるようなら、力づくで鎮圧するわ。……死んでも自己責任よ」
眉間に皺を刻み、冷酷な下目遣いになっている彼女の手の中では、長大な蛇腹剣がバッチバチと紫電を纏わせている。
空中に佇むシャマニとヴァーミルを軸にして、他の『戦乙女』達4人も、レイダー共を空中から包囲するように浮遊していた。
そのうちの1人、小柄な戦乙女は、その体格には明らかに不釣り合いな巨大メイスを肩に担いでいる。その傲然とした態度は、戦闘を厭わない戦士そのものだった。
また別の戦乙女は、大振りな鉈剣を体の横に持つようにして優雅に構えていた。鉈剣の柄から伸びるアレは、魔鋼ワイヤーだろう。
両腕と両手を禍々しく肥大化させたような、刺々しい装甲腕を纏った戦乙女も、空中で祈りを捧げるように両腕を広げている。
眼鏡を押し上げるような仕種をしている戦乙女が引き連れているのは、無数の黒い鳥だ。一見すると装甲を纏った大鷲のようだが、魔導機械術によって製造された機械獣である。
羽根つきの兜で顔の上半分が隠れている彼女達は、無駄口を叩くことなく、ただ厳粛に空中に陣取り、隙も油断もなくレイダー達を見下ろしている。
彼女達の纏う、あの威圧感に満ちた静寂は、いつでも攻撃を開始できるというメッセージに違いなかった。
空を飛び回っているグリフィンも、『戦乙女』達の威圧感に飲まれ、攻められず、かといって逃げ出すことせずに、ただウロウロと空中を漂っているような有様だった。
「おぉ! 『戦乙女』だ!」
「ありがたい……! 『鋼血』の増援か!」
「心強いな! これなら押し返せるぞ!」
歌姫たちを護ろうとしていた騎士たちが、希望を滲ませた表情でヴァーミル達を見上げている。
「あの鎧、飛行魔導具を組み込んでやがるのか……!?」
「空を飛ばれたら逃げられねぇぞ……!」
「ど、どうすんだよ!? 戦うのか……!?」
「馬鹿言えっ! あんなモン、相手にしてられねぇってのに……!」
騎士たちを取り囲んでいたレイダー達の方は、『戦乙女』達に気圧されて怯み、逃げるか足掻くかを迷うように動きを止めた。結果的に、防壁門前の戦闘に空隙が生まれる。
その静寂の隙間を押し広げるように、アッシュ達も防壁門の前へと駆けこんでいく。
「レイダー共。抵抗は止めろ。動けば斬る」
真っ先に、セツナの物騒な低い声が飛んだ。
アイテムボックスから呼び出された彼女の防具は、胸当てと篭手だけで、かなりの軽装だ。居合刀を扱うために、手首や腕の動きを極力疎外しないためという意図もあるのだろう。
レイダー達を睨み据えて重心を落としたセツナは、既に腰に居合刀を構えて、いつでも刃を抜き放つことができる姿勢である。
「大人しくした方が身のためだよ~。セツナさん、怒ったら怖いんだから」
そのセツナと並ぶ位置で、ルフルが4体の重装騎士人形を展開した。
軽くめかした口振りのルフルだが、その可憐な顔は笑っていない。険しい眼差しでレイダー達を睥睨しつつ、重装人形達に突撃姿勢をとらせている。
ルフルの操る重装騎士達は突撃槍だけでなく大盾も手にしていて、すぐに防御姿勢にも移ることができる装備だった。あれは後衛を護るためだろう。
「そうそう~。怒ったセツナは、何をしでかすか分かったものじゃないんだからぁ~」
セツナとルフルの2人を前衛として、その少し後方でチトセが肩を竦めた。
「まぁ、何にせよ……。痛い思いをしたくないなら、賢い選択をすべきよねぇ~」
薄い笑みを浮かべるチトセは、巨体を持つ白銀の狼の背にゆったりと腰掛けて、レイダー達を睥睨している。
「GRRRRrrrrrr……」
チトセを乗せて、低い唸り声を洩らす狼。
その頭部の上半分には、複雑な呪文が描かれた札が幾重にも張り付けられて、目の部分が完全に隠されていた。また、狼の前脚、後ろ足の先端は、青い炎となって輪郭が暈され、宙に浮いているように見える。
