第49話 死の門、ギギネリエス



「通信用の指輪。やっぱりアッシュにも渡しといて良かったな。連絡がとれたぜ」


 大戦斧を肩に担いだカルビが、ローザとネージュに歯を見せた。気楽そうな笑みだったが、その緊張感の無さはそのまま、アッシュへの信頼の顕れなのだろう。


「リーナって奴のパーティメンバーは無事だ。今はゴブリン達に護衛されて、そのままダルムボーグから離れるみてぇだな」


「……そう。良かったわ」


 リーナという女性冒険者を知っているらしいネージュが、胸を撫でおろすような声を溢した。アッシュの友人らしい冒険者が無事であることには、ローザも素直にホッとした。


「では、アッシュさんもゴブリン達と一緒なのではありませんの? 今のダルムボーグの状況では、共に撤退するよう指示されそうですが……」


 エミリアは言いながら、この場に居ないアッシュを探すように視線を周りに流す。カルビが軽く笑った。


「いんや。アッシュの奴、アタシ達に合流するために、ゴブリン達に捕まる前に退散したんだと」


「それじゃ、取りあえずは一安心ってトコかな」


 言いながらもローザは、すぐに妙な胸騒ぎを覚えた。


 冒険者業界は危険が付きものだし、死や怪我に対するリスクには否が応でも真剣に向き合うことになる。だからこそパーティ内だけでなく、他のパーティとも協力して助け合うことが重要なのだと、ローザは冒険者である父から教わった。


 ローザの父は、仲間に慕われ、大陸に住まう人々の暮らしぶりに貢献し続けた、偉大な上級冒険者だった。父は言っていた。冒険者業界で生き残るためには、1人勝ちという考え方を捨てて、可能の限りの範囲で手を取り合うべきだと。


 その父の教えと、今までのアッシュの姿が歪に重なる。


 アッシュは今までソロだったというが、ソロ冒険者によくあるような身勝手さ、がめつさのようなものが無い。初めて会ったトロールダンプでの時もそうだが、1人だけで生き残ろうともしないし、儲けようともしない。


 ローザ達の強さに便乗するような気配も無い。恩着せがましく自分の強さを披露するでもなく、実力を誇示するでもない。ただ粛々と自分の役割の中に身を置いて、自分に出来ることに誠実だった。同行依頼をしたときのアッシュは、いつもそうだ。


 それは裏を返せば、自身が背負える苦痛にも誠実であるということだろう。必要があれば躊躇も際限もなく、自身を痛めつける方法を取るような――。


 普段は柔和で物静かなアッシュだが、何処か自分の命や体を軽く見ているというか、そういう危うい雰囲気があるような気がしてならない。


 リーナという女性冒険者のパーティを助ける為に、アッシュはまた何か無茶なことをしてはいないか。そんな不安が胸の内を掠める。


 だが、それをアッシュに正面から訊いたところで、「あぁ、大丈夫ですよ」なんて言いながら、困ったようにひっそりと微笑んでみせるだけだろう。


 いや~……、前も思ったけどさ。

 もうちょっとぐらい、私達に甘えてくれもいいのにな……。

 

 胸騒ぎから始まった思考が脱線しかけたところで、ローザは軽く首を回してからカルビに視線を戻した。


「私達の居る場所は、もうアッシュ君に伝えた?」


「おう。こっちに向かうってよ。この廃神殿が合流ポイントってことも伝えたぜ」


 軽い声でローザに応えたカルビは、ぐるっと周囲を見回してから、背後を見上げた。


「目印としても、あの傾いた女神サマは分かり易くていいな」


 不謹慎なことを言いながら唇を歪めたカルビに、エミリアは何か言いたげな顔になったが、結局何も言わなかった。ローザは「まぁね」と軽く応じてから顔を上げた。


 晴れた空を背に、傾いてボロボロになった女神像が、黙ったままで祈る姿をとっている。


 カルビが言う通り、ローザ達が居るのはダルムボーグの廃神殿の前だ。


 打ち捨てられる前は、荘厳で重厚な神殿だったのだろうが、今では建物の亡骸といった風情だ。神殿の壁はボロボロで大穴がいくつも空いており、風雨に晒され続けた屋根も、ところどころが崩れ落ちている。


 壁の穴から中を覗いてみると、神聖な雰囲気に満ちていた筈の礼拝堂には、建物上部から崩れ落ちた石材が散乱し、あるいは山となっていた。そこにネクロマンサーや魔物の姿などもなく、建物の隙間から差し込んだ陽の光が、宙に舞う埃を静かに暖めているだけだった。


 先行したアッシュが向かった商館は、まだ先に行ったところにある。ローザ達はアッシュに追い付けなかったが、その代わり、死体の怪物に襲われていた冒険者達を、何人か助けることができた。


 彼らは商館前から逃げてきたのだと言っていたが、恐らく、リーナという冒険者と共にクランを組んでいた者達だったのだろう。逃げ散っていく彼らの中には、「ネクロゴーレムだ……、ネクロゴーレムが……!」と、怯えまくっている者が大半だった。


