第46話 ネクロマンサーの足音
「なぁ、ローザぁ、機嫌直せって~」
「……別に怒ってないし。普通だよ」
ダルムボーグでの探索2日目。朝からローザの機嫌が悪い。昨夜のシャワー中に、ふざけたカルビに揉みくちゃにされたのが原因のようだ。
「おっぱいツンツンゲームが、ちょっと盛り上がっちまっただけだろ~?」
「……ちょっとどころではありませんでしたけれど?」
ムスっとした声を発したエミリアも、ローザと同じく、つーんと下唇を尖らせてそっぽを向いている。
「ローザもエミリアも、そんな怒んなよ~」
叱られた大型犬みたいな顔つきになったカルビが、肩を下げてローザとエミリアを振り返る。
その情けない表情と、彼女が身に着けているド派手で物騒な装備の差が激しい。赤と黒の全身鎧を着込んで大戦斧を肩に担いでいるカルビは、ローザを振り返りつつも、周りにもさりげなく視線を配っている。そんなカルビが、不意にアッシュの方を見た。
「なぁ?」
「い、いえ……、同意を求められても、僕は何も言えませんよ……」
アッシュは胸の前で両手を振りながら、参り切った声で応じた。ネージュも呆れ交じりの苦笑を漏らす。
「こんな緊張感の無い会話をダルムボーグで繰り広げている冒険者なんて、私達ぐらいでしょうね」
「んなこたぁ無ぇだろ? この様子じゃあ、どこのパーティも欠伸交じりに探索してるぜ」
ゴキゴキと首を鳴らしたカルビは、実際に欠伸を噛み殺すような声を出している。
昨日に引き続き、カルビとネージュが前を歩き、その後ろにローザとアッシュが続く隊列である。テントを撤収したアッシュ達は、野宿をした街路を抜け、ダルムボーグの住宅地区へと足を向けていた。
途中で、何組かの冒険者パーティ、それに大人数のクランなどを見かけた。彼らは目ぼしい廃屋内に踏み入ったり、その屋上から周囲を見回したりしている様子だった。ただそんな彼らも、血眼になってまでネクロマンサーを探そうとしている、という風でなかった。
どちらかと言えば気だるげで、やはり噂は噂なのかと、何となく諦めムードが漂っているような、覇気や野心に欠けた目つき、顔つきをしていたのが印象に残っている。
そういった冒険者達の代わりに、廃墟と廃墟の合間を忙しそうに、素早く、それに規則正しく隊列を組んでネクロマンサーの捜索にあたっている者達もいた。
子供ほどの小柄でありながらも、騎士団風の重厚な装備を揃え、全員が分厚くて大きな盾を持ち、長大な突撃槍を携えている“ゴブリンナイツ”達だ。
アードベルの第10号区に居住する彼らは、ハイ・ゴブリンと呼ばれており、優れた筋骨と知能を備え、人間と同じく女神教を深く信仰し、治癒魔法も授かっている。凶暴な野生のゴブリンとは違い、彼らは人間との共存を可能にした種族だった。
大陸南西部には、ハイ・ゴブリン族だけの小国家もあり、彼らはいわば、アードベルに出稼ぎに来ている戦士達らしい。強力な戦闘集団でもある彼らは、アードベルきっての大所帯で、メンバー総数は100人以上とも言われている。
今のダルムボーグに、そのゴブリン達の何割が入り込んでいるのかは分からない。だが、恐らくは相当な数のハイ・ゴブリン達が、ギルドの要請を受けて動いているのだろう。
その証拠といっていいのかどうかは分からないが、バジリスクやコカトリスといった危険な魔物どころか、並みの魔物にもアッシュ達は遭遇することもなかった。
やはり昨日もカルビが言っていたように、もともとダルムボーグをねぐらにしていた魔物達も、ネクロマンサーの懸賞金に釣られて押し寄せてきた大勢の冒険者、それにゴブリンナイツ達に狩り尽くされてしまったのか。
廃墟ばかりで見通しは悪いが、アッシュ達の周りには戦闘はおろか、冒険者同士の諍いの気配すら全くない。時折、涼やかな風が吹いてくる程度だ。昨日と同じく、青空の下の廃都ダルムボーグは長閑なものである。
「せっかく色々と準備もしてきたってのに、ネクロマンサーも空振りで魔物も狩り損ねるとなれば、デカい赤字になるぜ」
欠伸を噛み殺すカルビが、大戦斧を担ぎ直しながら首を鳴らした。
「やっぱり、帰りにエレメンタルでも何匹か狩っていくか?」
眉根を寄せたローザとネージュが、気楽そうに言うカルビを黙って睨んだ。エミリアが聞えよがしに溜息をつく。「冗談だよ」とカルビが肩を竦めてから、空を見上げた。
「まぁしかし……、この廃都の空には、昨日から鳥の姿が全くねぇ。ネクロマンサーじゃなくても、此処には何かあるのかもな」
こうやって不意に声を低くしたカルビには、無視できない迫力と説得力がある。