普通の魔物ではなく、チトセが使役する“式神”というらしい。
造命霊術によって生成された非生物であり、ゴーレムの類のようだ。
「チトセさぁん! わたし達も乗せてくれたってよかったじゃないですかぁ!」
「し、しんど~……!! 全力疾走とか久しぶりだけどぉ、間に合った~!」
すぐにチトセに追い付いてきたマリーテとステファも、荒い呼吸を即座に整えて其々に杖を構え、魔術用の触媒を手の中に召び出している。レイダー達の出方によっては詠唱を破棄し、即座に魔法を発動するために違いない。
セツナとルフル、そして、チトセ、マリーテ、ステファの5人が、レイダー達の動きが止まっているものの数秒の間に、完全に隊列を整えた。
「今の状況では、歌姫を連れての退避は不可能です。騎士たちの援護に入りましょう」
「分かりました……!」
セツナ達が隊列を整えていたときには、その脇を通り過ぎる形で、アッシュとサニアは2手に別れつつ更に前に出ていた。そして、護るべき歌姫たちの壁になるべく、レイダー達に囲まれていた騎士団の陣形に並び立つ。
その途中でサニアは、騎士団の隊列に比較的近い場所に居たレイダー3人の頭部や腹部を、手にしたロングソードの腹で殴打して、昏倒させている。アッシュも同様に、杖『リユニオン』でレイダー2人の喉や脇腹を強かに打ち据え、突き倒しておいた。
「後衛の方々は、防護結界の堅持を」
ルーン文字が刻まれた細身のロングソードを構えたサニアが、肩越しに騎士たちを振り返り、冷然と頷いでみせる。
「歌姫を含む非戦闘員を護ることに専念してください」
「戦闘には僕達も加勢します」
アッシュも杖を握り直しながら続き、周囲を視線だけで把握する。
戦闘は停止しているが、さっきまでの状況とは一変した筈だ。
クラン『鋼血の戦乙女』のメンバー達だけでなく、サニアやルフルを含む上級冒険者で固められたパーティが、騎士たちの味方として現れたのだ。レイダー達押し込まれていた騎士達にとって、奮い立つには十分過ぎる心強さだったことだろう。
「おぉ……! “剣聖”まで……!」
「向こうには上級冒険者達も居るぞ!」
「よ、よし! これで形勢は逆転だ!」
「気を抜くな! レイダー共の前だぞ!」
今まで劣勢だった騎士たちが戦意を取り戻し、彼らの隊列も、力強く整おうとする気配があった。だが、その熱い奮起の声が重なる奥の方に、蔑むような声が混ざっているのも聞こえる。
「チッ……、もっと早く助けに来いよ……」
「野蛮な冒険者風情が……。デカい顔を……」
「機術文明の手先め……」
それらの囁くような、吐き捨てるような口振りの小声には、聞こえないフリをした。ロングソードを構えているサニアにも聞こえている筈だが、彼女も眉一つ動かさない。
この騎士たちの一部が持つ、貴族的な権威主義や選民思想、古典的な魔法文明主義に付き合っている場合ではないのは、アッシュも理解している。
今、何よりも重要なのは、歌姫たちを護ることだ。
アッシュも肩越しに、防御姿勢をとっている騎士達を一瞥した。歌姫や事務所の関係者が固まっている位置は把握できる。だが、後衛の騎士達の防護結界と盾に守られ、その陰に隠れて姿は見えない。
負傷しているかどうかの確認だけでもしたい。だが――。
「ちくしょう……! 退けよクソ騎士共がぁ……!」
「冒険者共もだ! いちいち出しゃばってきやがってェ……!」
「どいつもこいつも邪魔しくさりやがってよォ……!」
「やべぇぞ! このままだとマジでやべぇ……やべぇよ……!!」
「歌姫をやっちまわなきゃ、どのみち俺達は……!!」
やけに切羽詰まった様子のレイダー達が再び動き出したので、そうもいかなかった。
懸命さと自暴自棄が混ざったようなその怒声に引き摺られ、他のレイダー達も騎士たちへの攻撃を再開した。