 ネクロゴーレム。


 その単語自体は、ローザも耳にしたことはある。特に力のあるネクロマンサー達が操る、死体で編んだゴーレムのことだ。知識としては知っていたが、戦うのは今日が初めてのことだった。というか、他の大半の冒険者達にとっても、あんなものと遭遇するのは初めてだったことだろう。

 

 人間の死体だけを大量に組み合わせてゴーレムにするという、単純かつ根本的で、人間の尊厳を遊び半分で踏み躙るような容赦の無い所業は、邪悪以外の何物でもない。

 

 それに、死体で編み上げられたあの姿は、見た目だって強烈だ。エルン村を襲ってきた、異種族の死体を繋ぎ合わせたような人造アンデッド兵としてのゾンビなどよりも、相対する者に精神的な消耗を強いる。


 

 しかも、数だって多かった。ローザ達が此処に来るまでにも10体以上は倒している。


 ネクロマンサーに先手を打ったギルドが、『ゴブリンナイツ』や『鋼血の戦乙女』のクランをダルムボーグに向かわせていなければ、取り囲まれて全滅していたパーティも少なくなかった筈だ。

 

 「なぁ、ローザ」カルビが思い出したように声を掛けてきた。「エルン村のときみてぇに、マジックキャンセラーを使って、近くにいるネクロゴーレム共を一層ってのは無理か?」

 

 「出来ないこともないと思うけど……」ローザは腰に手を当て、緩く首を振った。


「ネクロマンサーの影響を強く受けているゾンビは、マジックキャンセラーで無効化したところで、再起動されちゃうからね。使うなら、ピンポイントで効果がある時に絞った方がよさそうなんだよ」


 もちろん、出し惜しみするつもりは無いけどさ。そう言い足したローザに、ネージュが深く頷いてくれた。


「そうした方がいいわ。魔導銃とマジックキャンセラーの乱発は、ローザの負担が極端に大きくなるもの」


「状況把握と魔導具関連のことは、私達もローザさんに頼りっぱなしですものね。戦闘では私達がカバーしますから、マジックキャンセラー使用のタイミングは、ローザさんに見極めもらいましょう」


 微笑んだエミリアが同意して、ローザを労うように言ってくれる。


「……おい、戦闘の音が止んだな」


 担ぐように持った大戦斧の刃に炎を纏わせたまま、カルビが廃墟の群れを眺めたのはそのときだった。ローザも耳を澄ます。確かに、廃墟が崩れる轟音。金属音。地響きにも似た振動が、にわかに止んだ。


「えぇ……。不自然なほどに静かになりましたわね」


 大盾を背負うように持ったエミリアが目を鋭く細めながら、ネージュの視線を追い、周囲の気配を探るように首を巡らせる。


 だが、ローザ達から見える景色に目立った動きは無い。周囲には不穏な静けさを纏った廃墟の群れが並び、ただ黙したままで佇んでいるだけだ。

 

「あのゾンビの塊みてぇな奴ら……、ネクロゴーレムとか言ったか? そいつら共々、もしかしたらネクロマンサーまで全部片付いたのかもしれねぇな」


 指で耳を掻いたカルビが、この緊張感を解すような気楽な言い方をした。


「それはちょっと楽観的過ぎるって」


 指摘するようにローザが軽く突っ込むと、「そうかぁ?」とカルビが鼻を鳴らした。


「アッシュの話を聞いた感じだと、大所帯の『ゴブリンナイツ』も大活躍してるみたいだしな。おまけに、今のダルムボーグには『鋼血』の連中までいやがるんだ。右往左往してる冒険者達を助けるついでに、件のネクロマンサーまで呆気なく捕まえてたって、別に不思議じゃねえだろ?」


 カルビの口振りは、その展開を希望しているというわけではなく、飽くまで可能性の一つとして語っている冷静さがある。


「そうだと良いけれど……」


 呟くように溢したネージュも、カルビの楽観を戒めるでもなく、ただ同意するだけに留めて、すぐに周りに目を配っていた。


 勿論、カルビだって油断しているわけではない。いつでも戦闘に入れるように、カルビが肩に担ぐようにして持っている大戦斧には、まだ炎が灯ったままだ。


「えぇ。もうネクロマンサーが捕らえられていたなら、それは喜ばしいことですわ。わたくし達が賞金を得るかどうかよりも、これ以上、被害が広がらない方が重要ですもの」


 正義感を漲らせるエミリアも、カルビが口にした楽観と希望を否定することはしないまま、やはり周りを警戒している。


「まぁ、ダルムボーグに来た冒険者全員が狙われる事態なんて、ちょっと普通じゃないからね」


 軽く息を吐いたローザも、急に静かになった廃墟の群れを見回した。


「やっぱり、アンタ達は残っていたのね」


 可憐ながらも、やけに不愛想で尖った声が飛んできたのはその時だった。ローザ達のことを鬱陶しそうに眺め、うざったく思いながら、追い払おうとしている意志を隠そうともしない、遠慮のない声音だった。