ローザとネージュ、エミリアも空を見上げて、すぐに周りに視線を巡らせていた。アッシュもそれに倣うが、やはりダルムボーグに並ぶ廃墟は、寂れた静けさ中に浸されている。
「飽くまで、“かもな”って話だぜ?」
喉を鳴らすように軽く笑ったカルビに、ローザが小さく息を吐いて、緊張を解いた様子だった。
「本格的に魔物も狩れそうになかったら、今日で探索を切り上げてもいいかもね」
やれやれといった様子で、ローザが軽く鼻を鳴らした。「えぇ。得るものが無いのなら、長居をしても仕方が無いわ」と、少し疲れた声になったネージュも頷く。
「近場にある他のダンジョンに、探索の場所を変えた方が賢明ですわね。アッシュさんにも同行して頂いているのに、この冒険活動で何の収穫も無しでは申し訳ないですもの」
エミリアが腰に手を当て、長閑なダルムボーグを見回す。温かな陽射しの中を、乾いた緩い風が吹き抜けていく。その風にツインテールの髪を揺らしたローザも、「だね」と頷いた。
「明日以降は、他所のダンジョンに向かうとして……。まぁ今日のところは、もうちょっとだけ、ダルムボーグを見て回ろうか。せっかく来たんだし」
気を取り直すように言うローザが、隣に居るアッシュの方を見てウィンクをして見せる。さっきまでムスッとしていたローザだが、いつもの前向きな彼女らしい、明るい可愛いさが戻ってきたようだ。
「えぇ。ダルムボーグの全部は無理でしょうけれど、出来る限り回ってみましょう」
アッシュが頷いたところで、カルビがダルムボーグの地図を取り出しながら、「そろそろ腹も減ったし、ついでに、腰を下ろせるところも探そうぜ」と腹を擦った。
「本当にピクニック気分ね、貴女……」
暢気なカルビに、ネージュが冷たい声を浴びせる。
「うるせーぞネージュ。お前だって、今日の夜にアッシュとシャワーを浴びることしか考えてねぇだぁぁあももあももももあもぁあああぁっっーーーーッッ!!?」
「黙れ……ッ! この馬鹿ッ! このッ……! 黙れ黙れッ……!!」
必死な顔になったネージュがカルビに襲い掛かった。いつかの時と同じように、カルビのほっぺを抓りにかかったのだ。存分に引っ張られて抓られまくっているカルビが涙目になって、「んにぃひひいぃん!!」などと情けない悲鳴を上げている。
「……というか、確かに昨日は
馬鹿みたいに神妙な顔で常識的なことを言うエミリアが、「ねぇ?」とアッシュに同意を求めてくる。アッシュは苦笑しつつ頷いた。
「え、えぇ。それはもちろん。何なら、僕は“浄化の霊炎”で身体を清めますから」
「アッシュ君も、そんなに気を遣わなくていいよ。同行して貰ってるんだし、もっと私達に甘えてくれていいからさ」
優しい言い方をしてくれるローザが、腰のポーチからダルムボーグの地図と、ネクロマンサーの手配書を取り出していた。
ギルドで貰って来たその手配書には黒髪の男が写っている。ある賞金稼ぎが魔導機器で撮影に成功したものを、色付きで印刷したものだ。
手配書の男は、20台後半ぐらいか。黒髪を肩辺りまで伸ばしている。顔立ちは整っているが、どろっと濁った黄土色の瞳のせいで、不吉な印象を拭えない。男の纏う雰囲気は陰鬱でありながらも、残忍さや邪悪さが滲み出ているようでもあった。
男の名前は手配書の上覧には『ギギネリエス=ノーキフ』と記載され、その名前の横には、懸賞額である2億ジェムの文字が付随している。
「見れば見るほど不気味だよね~……」
考え込むような表情のローザが、広げた手配書に視線を落としながら呟いた。それからアッシュの方を見て、「知ってる?」と手配書を揺らした。
「このネクロマンサー、100年近く見た目が変わってないらしいよ?」
気味悪そうに言うローザに、「えぇ」とアッシュも軽く頷いて応えた。
「確かギルドの記録では、賞金首に登録されたのも、約100年前だそうですね」
ローザの持つ手配書をアッシュが横から少し見せて貰ったところで、ネージュがカルビの頬っぺたから手を放した。
「いってて……っ!」と頬を擦ったカルビは、ネージュの頬っぺた抓り攻撃には特に言及せず、アッシュ達を振り返った。
「そいつ……、元は冒険者だっつー話だぜ」赤くなった頬を擦りながら、まだ少し涙目のカルビは記憶を引っ張り出す顔になる。「4等級の魔術士だったんだとよ」
「……しかも、最初はネクロマンサーとしてではなく、レイダーとして賞金首になっていたようね」カルビの頬を抓り足りないのか。ムスッとした顔のネージュも話に加わってくる。「別のネクロマンサーを大量に殺害したという件で、今の賞金額になったらしいけれど……」
眉を顰めたネージュも振り返り、ローザが手の中に広げている手配書に目をやった。