レイダー達の形相は、文字通り死に物狂いだ。
斧や槍を手にしているレイダー達は、猛然と突撃してくる。弩や大弓を構えたレイダー達も、容赦なく矢を雨のように射かけてきた。
アッシュとサニアが先頭に立ち、接近してくるレイダー達を薙ぎ払い、此方を目掛けて連射で飛んでくる矢を払い落として撃ち落とす。
矢の雨は騎士達の後衛にも降り注ぐが、防護結界に傷を与えることはできていない。騎士達も盾を構えて並び、防御陣形を崩さずに維持していた。歌姫たちは完全に護られている。
その騎士達の防御を破壊すべく、レイダー達の中の魔術士も詠唱を開始して、ジリジリと空中で立ち往生していたグリフィン達も、「GYOHOOOOOO――!!」と甲高い声で吼え猛って、ヴァーミル達に襲い掛かっていく。
『降伏する気は無いようね……』
アッシュが耳に装備している通信用魔導具のピアスから、『戦乙女』達の声が届いてくる。
護衛任務に共に臨む仲間であるし、アッシュは彼女達からの一応の自己紹介をして貰っている。扱う武器についても聞いてはいたが、彼女たちが実際に戦う姿を見るのは初めてだ。
『話が通じるなんて期待はしてなかったけど……っ!!』
小柄な戦乙女が巨大メイスを振りかぶり、突進してくるグリフィン2体を一撃で叩き落とす。豪快かつ豪速の一撃だった。肉が潰れるというか、破裂するような音と共に「GUEEeeeee……!!」というグリフィンの悲鳴が響く。
『こうもバカばっかりだと、ほんっ……と苛々するわっ! 私って、面倒なのは嫌いなのよね』
今にも舌打ちしそうな刺々しい声で吐き捨てた彼女は、羽根つきの兜から明るい金髪を靡かせながら、巨大メイスをブォン!! と横凪ぎに血振るいをした。
『まぁまぁ、姉さん。落ち着いてよ』
また別の戦乙女が、迫ってくるグリフィンのひらりと躱しながら、大振りな鉈剣を優雅に一閃させた。ただそれは、技術による切断というよりも、破砕による割断だった。悲鳴すら洩らせなかったグリフィンの身体が、その真ん中で折れ曲がるようにして千切れ飛ぶ。
『こういう悪足掻きを鎮圧するのも、私達の仕事だから』
人命が関わるからこその、冷徹な他人行儀なのだろう。鉈剣の戦乙女の口振りには情熱や真摯さはない。だが同時に、その戦う姿には油断も怠慢もない。
『でも……、戦わねばならないというのは、本当に悲しいことですね……』
禍々しいほどに巨大なガントレットを両腕に装備している戦乙女が、哀切に滲んだ声を溢した。そのついでのように、襲ってきたグリフィン2体の首を、それぞれ片手で掴み止める。そしてそのまま、グリフィン2体の上半身を握り潰してしまった。
『えぇ……。こうして、力に力を以って応えねばならないというのは、哀しいことです……、えぇ、ほんとうに……。でも、仕方がりません……。そう……。これは致し方の無いこと……んふふふ』
巨大ガントレットの戦乙女の声音に、笑みを堪えながら舌なめずりをするような、恍惚を帯びた響きが混ざる。そこに、グリフィンの悲鳴と、肉と骨が軋みながら潰れて、吹き出した血と共に圧縮されていくような湿った音が重なっていく。
『……リエラってこういうとき、言葉とは裏腹に嬉しそうで怖いんすよね……』
やや緊張感に欠けた言い方をする戦乙女は、眼鏡を押し上げるような仕種と共に、緩く掌を前に突き出すポーズになる。すると、その掌の前に、魔力で象られた四角い魔法陣が幾つも浮かび上がった。
『えーと……。取りあえず、ウチの機械獣と視界を共有する範囲では、王都内部に被害は出ていないっすね。城壁門周辺に配置されてる筈の人造兵達も、壁面内部の民間人の避難を優先してるみたいっす』