 ローザ達が陣取っている神殿前は少し開けていて、廃墟の影から不意打ちを受ける心配は無い。それでも、油断しているわけでは決してなかった。だから、彼女の存在にはすぐに気付いた。


 少し離れた廃墟の、その屋根の上だ。彼女はそこに立ち、薄く紫がかった銀髪を風に靡かせていた。紫水晶のような彼女の瞳の底には、刺々しくも気だるげな、攻撃的な光が蹲っている。


「アンタ達も、もうダルムボーグから退きなさい」


 漆黒と白金の全身鎧を纏った彼女は面倒そうに言いながら、廃墟の上から飛び降りる。やけにゆっくりとした落下だった。彼女の纏っている鎧の背中の部分から、黒い金属の翼がバサァッ!! と拡がったのだ。


 シャマニ自身の魔力が流れているのだろう。翼の内側には、薄紫色の魔光がしなやかで美しい羽毛のように並んでいた。


 彼女が所属するクラン『鋼血の戦乙女』達が身に着ける防具は全て、魔導金属術、魔導機械術によって製作された魔導武具である。


 彼女の手に握られている、剣身のやたら長い大剣も特徴的な形状をしているし、何らかのギミックが搭載されているのだろう。


 かなり扱いが難しそうだが、たっぷりとした威圧感を纏う彼女の前に立てば、あの武器が強烈な殺傷能力を秘めていることは誰だっ感じ取れるはずだ。


 シャマニ=レインジャック。


『鋼血の戦乙女』の主力メンバーである彼女は、音も無く地面に着地する。展開されていた鎧の翼を畳みながら、ローザ達の近くまで来て立ち止まった。


「……まぁ、退かないと言っても、力尽くで外まで引き摺って行くけれど」


 鬱陶しそうに声を尖らせるシャマニは、面倒そうに髪をかき上げた。ついでのように目を細めて、射貫くようにしてローザ達を順に眺めてくる。遠慮の無い、やはり攻撃的な眼差しだった。


「面白いじゃねぇか。やってみろよ」


 大戦斧を肩に担いだカルビが歯を見せ、挑発するというよりも楽しそうに言う。「やめなさいよ」と、即座にネージュに窘められていた。


「……前々から思ってたけど、その舐めた態度が気に入らなかったのよね。丁度いいわ」


 カルビを睨んだシャマニが片方の眼を窄めて、手にした大剣の切っ先をすぅっと地面に下げる。重心も僅かに落として、明らかに臨戦態勢に入ろうとしていた。これはヤバいと思ったローザは、魔導ショットガンを持っていない方の手を上げた。


「私達は大人しく従うよ! ちゃんと撤退するから、心配しないで!」


 眉を下げたローザは降参の白旗を振るようにして、上げた手を揺らして見せる。


 エルン村でもそうだったが、『鋼血の戦乙女』や『ゴブリンナイツ』といった大型クランが、ギルドからの要請を受けて動いているのであれば、今のローザ達としては従うほかない。


“ダルムボーグから撤退しろ”というシャマニの指示に抵抗するということは、すなわち、ギルドの意向に対してローザ達が抵抗するということだ。


 たとえ2等級の上級冒険者であっても、ローザは一介の冒険者に過ぎない。


 ギルドから危険人物扱いされれば、貢献度だって大幅マイナスだ。それに下手をすれば、稼ぎの良いダンジョンに潜れなくなる可能性だってある。問題行為を繰り返す冒険者を門前払いするのも、セーブエリアに配置された魔導人造兵達の仕事だからだ。


 ここでシャマニとトラブルを起こしてしまえば、アードベルでの生活に深刻な支障が出る可能性もある。それだけは避けたい。


「私達も余計な問題を起こして、貴女達のクラン任務を意図的に妨害する意思はありませんわ」


 同じように考えているのだろうエミリアも、ローザに続いて静かに頷いた。


「退却しろと言われれば、私達は大人しくダルムボーグから撤退するわ。……だから、このバカの物言いは大目に見てくれると助かのだけれど」


 ネージュも言いながら大槍に纏わせていた冷気を解きつつ、カルビを横目でジロッと睨んだ。その、『もう余計なことは言わず、大人しくしろ』というネージュの眼差しを受けたカルビは、戦斧を肩に担いだままで、頭をボリボリと掻いて息を吐いてみせる。


「分かってる。アタシだってそのつもりだぜ」


 気の抜けた返事をするカルビを見て、ネージュも軽く鼻を鳴らしていた。大人しい様子の彼女達と、降参したように手を上げているローザを交互に見て、シャマニも臨戦態勢を解いてくれた。