「そうなんだよね~」ローザも不味そうな顔になって耳を掻いた。「2億の賞金首なのに、分かってるのがそれぐらいなんだよ」
「ギルドとしては、この男の異常さはそれで察しなさいということなのでしょうね……」エミリアが目を細めつつ、思案するように顎に手を触れた。「他のネクロマンサーを手にかけたという話が事実なら、とにかく不穏ですわ」
「ネクロマンサー同士にどのような関係が築かれているのかは判然としませんが、この男が非常に危険だということは、ギルドが設定した懸賞額が物語っている通りでしょう」
エミリアに続いてアッシュも頷きながら、エルン村での神殿防衛戦を思い出していた。
大量のゾンビを操るネクロマンサーの危険さを目の当たりにした戦いだったが、そのネクロマンサーを何人も手ずから殺して来たとなれば、このギギネリエスという男の強大さは推して知るべしだろう。
しかも、このギギネリエスが手にかけたネクロマンサー全員が、かなりの高額賞金首だったということも分かっている。だからこそ懸賞額が吊り上がり、2億という莫大な額になったのだ。
「だがまぁ、肝心の、そのギギネリエスってやつの戦力が未知数であることに変わりは無ぇからな」
警戒したように目を窄めたカルビが、手配書を軽く睨んだ。
「その脅威よりも、超高額の賞金に目が行くんだ。悪い言い方をすれば、こっちの目を曇らせるんだよ。それに加えて、元4等級の低級冒険者だったとかいう余計な情報も、冒険者側の油断と判断ミスを誘うんだ」
ローザの持つ手配書に指を向けたカルビが、鼻を鳴らしてぐるっと周りを見回した。
「ここ最近のダルムボーグに冒険者達が集まってきてる状況には、ギルドも頭を抱えてるかもしれねぇぞ」
カルビは半笑いで言うが、このギギネリエスが出没したという噂が広まり、その懸賞額を目当てにした多くの冒険者がダルムボーグに足を向けているというのは事実だ。
だからこそギルドも万が一に備え、あまりに多くの冒険者が殺されたりゾンビにされたりする被害が出ないよう、実力のあるクランに調査を頼んだと考えるのが自然だ。
「……あれは」
不意に、何かに気付いたらしいネージュが声に緊張を含ませた。
ローザとカルビも、ネージュの視線の先へと顔を向ける。アッシュもそれに倣って前方を窺った。
廃墟が立ち並ぶ街道には、やはり魔物の姿も気配もない。だが、アッシュ達から少し離れた脇道から、2人の女性が姿を現していたのだ。
1人は薄く紫がかった短め銀髪を靡かせていて、もう1人は、金髪に近い茶髪を後ろで纏めていた。2人とも美しい女性騎士風の姿なのだが、放っている気配はひどく剣呑だった。
彼女達が纏っている全身鎧は、漆黒と白金を基調としていて、見るからに高貴で、それでいて頑強そうな鎧だ。女性用の装備なのだろう。ゴテゴテとし過ぎずスッキリとしていて、カルビやネージュが身に着けている鎧と雰囲気は似ている。
あとは装備も個性的だった。銀髪の方の女性は、少し変わった形状の大剣で、柄に対して剣身が異様に長い。扱うのがかなり難しそうだ。茶髪の方の女性が手にしているのは、威圧感たっぷりの大戦槌である。
彼女達のうち、紫がかった銀髪の方の女性が、アッシュ達に気付いた。
睨み据えるような鋭い視線を向けてくる。彼女の瞳も薄い紫色をしていて、水晶のような不穏な輝きを宿しているのが分かる。彼女が発散する攻撃的な気配と存在感は、周囲の者を大いに萎縮させるに違いない。
金に近い茶髪の方の女性は身長が高く、恐らくはカルビよりも高身長だ。エミリアに負けないぐらい体格も大きい。そんな彼女は、アッシュ達を睨むような視線を向けてくる女性に何事かを言ってから、彼女もまたアッシュ達の方を一瞥した。
彼女達の眼差しは、不穏分子を厄介そうに眺める目つきだった。
「おい、もしかしてアタシ達、喧嘩売られてんのか?」
楽しそうなカルビが悠長な声を発して、「どうかしらね」とネージュが面倒そうに応じる。
ローザは苦笑を浮かべ、此方にトラブルを起こす気は無いという意思表示のように、2人の女性に会釈なんてしている。エミリアも同じ意図からだろう、優雅な仕種で頭を下げていた。
取りあえずと言った感じで、アッシュも頭を下げておいた。2人の女性はアッシュを不審そうな目で見ていたが、それも束の間で、すぐにローザ達から視線を逸らして廃墟の奥へと進んでいった。
「……アイツらが来てるってことは、やっぱり噂もガチっぽいな」
喉を鳴らすように低く笑ったカルビが、その緋色の瞳をギラつかせる。
「あの……、今の鎧を着た女性2人は、“鋼血の戦乙女”の方々ですよね?」と、おずおずと訊いてみる。カルビは肩越しにアッシュを振り返り、ニヤリと唇を歪めた。