淡々とした口調の戦乙女の通信は、この場の戦況ではなく、戦況の外の事態を報告するものだった。彼女は率いた機械獣を用いて、アッシュ達が保護すべき歌姫以外にも、人的な被害が出ていないかを迅速に調べてくれたのだ。
『城壁内部の安全確保は人造兵達に任せた方がいいっすね。彼らなら余計な混乱も避けてくれるでしょうし。あとはウチらが――』
『可及的速やかに、レイダー達を鎮圧すればいいってワケね』
そう冷えた声で応じたシャマニは、既に凄まじい速度で急降下して蛇腹剣を振るい、レイダー達7人を一度に薙ぎ払っていた。蛇腹剣の刃が奔ったあとには、紫電の束が火花と共に帯を引いている。
『無闇に殺さない程度には加減をしろよ、シャマニ』
シャマニとほぼ同時に急降下していたヴァーミルは、振り抜いた大戦鎚を地面に叩き込んで大陥没を引き起こし、周囲にいたレイダー達を吹き飛ばして尻餅をつかせていた。レイダー達に直接させなかったのは、その威力を見せつけて戦意を折るために違いない。
実際に、ヴァーミルとシャマニの一撃を目の当たりにしたレイダー達は、ぶるぶると身体を震わせて立ち竦むか座り込み、あるいは尻餅をついたまま、仮面の奥で悲鳴を飲み込んでいるようだった。
15人以上のレイダーを即座に戦闘から排除した2人は、そのまま騎士団を庇うような位置取りで宙に浮遊し、戦闘続行する。
『鋼血の戦乙女』達の戦闘は、アッシュから見ていても圧倒的だ。
そしてそれは、セツナとチトセ、ルフル達の疑似パーティも同じだった。
「動けば斬ると言ったはずだ」
居合刀の柄に添えたセツナの右手がブレる度に、彼女に襲い掛かろうとしたレイダー達8人の脚や腕、肩口、武器を持つ手首などが次々に斬られていく。
あれはセツナ自身の魔力によって、抜き打った刃の間合いというか、射程を伸ばしているのかもしれない。実質的には剣術と魔術の融合であり、まるで斬撃の結界だ。
「よぉーーっし! あーし達もガンガン行こっか!」
快活な声を発したルフルは、突撃槍を装備させた2体の重装騎士で、襲ってくるレイダーを蹴散らす。そして大盾を手にした重装騎士人形で、詠唱中のマリーテやステファ、そして
チトセの防御姿勢に入った。
直後に、レイダー側の魔術士が編んだ凍結属性の魔法が発動した。
周囲の空気が一気に冷えていく中で、空中で巨大な氷の塊が幾つも発生していく。魔力の微光を纏ったそれらは瞬く間に氷の氷柱と化して、騎士団やセツナ達に向かって放たれた。また、他の『戦乙女』達にも殺到しようとしている。
「これは私達に任せといてよ!」
「ちょっとは役に立たないとねぇ~……!」
そこでマリーテとステファが、張りのある声を揃えた。
次の瞬間には、マリーテとステファ達の疑似パーティと、アッシュとサニア、それに戦乙女達全員を護るように、炎と雷属性の防壁円が展開された。いや、それだけでなく、騎士団全員を囲むようにも、一際大きな魔力ドームが象られていく。
マリーテとステファの2人で編み上げた高位防御魔法は、どうやら特定の人物、そして特定の場所に、炎と雷属性の防壁を展開させるもののようだ。
炎熱と雷撃の魔力層となった防壁は、飛来してくる無数の氷柱を悉く砕き、蒸発させて、霧散させる。この強固な防御は、そのまま歌姫たちも防護する壁として機能していた。万が一に乱戦になったとしても、巻き込まれることを防いでくれるだろう。
「2人とも、やるぅ……!」
「だしょだしょ~!?」
「うぇ~い! もっと褒めてよぉ~」
ハイタッチ代わりに明るい声を交し合うルフル達は、レイダー達の魔法攻撃に対して模範解答を示したと言っていいだろう。明らかにレイダー達も驚愕しているし、騎士達も短い歓声を上げていた。
「攻守ともに私達が圧倒していることだし、そろそろ仕上げに入りましょうかねぇ」