「……なら、さっさとしなさい」


 不機嫌そうに眉を寄せたシャマニが、そう言って腰に手を当てた時だった。


『シャマニ。そっちはどうだ。まだ残っている冒険者は見つかったか?』


 この場に居ない筈の、別の人間の声がした。女性の声だが、やけに低い。


 見れば、シャマニの左の耳元に、小さな魔法円が展開されていた。声はそこから響いている。シャマニの左耳には黒い耳飾りがあり、あれが通信用の魔導具なのだと分かる。


「えぇ、ヴァーミル。ローザ達のパーティを神殿前で見つけたわ」


 シャマニは応答しながら、武器を手にしていない左手の中に何らかの魔導具を取り出した。掌に収まるくらいの大きさの、板状の端末だった。彼女達の活動のために機械術士達が製作したものなのだろう。


 シャマニが口にしたヴァーミルという名は、同じく『鋼血の戦乙女』のクランメンバーである、ヴァーミル=エトラースで間違いないだろう。


「彼女達以外に、周辺に生体反応は無いわ……。市街地と居住区にも生体反応は無かったから、私達の任務はほぼ完了よ」


『あのトラブルメーカー達で最後か。……此方の要求に応じないのなら、無理やりにでもダルムボーグから連れ出せ』


「分かってるわよ。でも、彼女達に抵抗の意思は無いわ。すぐに撤退させる」


『了解した。油断はするなよ、シャマニ』


 短い遣り取りを終えたシャマニは板状の機械をアイテムボックスに仕舞い、再びローザ達に視線を移して、顎をしゃくってみせた。


「聞いた通りよ。さっさと撤退しなさい」


 彼女の整った顔立ちも相まって、ああやって静かに凄むだけで相当な迫力がある。


 ただ、カルビはと言えば、そんな彼女の威圧感や迫力などものともせず、「大人しく帰るけど、ちょっとだけ時間をくれよ」と肩を竦めた。今の不機嫌そうなシャマニに、あれだけ気安くものが言えるのは流石だ。


「アタシらは丁度、仲間と合流するところだったんだよ。ソイツを此処で待つぐらいは良いだろう? 合流さえすれば、すぐにダルムボーグから出ていくからよ」


 言いながらカルビは、周りに視線を流した。「通信用の魔導具で連絡も取れたし、もうすぐ此処に来ると思うんだけど」と、手を上げたままのローザも言葉を付け足す。


「……そういえば、アンタ達の他にもう1人、小柄な女の子が居たわね」


 記憶を辿るような顔つきになったシャマニが、視線を僅かに落とした。


「アッシュ君は確かに可愛いけれど、男の子よ」


 今まで黙っていたネージュが、急に険しい顔になって即座に指摘する。ネージュにしては珍しいくらい、やけに力の籠った声だった。


「えっ」


 意表を突かれたように顔を上げたシャマニに、エミリアが『やれやれ』と言った感じで緩く首を振って見せた。


「まぁ遠目からだと、アッシュさんが可憐な女の子に見えてしまうのも無理はありませんんわ。寧ろ、近くからでも女の子に見えてしまうくらい、アッシュさんのキュートさ、プリティさはスペシャァァァルですもの……!」


「あの、ごめんねエミリア……、力説してるところ悪いんだけど、話が逸れまくっちゃうから、その辺にしとこうね……?」


 ローザがエミリアを落ち着かせるように言うのを見て、シャマニが「ふぅん。そう……」と、ちょっと興味深げだった。


「トラブルメーカーだって噂のアンタ達のパーティに入るなんて、随分と肝の据わった男の子ね」


 今までのローザ達の評判を良く知っているのだろうシャマニは、不審がるような口振りになる。


 彼女が所属するクラン『鋼血の戦乙女』は、魔導機械術士組合のアードベル支部が抱えている。そして魔導機械術士組合は、冒険者ギルドとも繋がりが深い。


 冒険者間での規模の大きな諍いや、ダンジョン内で深刻なトラブルが起こった場合、冒険者ギルドが機械術士組合を通じて、彼女達に解決を依頼することもある。また、『鋼血の戦乙女』はアードベルの治安維持活動も行っており、素行の悪い冒険者達からは恐れられたりもしている。


 魔物討伐を専門とする『正義の刃』とは違い、『鋼血の戦乙女』は、クランマスターとは別にオーナーが存在する、一種の私兵的な集団だ。


 幸いに、と言うべきか。最近のローザ達は、シャマニの属する『戦乙女』クランに世話になるようなトラブルは引き起こしてはいない。


 まぁ、それでも、異常に強いトロールのシャーマンに出くわしたり、墓守の蜘蛛野郎に襲われた上に墳墓内の罠が起動したり、そのペナルティで派遣されたエルン村でも、ネクロマンサーの操るゾンビ軍とも戦うことになったりもしたが――。

 

 いやぁ……、冒険者をやっている以上は仕方ないけど、思い返してみると本当にトラブル続きだなぁ……。


「まぁ、アッシュ君には同行依頼を受けて貰ってるって形だから、パーティを組んでるわけじゃないんだけどさ」


 ローザが苦笑交じりに答えた時だった。少し遠くの方で、また廃墟が崩れる音がした。やはり複数回だ。細かい振動が足元を伝わってきて、埃っぽい風が吹き抜けてくる。腕で顔を庇ったローザは、口の中にザラつきを感じながら耳を澄ます。