「あぁ。そうだ。あのデケェ剣を持ってた方がシャマニで、ごつい戦槌を持ってた方がヴァーミルだ。あの2人が居るってことは、“鋼血”の他のメンツもダルムボーグに来てる筈だぜ」
カルビは言いながら大戦斧を担ぎ直し、さっきまで引き摺っていた眠気を払うようにして、首を左右に曲げてゴキゴキと鳴らした。
「今日のダルムボーグは大繁盛だな」
冗談めかしたカルビに、「廃墟はお店ではありませんけれどね」とエミリアがツッコむ。
「王都に出てている賞金稼ぎクランが動いていないみたいだから、今日は大繁盛と言うよりも、まだ繁盛のレベルでしょうけれど」
鼻を鳴らしたネージュが言い添える。
「いや、大繁盛で正解だろ。ダルムボーグを攻めてる冒険者の数だけで言えば、マジで今までで一番多いんじゃねぇの」
カルビとネージュが話しているのを聞いていたアッシュは、黙り込んだローザが俯き、顎に触れていることに気付く。
「ローザさん、どうされました?」
アッシュが控えめに尋ねてみると、ローザは思案顔のままで顔を上げた。そしてすぐに周囲の様子を確認し、それからアッシュ達を見回した。危機感を抱いた表情になっている。
「……もしかしたら今日みたいな大繁盛の状況になるのを、ネクロマンサーは待ってたのかも」
「どういう意味だよ?」
耳を掻いたカルビが、相変わらず悠長な声で応じたときだった。ぬるく湿って、重みのある濁った風が、アッシュ達の足元をザザザザザァァァーーっと這って行った。同時に、ズズズッ……、と、ダルムボーグ全体の空気が短く振動するのが分かった。
その直後には、「GU、UUUU、……U、UUUUU、UUUぅうううう……」という低い呻き声が、彼方此方から響いてくる。ダルムボーグの廃墟の静寂が、圧倒的な不穏さに押し包まれていく。
辺りから届いてくる呻き声は、大勢の人間の苦しむ声を無理矢理に束ねたような、不吉でおぞましい迫力に満ちていて、明らかに普通の生物が発するものでない。何かが起ころうとしている。いや、もう起こっているのか。
アッシュ達は視線を交し合ってから、すぐに隊列を整え直した。すぐに、アッシュ達の居る居住区の通りの、その脇道の奥からも呻き声が響いてきた。晴れた空から、冷たい風が吹き下ろしてくる。
「……悲鳴が聞こえたな」
前衛のカルビが大戦斧を担いだままで、脇道へと身体を向ける。
確かに、アッシュにも聞こえた。少し距離はあるが、複数の声だ。怒鳴り声も聞こえる。濃厚な戦いの気配が流れてくる。轟音が2度、3度あった。建物が崩れる音。廃墟の向こうに、濛々と土煙が上がっているのが見える。
「私達も行こう!」
声を引き締め、ローザが短く提案する。
「えぇ」
「分かりましたわ!」
肩越しにローザを見たネージュとエミリアが駆け出す。その少し後ろにカルビが並び、ローザとアッシュが続いた。
「もしも怪我人が居たら、治癒魔法はカルビに任せるから。アッシュ君は、後方と私のカバーをお願い」
「おう」とカルビが頷き、アッシュも「分かりました」と続く。
ローザの指示には迷いがない。迷っても仕方ないというのが本人談で、『その場の最適解は各自判断してね』というのが、このパーティのスタンスだ。いい加減で適当なスタンスにも見えるかもしれないが、実戦でのカルビやネージュ、それにローザ達の実力とは噛み合っている。
アッシュ達が廃墟の間を移動する間にも、不吉な振動が絶えず足元から這い上がってくる。ダルムボーグ全体が揺れているような感覚になるが、違う。そうじゃない。
巨大な何かが、激しく動いているのが分かる。それも1体だけじゃない。複数だ。あちこちから振動が届てくる。この振動は地面だけでなく、廃墟の群れを絶えずビリビリと震わせている。
再び轟音が響く。やはり1回ではなく、連続だ。複数の建物が一斉に崩れる気配。アッシュ達が駆けている廃墟の間にも、地を這うような分厚い土煙が流れ込んでくる。更にその土煙から逃れるようにして、4人の男性冒険者が此方に走って来る。
彼らはひぃひぃと必死な様子で、まさに命からがら、と言った風情だった。
アッシュ達を見つけた彼らは、カルビとネージュに一瞬だけ怯んだようだが、すぐに顔を強張らせてから、「お前らも逃げろ!」と叫んでから、「どけどけ!」と乱暴に脇を走り抜けて行った。
一方、前衛のカルビとネージュ、エミリアは冷静だ。
この冒険者達には見向きもしない。彼らに道を譲るように体を退けながらも、油断なく前方を見ている。逃げ散る冒険者達を追ってくる“何か”が居た場合、それを迎え撃つためだろう。
「ちょっと待って! 何があったの!?」
振り返ったローザが、走り去っていく彼らの背中に向けて訊いたが、返事は帰ってこなかった。代わりに、また別の男性冒険者が2人、アッシュ達の前の路地から出てきた。