式神の狼の背に腰掛けたチトセが戦況を見回しながら、紙の束を懐から取り出した。複雑な紋様と禍々しい文言が描かれた紙の束は人の形をしており、青黒い明滅を灯している。
「“捕縛しなさい”」
その紙の束を口許に持って行ったチトセが、命令と共に息を吹きかける。
すると、紙の束に描かれていた紋様と文言が、青黒い炎を発した。
その炎に焼かれながら紙の束は、バラバラバラッとチトセの手から離れて宙を舞う。次の瞬間には、その青黒い炎が凝り固まるように凝縮して、巨大な狼へと姿を変えて地面に着地した。
「GURURUrrrrrr……!!」「UUUUUUUU……!!」と唸り声を上げる狼たちは、やはりチトセが腰掛けている狼と同じく白銀の毛並みで、頭部には札が巻かれている。
その数は、20体以上はあるだろうか。“式神”の群れだ。
「うひゃあ!?」
「えぇ、すご……!?」
ルフルとマリーテが素で驚きの声を上げて、「……っていうか、これだけの数を使役できるんなら、乗せてくれても良かったんじゃ……」と、チトセを横目で見たステファが、酸っぱそうな顔になる。
「んふふ……。『手の内は隠しつつ、必要な時は出し惜しみしない』のが、私の信条なの。イイ男を落とすときも、大事な心得よぉ~」
肩を竦めたチトセが、ステファの視線を遣り過ごしたときには、もう狼の姿をした式神たちは飛び出していた。
「ぐぁああああ!?」
「何だ、ま、魔物……ッ!?」
「テイマーまで居やがるのか!?」
「駄目だ、逃げられねぇっ!」
チトセの命令を受けた式神達が狙ったのは、戦闘のどさくさに紛れて逃げ出しつつあったレイダー共だ。この場から一人の逃走も許さぬよう、疾駆する巨大狼たちはレイダーに次々に襲い掛かり、腕や脚に噛みつき、押し倒し、踏みつけて、身動きを封じていく。
『状況は、これで完璧っすね。チトセさんの御蔭で、逃走者はゼロ。ウチの負傷者も無しっす』
破れかぶれで走り込んでくるレイダーの脇腹を杖で打ち据え、悶絶させて地面に倒したアッシュの耳元に、機械獣遣いの戦乙女から報告が入る。
『こっちで解析が終わったすけど、レイダーの数は全部で53人すね。かなり多いっすけど、ウチらの脅威になるような魔力反応は無し。近接戦闘については、……つーか、戦闘を継続してるレイダーが現時点で10人っす。あー……。でも、サニアさんが相手をしてくれてる分で、この現場はもう、おおかた片付いてるっすね』
その報告の通りだとアッシュも感じていた。
実際、この場での戦闘はほぼ終わりだ。
見れば、ロングソードを鋭くも優雅に振るったサニアが、瞬く間に4人のレイダーの脚や腕を斬り払い、更に別の3人の懐にも順に踏み込んで斬り倒した。
表情を一切動かなさないサニアは、騎士たちの防御陣形からかなり突出しているが、まったく問題無かった。レイダーの誰も、彼女と打ち合うことすらできていなかった。
「駄目だ、勝てねぇ……」
「く、くそ……! こんな筈じゃぁ……!」
「話が違うじゃねぇか……!」
呻きながら後退りしているレイダーは、残り3人。
杖らしきものを持っている。魔術士か。
アッシュ達としては、まだ油断はできない。
だが、あの魔術士3人だけで現状を打開することも、歌姫たちを害することも不可能だろう。
マリーテとステファが展開してくれた堅牢な魔法防壁は、まだ騎士団ごと歌姫たちを防護してくれている。更に内部からも騎士達が防御隊列を保ってくれているので、アッシュ達が駆けつけてからの戦闘で、非戦闘員が傷つけられているということは無いはずだ。
「ハァーーッハッハッハッハ! 見給えよキミ達! 私達を護ってくれる騎士達も、冒険者も、そして戦乙女の皆も、圧倒的な強さじゃないか! うぅ~ん! 王都からアードベルまで、そして、アードベルでも彼女達が私達を護ってくれるというのだから、なにも怖がることなど無いじゃないか! えぇ!?」