 怨怨OOOOOォォォ……。

 宇宇UUUuuuゥゥゥゥ……。

 亜亜AAAAAァァァァァ……。


 微かにだが、重なり合う呻き声のようなものも聞こえてくる。その不気味な声で風が濁り、ダルムボーグ全体の空気までが澱み、沈んでいくかのような感覚になる。


「新しいネクロゴーレムでも出やがったか」


 カルビが遠くを見る目つきになって、廃墟の向こう側の空へと視線を投げた。土煙が細く、幾つも上がっているのが見える。伝わってくる振動も激しい。また戦闘が始まったのだ。


 舌打ちをしたシャマニが板状の端末を仕舞い、その左手の人差し指と中指を、左の耳元の傍で立てた。ヴァーミルか、或いは別の誰かと通信に繋ごうとしたのだろう。だが、それよりも先に、また轟音が響いた。ローザ達の居る神殿前から、少し離れた廃墟が崩れたのだ。


「……カルビの言う通りみたいね」


 ネージュが忌々しそうに言いながら、崩れた廃墟の方へと身体を向けた。


「ネクロマンサーが捕まったなどと、楽観視した物言いの方は現実にはなりませんのに」


 軽くボヤいたエミリアっも、大盾を地面に突き立てるようにして構える。ローザとカルビ、それにシャマニも、すぐに臨戦態勢をとった。


 ローザ達から少し離れた位置。廃墟の建物が崩れた場所では、濛々と粉塵が膨らんでいる。その中から悠然と現れたのは、2体のネクロゴーレムだった。ただ、さきほど交戦したネクロゴーレム達とは様子が違う。


 外見としては、やはり多くの人間の死体を継ぎ接ぎして作ったといった様子だが、さっきまでのネクロゴーレムよりもデカい。それに、ローザ達を見つけて近づいてくる動きも滑らかで、『生命』という言葉を連想させるほど、生物らしい躍動感があった。


 死体を組み合わせた造物に、新たな命を吹き込む。


 その冒涜的な魔術の力を改めて目の当たりにして、ローザは息を飲んだ。ネクロマンサーという存在が忌避される理由を、エルン村のとき以上に肌で感じながらも、身体に力を入れ直す。


 あの2体のネクロゴーレムは、かなりヤバそうだ。


 奴らは、共に4本腕だ。それに武器を持っている。1体は、其々の手に大剣を握っていて、剣の4本持ちだ。もう片方は、2振りの大鎌を携えている。奴らは強化型ネクロゴーレムと言ったところだろう。


「……やっぱ好きになれねぇなぁ。人の死体を好き勝手しやがるネクロマンサーってのは」


 忌々しそうに言うカルビが、苛立ちを逃がすようにして「ハァァァー……」と息を吐きだした。その吐息にはカルビの魔力が混じり、濁った橙色の火の粉が混じっている。


「同感ね。……早く楽にしてあげましょう」


 冷たい声で応えたネージュは、手にした大槍をすっと構えて姿勢を落とした。大槍の穂先には再び冷気が宿り始め、青白い魔力が渦を巻いた。


「戦いながら逃げられるほど、今度のネクロゴーレムは弱くはなさそうですわね……。少し、気合を入れましょう」


 ふんッ! と鼻から息を吐いたエミリアが、ゴキゴキと肩と腕を鳴らす。


「取りあえず、私達が撤退するのはネクロゴーレムを倒してからってことで」


 ローザは魔導ショットガンを構えたまま、シャマニへと視線を向けながら確認するように言う。


「……まぁ、そうなるわね」


 シャマニは頷くかわりに小さく舌打ちをして、2体のネクロゴーレムを交互に見た。


 ダルムボーグ内で再び始まった戦闘は、再び激しさを増している様子だ。建物が崩れる音が立て続けに響いてくる。『ゴブリンナイツ』、『鋼血の戦乙女』のクランメンバー達も、新たに発生した強化型ネクロゴーレムと交戦中なのだろう。


「アンタ達はトラブルメーカーだけど、今は好きに暴れてもいいわよ。周囲に生体反応は無かったから、誰かを巻き込む心配も無いし」


 つまらなそうに言うシャマニの鎧は、既に変形を始めていた。鎧の背中部分が拡がり、金属の翼のような形状になる。いや、それだけじゃない。シャマニの纏っている鎧の首元からも、ガシャガシャガシャと金属板がせりあがり、組み合わされて、羽根つきの兜を形作った。


 鎧から生えた翼を羽ばたかせるシャマニは、身体を宙へと浮き上がらせていく。彼女達の魔導鎧に組み込まれている浮遊魔法だ。魔力消耗も激しい高等魔術装置らしいが、それを涼しい顔で扱うシャマニが、物騒に眼を窄めている。


「……私も、ネクロマンサーなんて好きになれないわ」


 金属の翼を広げ、手にした長大な大剣を構え直したシャマニの姿は、戦乙女というクラン名に相応しい、厳粛な威圧感に満ちている。ネクロゴーレムを睨み据える彼女の眼差しも、冷酷で苛烈な戦意で彩られていた。


「何だよシャマニ、気が合うじゃねぇか」


 大戦斧を担ぐように構えたカルビが、嬉しそうに言った時だ。


 2体のネクロゴーレム達が、ドン!! っと地面を蹴り砕き、飛び出して来た。さっきまでのネクロゴーレムの動きとは、まるで違う。疾くて鋭い。グングン近づいてくる。奴らはもう目の前だ。


 4本の大剣を持ったネクロゴーレムが、ローザ達に向かってくる。


 大鎌を手にしたネクロゴーレムは、シャマニへと詰め寄ろうとしている。


 ローザ達は4体1だが、シャマニは1体1だ。


 ローザは一瞬だけ、カルビかネージュ、エミリアの誰かに、シャマニのカバーへと入って貰うべきかと考えた。だが、そんな必要はないと言わんばかりに、シャマニは即座に前へと飛び出してネクロゴーレムを迎え撃った。


 宙に浮きながら大剣を軽やかに扱うシャマニは、ネクロゴーレムが振り回してくる大鎌を受け止めて、いなし、捌いて、弾き返す。金属が重くぶつかる音と共に、火花が散りまくった。


 シャマニと斬り結ぶ強化型のネクロゴーレムの動きは洗練されていて、まるで武人だった。戦闘という機能に特化されているのだと分かる。そしてそれは、ローザ達に向かって飛びかかってきた大剣ネクロゴーレムも同じだ。


「コイツは面倒そうだな」

「油断しないで」

「来ますわよッ!」


 余裕のある口調で言い合うカルビとネージュが重心を落として、エミリアがすっと前に出て、ローザを守る位置に陣取ってくれる。


「怨怨OOOOOォォ亜亜AAAAAAHHHH……!!」


 大剣のネクロゴーレムが吠え猛りって上半身を捻り、4本腕で持った剣を矢継ぎ早に打ち込んでくる。ブォンブォンビュンビュン!と風を斬りまくる、凄まじい連撃だった。強化型のネクロゴーレムは図体も相当デカいから、その4本剣の連撃は、飛んでくるというよりも上から降ってくる。


 並の冒険者なら数秒でミンチにされてしまうだろう斬撃の雨だ。だが、カルビとネージュは平然と受け止めて、弾いて、更に弾いて、弾き捲った。ギャガガガガガガガン!! とも、ギギギギギン!! とも言えない、金属同士が激しく、そして重く激突する音が響く。


「やるじゃねぇか!」

「えぇ、悪くないわ」


 巨大と言っていいほどの武器を、軽々と振り回すカルビとネージュ。彼女達の大戦斧と大槍は互いに干渉することなく、大剣ネクロゴーレムの攻撃を全て遮断している。遮断しつつも、押し返している。


 その証拠に、ネクロゴーレムが僅かに下がった。それでも奴は攻撃の手を止めない。寧ろ、より激しく大剣を振り回し、突き出してきた。勿論、カルビとネージュは対応する。更に前に出る。


 カルビの戦斧とネージュの大槍は、ネクロゴーレムの大剣をいくら受け止めても傷一つ入っていない。エミリアはローザを守りつつ、攻撃に参加できるタイミングを計っている。


 ローザは魔導ショットガンを構え、目の前の戦闘を注意深く観察しつつも、横目でシャマニが戦う姿を捉えていた。


 あの取り回しづらそうな大剣を容赦なく、そして峻烈に閃かせるシャマニの戦いぶりは、相対するネクロゴーレムを圧倒している。大鎌のネクロゴーレムは、4本腕のうちの2本を既に斬り落とされており、手にしていた筈の2振りの大鎌も、その1振りが地面に転がっている。


 ネクロゴーレムの動きも遅くは無い。俊敏と言っていい。あの大鎌をビュンビュンと振り回す技術も尋常ではないし、シャマニとの間合いの詰め方、それに踏み込みの動作なども、死体で編まれたゴーレムとは思えないほどの俊敏さと正確さがある。


 だが、そんなネクロゴーレムでも、翼を広げた鎧を纏い、浮遊しながら高速で戦うシャマニを捕らえることが出来ていない。


 金属の翼を羽ばたかせるシャマニは、低い声で何かを詠唱しながら、ネクロゴーレムが振り回す大鎌を易々と避ける。あるいは、手にした武器で打ちあう。そのシャマニの打ち込みがまた強烈な様子で、巨体のネクロゴーレムが体勢を崩すほどだった。


 心配ない。1人でも、シャマニは優勢だ。寧ろ、ああやって浮遊しながら戦闘するスタイル彼女に、下手な援護は逆効果だろう。


 そこまで判断して、ローザは目の前の戦闘へと意識を戻した。そのときにはもう、決着が着きそうだった。


「ふっ……!」


 鋭く息を吐いたネージュが大槍を引き、そして突き出した。冷気の渦を纏った大槍は、ネクロゴーレムの持つ大剣ごと、2本あるヤツの右腕の1本を抉り抜いて砕き、消滅させた。それだけじゃない。ネクロゴーレムの右半身が、ネージュの魔力を浴びて凍りついた。


 奴の動きが鈍る。

 その隙を、カルビは見逃さない。

 手にした戦斧に爆炎を纏わせたカルビは、身体を鋭く回転させながら踏み込んだ。


「オラァ……!!」


 獰猛に吼えたカルビは、ネクロゴーレムの左半身を目掛けて戦斧を横薙ぎにぶち込んだ。ネクロゴーレムは左腕2本を咄嗟に引いて、大剣の2本を盾にするような防御姿勢を取った。だが、怪力を誇るカルビの戦斧を受け止めきれなかった。


「GU、AAA……!」


 振り抜かれたカルビの戦斧は、ネクロゴーレムの左腕というか大剣というか、左半身を破壊した。まさにぶっ壊したという感じだった。ヤツの身体の破片が、盛大な火の粉と共に派手に飛び散る。ヤツはよろけている。


 だが、まだ倒れない。動いている。

 戦闘を継続できる。腕は1本残っているし、大剣も握っている。

 ヤツは下がろうとしている。体勢を整えるため、いったん距離を取る気か。 


「仕上げはお願いしますわ、ローザさん」

 

 ローザを庇う位置から動かないまま、エミリアが落ち着き払った声で言う。


 同時に、ネクロゴーレムが下がるよりも早く、カルビとネージュが、ローザの傍まで下がってくる。2人は深追いしない。ローザを守る陣形を崩さない。厄介そうな敵と戦うとき、ローザ達はいつもこの戦法を取る。


 カルビとネージュが前に出て相手の戦力を削り、大盾を持つエミリアに守られながら、瞬間火力に優れるローザが相手を仕留めるのだ。


 最大火力で言えばカルビの方が上だが、詠唱などの準備を必要としないローザの魔導銃器は、ある程度の連射も効く。それに加えて、相手によって弾薬の種類を変えることも出来る。


「任しといて……!」


 短く応えてローザが撃ち出したのは、通称『ゴルゴン弾』と呼ばれる魔法弾だ。非常に強力な石化効果を持つ弾薬で、魔法耐性を持った魔物であっても、容赦なく石化させることができる。


 販売元の魔術士協会も威力を保証していて、その分、値段も張る。魔導銃をメインで使う冒険者がいないのも納得できる値段だ。確実に命中させたい。ただ、高価なだけあって効果は覿面だった。


「愚愚GU、宇宇U、ォォOOOOO……!!」


 バシバシ……、バキバキバキ……、といった感じで、まずはネクロゴーレムの下半身部分が灰褐色の石に変化し始め、その石化はすぐに全身に及んだ。ネクロゴーレムは、再びローザ達に向かって踏み出そうとしていたようだが、その姿勢のままで完全に静止した。


 やつらの身体を構成している死体、というよりも、ゾンビやスケルトンと言った方がいいかもしれないが、それらも纏めて石化させることが出来た。


「アタシらのコンビネーションは、やっぱり最強だな」


 沈黙したネクロゴーレムを確認したカルビは、満足そうに言いながらシャマニの方へと身体を向ける。


「……あとはアッシュ君が居れば完璧ね」


 大槍に冷気を宿したままのネージュも、妙に熱っぽい声をボソッと溢し、カルビに倣う。


 「寧ろ、ここにアッシュさんが居てこそ、私達のコンビネーションは真に完成するのですわッ……!」

 

 エミリアが鼻息を荒くして、誰に向けてか分からない宣言を高らかにしていた。

 

 「異論は無いけど、気を抜くのはちょっと早いって」

 

 ローザは呼び掛けるように言いながら魔導ショットガンを構えつつ、シャマニを援護するタイミングを窺おうとしたが、その必要は無さそうだった。カルビとネージュ、エミリアも、すぐにでもカバーに入れるよう、シャマニとの距離を詰めようとしてはいるが、積極的に動こうとはしていない。


 まぁ、今のシャマニに余計な手出しなどすれば、邪魔にしかならないことはローザでも分かった。


 それに、シャマニの持つ大剣も、さっきまでとは微妙に違う。少し嵩が増したように見える。剣身の真ん中から割れるように開いているのだ。その剣の中から発生しているのは、澄んだ紫色の雷だった。


 シャマニの大剣が紫電を帯びている。それだけでなく、特殊な魔鋼金属であろう剣身が幾つもの節に分かれ、伸び、淡い紫色の電流と火花を散らしながら、鞭のように撓った。


 あの形状は、長大な蛇腹剣というべきか。

 

 優勢なままで戦闘を続けていたシャマニは、表情を動かさないまま、鞭のように撓る剣を掬い上げるようにして振り抜いた。その斬撃の軌跡に、紫色の雷電が尾を引いていた。


 蛇のように不規則な撓り方をする剣は、ネクロゴーレムに絡みつくようにして刃を走らせながら、その腕の全てを斬り飛ばした。一撃だった。ヤツの握っていた大鎌が地面に落ちる。


 全ての腕と武器を失ったネクロゴーレムは、一歩だけ後ずさった。この場から逃走しようとしたのかもしれない。飛び下がって、シャマニから距離を取った。だが、それと同時にシャマニの詠唱も完成した。


 薄い紫色の微光を放つ魔法円が積層状に展開され、その内側にネクロゴーレムを封じ込めたのだ。かつてローザ達が相手をしたシャーマントロールも使用していたものとは少し種類が違うが、拘束系の魔法だ。


 光の環の中で身動きを封じられたネクロゴーレムは身体を激しく揺すり、もがき、何とか魔法円を振りほどこうとしている。だが、そんな抵抗が意味を為す間もなく、シャマニが蛇腹剣を振り上げて撓らせ、翼を羽ばたかせた。


 次の瞬間には、ネクロゴーレムの頭から股までを、拘束用魔法円もろとも両断していた。


「U、GO……」


 ネクロゴーレムの呻きが、消えていく魔法円の揺らぎに融けていく。


 切り裂かれたネクロゴーレムが、左右に分かれながら傾いた。ゆっくりと倒れていくネクロゴーレムの身体へと、シャマニは更に斬撃を何度も加えた。紫電を纏う蛇腹剣を粛々と振るう。


 ゾンビやスケルトンとして立ち上がってくる者などいないよう、ネクロゴーレムの身体を構成する死体たちを、丹念に破壊した。ネクロマンサーに囚われた冒険者達を、その無慈悲な斬撃によって弔うかのような熾烈さだった。


 シャマニの持つ蛇腹剣から発せられる、あの清冽な紫電こそが彼女自身の魔力の本質なのだろう。微塵に斬られ、地面に崩れ落ちたネクロゴーレムの無数の肉片は、光の粒子となって風に攫われていく。ローザの石化弾によって固まっていたネクロゴーレムもサラサラと崩れながら、淡い光となって溶けだしている。


 それは晶石化現象とは違う。完全な消滅だ。ネクロマンサーの呪縛からの解放された魂たちが、最後に輝きを残していく。


 武器を振るうのを止めたシャマニは、その淡い煌めきを見送りながら、女神ルミネーディアへと祈りを捧げる姿勢を取った。


 ローザ達と話をしていた時のシャマニは、とにかく気だるげで刺々しく、攻撃的だった。だが、今の彼女の雰囲気はまるで違う。解放された冒険者達の魂の眠りが、安からなものであることを願うような、慈しみに満ちた祈りの姿をとっている。


 ダルムボーグでは、まだ戦闘の音が断続的に響いている。轟音と振動が、ローザ達まで響いてくる。だが、死者の冥福を祈るシャマニの心の声だけは、どうか掻き消されることなく、女神に届いてほしいと思った。


「いやぁ、こうも簡単にゴーレム共を蹴散らされてるのを見ると、ちょっぴり虚しい気分になるねぇ。せっかく俺が戦闘用に調整してやったってのに」


 そんなローザ達の姿を嘲笑う声が響いたのは、その時だった。

 ローザ達は声がした方へと一斉に振り返る。


「雑魚の冒険者ってのは、死んでからも雑魚のままで役に立たないモンだねぇ」


 失望と呆れを大袈裟にアピールするような、やれやれといった声音だ。芝居がかっていて、鬱陶しくてしかたない、男の声。艶のある低い声だが、他者を見下すような抑揚があって、とにかく不快だった。


 さっきまでは誰も居なかった筈の廃神殿、その傾いた女神像の肩と、後頭部を足場にして、ヤツは悠然と立っていた。女神像を踏みつけるなど冒涜的な所業だが、ヤツにとっては何でもないことなのだろう。


 ヤツは濃紺のローブを纏っていて、そのローブには赤黒い色で複雑な紋様が描かれている。手に握っている杖は大振りだ。人間の白骨を組み合わせて、じゃらじゃらと金属の装飾を施したような、禍々しい杖だ。


 黒い髪の隙間から覗くヤツの瞳も、どろっと濁った黄土色をしていて、不吉な輝きを宿している。ヤツの顔立ちが整っていることが、余計にその不気味さを際立たせていた。


 何でこのタイミングで、とか、何でこの場所に、とか色んなことがローザの頭を過った。何かの狙いがあってのことなのだろうが、今の状況では会いたくなった。


 「なぁ、キミ達もそう思わないかい?」


 賞金首のネクロマンサー。“死の門”、ギギネリエス=ノーキフは、まるで散歩の途中に景色を眺めにきたような長閑さ、そして冷酷な剽軽さ、濃密な邪悪さを振り撒きながら、ローザ達の前に姿を現した。




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