やはり彼らも、“何か”から逃げてきたのだろう。1人が脚に大きな傷を負っていて、もう1人の方が肩を貸している状態だった。肩を貸して貰っている方の冒険者の傷は深いようで、彼が脚を引き摺ったあとには、流血の跡が地面に生々しく続いてきている。
「……おい、見せてみろ。治してやるよ」
すぐにカルビが治癒魔法の準備に入りながら、2人の冒険者に近づいた。周囲を警戒してくれるネージュとエミリアに続き、ローザとアッシュも冒険者達の傍へと向かう。
「あ、あんた達は……!」
ド派手な全身鎧に大戦斧を担いだカルビが近づいてくるのを見て、2人組の冒険者の、怪我をしていない方が顔を引き攣らせていた。肩を貸されている方は、苦痛に顔を歪めながらカルビを見たが、大きな反応は見せなかった。痛みのせいで、そんな余裕が無いのか。
その傷の具合を素早く見て取ったらしいカルビは、肩を貸されている方の冒険者の傍にズカズカと近づいて行ってしゃがみこみ、すぐに治癒魔法円を展開した。
無詠唱での治癒魔法の行使は、カルビが優れた治癒術士であることの証でもある。
「治療代はいらねぇ。その代わり、アタシ達が訊いたことに答えろ」
有無を言わさぬ口調でカルビが言うと、2人の冒険者は視線を交し合った。そしてすぐに、「あ、あぁ」と肩を貸している方がカルビに頷いた。肩を貸して貰っている方は、「すまない。助かる……」と、立ったままではあるが、カルビに頭を下げた。
「気にすんな。この業界じゃ、困ったときはお互い様だ」
治癒魔法を扱いつつ、真剣な表情のカルビが思い遣りのある言い方をしたのと同時に、また轟音と振動が響いてくる。周囲の建物がビリビリと震え、グラつき、パラパラと細かく壁が崩れた。
「のんびりとは出来そうにねぇな。……取りあえず、この暴れまわってる“ヤツ”は何だ?」
「わっ、悪ぃ……、俺達も詳しくは分からねぇ……。に、人間の死体を、幾つも幾つも組み合わせた感じの、ばっ、化け物だった……」
治癒魔法を受けている方の冒険者が、痛みとは別種の感情で青ざめた唇を、ぶるぶると震わせて答えた。
「あぁ。大勢の人間の死体を、出鱈目にくっつけたような……」と、彼に肩を貸している方の冒険者も、思い出したように声音に怯えを滲ませている。
「俺達の他にも、いくつかのパーティでクランを組んでいたんだが、いきなり化け物共に取り囲まれて、それで……」
冒険者の掠れた言葉を聞いているうちに、アッシュの胸の中に、ザワザワとしたものが広がった。他のパーティと組む。確か、ダルムボーグに向かう前のリーナもそんなことを言っていなかっただろうか。
昨日ローザ達が話をしていたように、ダルムボーグは広い。捜索の為にパーティ同士でクランを組むのは、別に珍しいことじゃない。クランを組んでいるのは、リーナ達のパーティだけではない筈だ。
もしかしたら、リーナ達はダルムボーグから帰っている可能性だってある。そう自分に言い聞かせて、アッシュは脳裏に浮かんだリーナの姿を追い払う。
「それで、お前らの他に逃げ遅れた奴らは? どれぐらい居る?」
カルビは質問を重ねると、2人の男性冒険者が顔を見合わせて、自分達の記憶を確かめ合うように短い遣り取りをした。
「あの場で残ったのは、どれくらいだ? 20人ぐらいか……?」「いや、15人ぐらいだ。回復役のヤツが、ほとんど逃げ出してるのは見たぞ」「あぁ。神官で残ってたのは確か、……オリビアぐらいか」「あぁ。あとは治癒術士が1人か2人、いればいい方だったぜ……」
彼らの交し合う小声の中に、知っている名前を聞いた。オリビア。あの優しい声と顔が脳裏に浮かんできて、アッシュは軽い眩暈を覚える。
「……お2人の味方のパーティとは、リーナさんの一行ではないですか?」
この嫌な予感が外れて欲しいという思いで、アッシュは無意識のうちに質問を挟んでしまった。ローザとカルビ、エミリアが、アッシュの方を見た。一瞬だけ呼吸を止めたネージュが目を細め、2人の冒険者に向き直っている。
2人の男性冒険者達は揃って唾を飲んだあと、「あぁ」「そ、そうだ」と、視線を彷徨わせてから、アッシュの足元を見ながら頷いた。
つまり、リーナ達のパーティも、その“化け物”とやらに囲まれたのだ。
いや、正確には、現在進行形で囲まれている。リーナだけではなく、レオンやロイド、それにオリビアの顔が、頭の中に順に浮かんだ。彼女達は無事だろうか。気付けば、アッシュは唇を何度も噛んで、足元の地面を数秒ほど見つめていた。
そこでローザとカルビ、エミリアの視線に気付く。
「……すみません。余計なことを訊きました」
表情を引き締めて、アッシュは頭を下げる。
リーナ達のことが気に掛かるのは確かだったが、同行依頼を受けた身で余計なことに気を取られるべきではない。リーナ達だって危険を承知で冒険者をやっているのだ。同業というだけのアッシュが彼女達を心配し過ぎるのも野暮だろうし、侮辱にもなりかねない。
自分の感情や思考を静止させるように、アッシュは静かに深呼吸をする。
「それで、リーナ達はどうなったの?」
真剣な表情のネージュが口を開いたのは、そのときだった。治癒魔法円を展開したままのカルビも、小さく舌打ちをした。エミリアが僅かに戸惑っている。「リーナと言うのは、確か……、アッシュさんの幼馴染では?」
「えぇ。それに、私の友人でもあるわ」表情を消したネージュが短く答える。
「クランだとか何だとか言ってるトコから、何となく状況は察せるな」
渋い顔になったカルビが言うと、ローザも一つ頷いて男性冒険者達に視線を移した。
「その化け物に取り囲まれてる中でも、逃げ切れたメンバーと、その場に取り残されたメンバーがいるってことだよね」
彼らは苦しげに俯き、唇を噛んでから、「すまねぇ。無事かどうかまでは、分からねぇ……」「俺達はすぐに逃げ出したからよ」と、罪を告白するように溢した。
ただ、ローザ達もアッシュも、彼らを責めるような雰囲気を出すことはしなかった。
傷ついた彼らを糾弾しても無意味であるし、危機を前に散り散りになることなど、冒険者業界では日常茶飯事だ。協力も裏切りも、絆も憎悪も、過去も未来も、すべては冒険者の自己責任である。
「……リーナのパーティと貴方達が別れた場所は、どのあたり?」
冷静なローザが質問を続ける。
「場所は、あっちだ……。崩れかけの商館の前に、広場がある。そこで俺達は襲われて……」
肩を貸している方の冒険者が、記憶を辿るように視線を揺らしてから、すぐにそう答えた。それと同時か、少し早いくらいのタイミングで、カルビが展開していた治癒魔法円を消した。治療が終わったのだ。
「これで、今よりはもうちょっと早く動けるだろ。でも無理すんな。寄り道せずに、まっすぐ帰れよ」
カルビは立ち上がりながら言って、廃墟が続く路地に顎をしゃくった。此処も安全ではないから、さっさと行けと言うメッセージに違いなかった。まだまだ振動と轟音が響いてくる。ダルムボーグ全体に、濃厚な戦闘の気配が立ち込め始めているのが分かる。
冒険者達はカルビに礼を述べ、それからローザ達にも頭を下げて去って行った。治癒魔法を受けた方の冒険者は、まだ少し動きづらそうではあったが、肩を貸して貰ったままよりは早く逃げることができるのも間違いない。
彼らを見送ってからすぐ、ローザがアッシュの肩を軽く叩いてくれた。はっとして顔を上げる。真面目な顔のローザと目が合った。
「それじゃ、まずはそのリーナって子のパーティの助っ人に行こうか」
「えっ」
アッシュは一瞬、呆気に取られる。その様子を見たローザが軽く肩を竦めた。力強く魔導ショットガンを担ぎ直した彼女からは、さっきの冒険者達に続いて、ダルムボーグを撤退しようとする意思は微塵も窺えない。
「ローザさんの言う通り、善は急げですわッ!」とエミリアが力強く声を発して、握り拳を作ってみせる。「今の状況は、ネクロマンサーの仕業だと見て間違いないでしょう。しかァァし! そのネクロマンサーの捜索よりも先に、まずは同業者をカバーすることこそが、“淑女”の道ですッ!」
こうしてエミリアが話している間にも、轟音と振動は断続的に続いている。魔法を交えた、濃厚な戦闘の気配が遠くから、それに、近くからも届いてくる。
「これって多分、“ゴブリンナイツ”とか“鋼血”のメンバー達も、逃げ損ねた冒険者達を庇うように戦ってるんだろうね」
ローザが視線を周囲に流しながら言うと、カルビも「そうだろうな」と低い声で続いた。
「ああいう戦闘を得意としたクランに声を掛けてたってことは、やっぱりギルドの方も、今みてぇな状況を予測してたのかもしれねぇ」
そこで言葉を切ったカルビは、唇の端を吊り上げてアッシュを横目で見た。
「まぁ、とにかくだ。アッシュの知り合いがピンチっつーんなら、このカルビお姉ちゃんも手を貸してやるぜ」
恩着せがましくも、ちょっと冗談めかしたカルビの言い方には、アッシュへの優しさや気遣いと同じくらい、何らかの覚悟を促すような迫力があった。
その覚悟が、冒険者として友人を失うことについての覚悟なのか、それとも、その悲しみを予感しながらも、明らかな危険に突入していく為の覚悟なのかは、今のアッシュには判断が出来なかった。それでも、誇り高い彼女達の申し出が、本当に有難いことは確かだった。
この同行依頼を、最後に受けて良かったと思った。
「……ありがとうございます」
アッシュはローザ達を順に見て、深く頭を下げる。
「急ぎましょう。アッシュ君」
傍に居たネージュが、アッシュの手を引くようにして頷いてくれた。
その時だった。
アッシュ達の居る路地へと、ズズゥゥーン!! と何かが飛び込んで来て、着地した。廃墟の屋上を渡って来たのだろう。全身をぐにょんぐにょん、ぶりゅんぶりゅんと震わせながら立ち上がったヤツは、なかなかの巨体だ。2メートル半ほどで、ギリギリで人型をしている。
ただ、人間でいうところの腕や脚や胴体の部分を形作っているのは、白っぽい人間の身体の、その集合体だ。死体という言葉がアッシュの脳裏を過る。
いや、あれは間違いなく、死体だった。
そして同時に、エルン村を襲撃してきたゾンビなどよりも、もっとおぞましい何かだ。
ヤツの身体を構成する多数の死体は、冒険者のものだろう。鎧や胸当て、篭手などの装備をしたままだ。他にも剣や槍、弓、杖など、様々なものを一緒くたに飲み込んでいるため、ヤツが身体を細かく動かすたびに、硬い金属同士が強く擦れ合うような音がする。
更に、ヤツの頭の部分には、ゾンビとスケルトンの中間ぐらいまで腐敗が進んだ、人間の頭が、7人か8人分ぐらいで集合し、不規則にくっついて、おぞましい花のようになっている。その顔の一つ一つは苦しげに歪み、当たり前だが生気などなく、怨嗟とも憎悪ともつかない呻き声を発しているだけだ。
先程の2人の男性冒険者が話していた通り、大勢の人間を無理矢理にくっつけて、人の形にしている。まさにそんな感じの姿だ。これがネクロマンサーの仕業と言われれば、誰でも納得するだろう。
明らかに普通の魔物じゃない。
そんな怪物が、更に2体。
ズッシィィィ――ン!! と路地に飛び込んで来た。
ついでに路地の向こうから、のそりと、もう1体。
アッシュ達を見下ろすように、廃墟の上に、もう2体。
全部で6体だ。囲まれた。
並の冒険者であるなら、恐怖のあまり混乱に陥るか、ただ怯えて立ち竦むか、即座に逃げ出そうとするかのどれかだろう。実際、さっきの男性冒険者達は逃げてきたのだ。
「OOOOOOOォォ……」
何人もの苦悶と怨嗟の声を束ねたような、身の毛のよだつ呻き声を上げた怪物たちは、アッシュ達を新たな獲物と認めたようだ。
まず、アッシュ達と最も近い場所に居る怪物2体が動いた。
巨体をのたうつようにしならせて、凄い勢いで突進してきた。まるで壁が迫って来ているかのような迫力だし、実際、あの怪物は相当な怪力を誇っているのは間違いなさそうだ。怪物が地面を蹴るたび、路地に並ぶ廃墟がぐらぐらと揺れている。
「邪魔くせぇなオイ……。今から助っ人に行こうってのによ」
「私の“淑女道”を阻むなら、容赦はしませんわ!」
ただ、突進してきた怪物を迎え撃ったカルビとエミリアの踏み込みは、もっと力強くて、そして疾かった。怪物との距離を詰めると言うよりも、向かってくる怪物の巨体を、真正面から叩き潰すための踏み込みだった。
「シ……ッ!」鋭く息を吐いたカルビは身体を前に倒しながら、担いだ大戦斧を真っすぐに振り下ろした。エミリアの方は、真正面から大盾で殴り掛かるようにして突き出す。
2人の攻撃は単純だが、あまりにも豪快な一撃だった。
カルビとエミリアに突進しようとしていた怪物は、その巨体で大戦斧、或いは大盾を受け止め、そのままカルビとエミリアまで取り込むつもりに違いなかった。だが、そんなことは出来なかった。怪物たちは圧倒的に力で負けていたからだ。
2体の怪物が、カルビとエミリアの攻撃を止めることができたのは一瞬だけで、次の瞬間には彼女達のパワーに圧されるままに叩き割られ、殴り飛ばされた。怪物たちは破裂同様の有り様に破壊されながら、地面に埋まるようにして圧し潰され、また吹き飛んで行った。
カルビの大戦斧が地面をぶっ叩いた衝撃で、周囲の廃墟が幾つか崩れた。エミリアが殴り飛ばした怪物が廃墟を3件ほど崩落させて土煙を巻き上げる。相変わらず凄い威力だ。怪物の残骸と共に、濁った赤と黒っぽい紫が混ざった粘液が、ビシャビシャビシャッ!!と、派手に路地内に飛び散った。
怪物の破片として撒き散らされた白い人間の身体は、其々がゾンビともスケルトンも言えない姿で、ゆらゆらと立ち上がろうとしている。
あれがネクロマンサーの手に落ちた冒険者の姿だと思うと、悲痛なものをアッシュは感じた。死んで尚、過酷に使役される彼らを解放し、弔うためか。小さな声ではあったが、カルビが女神ルミネ―ディアへの祈りの言葉を唱えたのが聞こえた。
「……動きもノロいし、それに脆い。コイツらはザコだな」
地面を陥没させた大戦斧を再び担ぐようにして持ち直し、カルビは鬱陶しそうに視線を巡らせて、残った怪物たちを順に見た。
「トロール達の方が、よっぽど歯応えがありますわね」
凛然とした表情のエミリアも、大盾を背負うように持ち直し、ローザとアッシュを庇うように立つ。
「さっさとぶっ倒して、コイツ達を楽にしてやろうぜ」
「えぇ。……見たところ、特に物理にも魔法にも耐性があるわけでもなさそうですもの」
カルビとエミリアが肩を並べる、その少し後ろで、ネージュが手にした大槍の穂先をすっと下げ、「提案があるのだけれど」と、ローザに視線を向けた。
「うん。教えてよ、ネージュ」
魔導ショットガンを構えつつ、片方の眉を持ち上げたローザは軽く応じる。そのローザを守る位置に立つアッシュも、杖を握り直す。ネージュが言葉を続ける。
「ここは私達が引き受けて、アッシュ君に先行して貰うのはどうかしら? さっき逃げてきた冒険者達を見るに……、それなりの人数を抱えたクランが苦戦しているなら、治癒術士を必要としている可能性が高いと思うわ」
状況を予測しつつ、整理するように言うネージュの声には抑揚がない。
「アッシュ君なら治癒魔法の腕も確かだし、素早くて戦闘力もある」と付け足した声音は、やはりどこまでも冷静だ。「この怪物程度なら、アッシュ君の相手にならないでしょう?」
「……リーナって子のパーティがどういう状況かわからないけど、まぁ確かに、アッシュ君が居てくれたら心強いだろうね」
回復役が逃げちゃったとかも言ってたし……。呟くように付け足したローザは、「ふぅ」と薄く息をついてから、「……どう、行ける?」とアッシュに声を向けた。彼女達はこの場の怪物たちを引き受け、アッシュをリーナ達のもとへと行かせてくれようとしているのだと分かる。
「は、はい、商館の場所は分かります。地図は持っていますから、……でもっ」
アッシュが逡巡する間にも、怪物たちがジリジリと距離を詰めてこようとしている。そこで黙っていたカルビが、アッシュに笑いかけてくれた。
「おいアッシュ。さっきもローザが言ったろ。気を遣い過ぎんなよ。アタシ達には、もっと甘えていいんだぜ。あと言っとくがな、こんな奴らはアタシ達の敵じゃねぇんだよ」
担いでいた大戦斧――クレマシオンに炎を灯したカルビが、獰猛に言う。
「カルビお姉ちゃんは最強だから、マジで安心しろ。アタシ達のことはいい。行ってこいよ。ただな、無理だけはすんなよ。アッシュ。いいな? ヤバいと思ったら逃げろ。お姉ちゃんとの約束だ」
喉を鳴らすように笑うカルビの身体からは、紅い魔力の揺らぎが陽炎のように立ち上りはじめている。明確に周囲の温度が上がっているのが分かる。熱い。凄い威圧感だった。今のカルビに危険を感じたのか。
怪物達もぶるぶるっと不気味に体を揺すって、動きを止めた。その隙に、エミリアが笑みを浮かべ、アッシュの背中を押すようにウィンクしてくれる。
「カルビさんの言う通りです! これぐらいは、
「アッシュ君と出会った日のシャーマンは、まぁ、例外中の例外ということで」
冗談めかして軽やかに言うローザのあとで、傍に居たネージュが「いざという時は、これを使って」と、アッシュに何かを握らせてくれる。それは指輪型のアイテムボックスだった。
「その中にはエリクシルと、幾つかの高位魔法薬が入ってあるから。……遠慮なく使って」
唇の端に微笑みを過らせてくれたネージュの厚意を、今は断るべきではなかった。
「……ありがとうございます」
もう一度深く頭を下げたアッシュは、ローザ達から一歩離れる。怪物たちが近づいてくる。路地に砂埃が吹き込んできた。太陽が高くなりつつある。
「さっさと終わらせて、メシにしようぜ」と、カルビが陽気なこと言う。「確かに、お腹も空いてきたよね」ローザが笑った。「今日は節約メニューで乾パンだけですけれど……」残念そうにエミリアが続き、「……暢気なことを」ネージュが鼻を鳴らす。
「良いじゃねぇか。今日は天気にも恵まれて、最高のピクニック日和だ」
皮肉っぽくカルビが笑うのと同時に、怪物たちが一斉に動いた。
同時に、アッシュは怪物たちの間をすり抜けるように駆け、廃墟の壁を蹴って、建物の屋上へと一気に駆け上がる。怪物の1体がアッシュの足元に迫ろうとしていたが、これは、冷気の大渦を宿したネージュの大槍が突き飛ばしてくれた。
礼を述べる暇はない。アッシュは廃墟の屋上を走り、飛び移り、疾駆する。ローザ達の戦闘の音を背中で聞きながら、ダルムボーグ商館前の広場を目指す。
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