健在である歌姫の声が、勝利宣言のように高々と響いてくる。
「こんな素晴らしい護衛をつけて貰えるとは、流石は私だ! そう思わないかね!? んん!? この私の素晴らしさが、冒険者達の楽園にまで届いているということだろう!? 俄然、やる気が出てきたねぇ! 是非とも私の歌声を、アードベルまで届けたくなってきたよ! ハァーーッハッハッハッハ!」
オペラ演劇のような、歌姫の笑い声が弾ける。
「ハァーーッハッハッハッハァ! アァーーッハッハッハッ! ダァーーッハッハバッホ!? ゲッホゲホッ!?」
歌姫は余りにも声を張り過ぎて、噎せ返っていた。
……やっぱり、エミリアさんに似てるなぁ……。
アッシュは頭の隅で思いつつも、決して気は抜かない。だが周りを見れば、レイダー共との戦闘は片付いたと言えた。
アッシュだけでなく、騎士団を囲むように立ち回るシャマニとヴァーミル、そしてサニアの戦力を持ってすれば、魔術士が3人残っていたとしても問題はない。
上空を制圧していたグリフィン達を秒殺した『戦乙女』達も加勢してくれているし、不意を衝かれるようなこともないはずだ。
セツナとルフルの活躍もあり、右往左往していたレイダー達や戦闘不能に陥って逃げ出そうとしたレイダーも、残らずチトセの式神が全て捉えてくれている。
『歌姫さん達も無事だし、騎士さん達の方は……、まぁ、治癒と治療が必要な方が居そうなんで、ウチはその準備に――』
実質的に、戦闘は終了した。そう判断したのだろう機械獣遣いの戦乙女が、のんびりとした口調で報告を終えようとしたときだった。
『ぅえっ!? ちょっとタンマっす! 死霊魔術反応……ッ!?』
彼女の声に緊張が走ったのと、ほぼ同時だった。
「おじさんたちは、皆やられちゃったよ。ねぇ、レーヴェス」
怖気が走るほどに可憐な声が、レイダー達の呻きや悲鳴を押し退けるように響いてきた。
「……うん。うん。レーヴェスが言った通り。襲撃は失敗。これでいいのよね?」
まるで幼い女の子が、家事をしている母親の手伝いをしているかのような、牧歌的で穏やかな声音だった。
「うん。うん。アイドルたちは、ちゃんと無事。大丈夫」
アッシュも今まで気付かなかった。
今まで巧みに気配を消していたのだ。彼女は小柄な体を覆うように黒いローブを纏って、アッシュ達から少し離れた位置に佇んでいた。
ヴァーミルやシャマニ、他の戦乙女達も、驚いたように彼女へと体ごと向き直っている。はっとした顔になったルフルやセツナ達も、再び隊形を整え直していた。
「お、おい……、あんなチビなヤツ、俺達の中に居たか……?」
「いや、知らねぇ……、知らねぇぞ」
「なんだよ、何が起こってやがるんだ!?」
「まさか俺達、さ、最初から監視されてたんじゃ……」
式神の狼に押さえつけられて地面に転がっているレイダーや、脚や腰を負傷して倒れているレイダー達が顔を上げ、慄き、仮面の奥で声を震わせていた。
まだ残っている魔術士のレイダー3人も、仮面を被った顔を見合せている。彼らも極度に混乱しているのか。オロオロと立ち尽くしつつも、何かに怯えているようでもある。
自身の無力を悟りながらも、どう行動すべきか分からない。この状況に入り込んでしまったことを、今になって恐れている。そんな様子で戦意を完全に喪失しているレイダー達など、もはやアッシュ達の脅威では無かった。
ただ、新たな脅威が現れたということだけは、間違いなさそうだった。
「うん。じゃあ今から、何人か殺すね」
通信魔導具か、或いは念話的な魔法で何者かと遣り取りしている風だった黒ローブは、お使いを済ませてくるような長閑な口振りで、アッシュ達に向き直った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます