第45話 廃墟の都



※第44話に、アッシュの等級維持や世界観についての加筆修正をさせていただきました。

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 かつてのダルムボーグは、アードベルと同じく冒険産業で栄えた大きな都市だったが、エレメンタルの軍勢に攻め滅ぼされたのがきっかけで廃都となった。


 このエレメンタル達は、ダルムボーグとアードベルを隔てるようにして横たわっているブルーズニーグ森海で発生した魔物である。彼らは木々や蔦、草花などに宿った悪性の精霊であり、恐れを知らない植物の怪物たちだ。


 ダルムボーグが彼らに狙われた理由は単純で、ダルムボーグを拠点としたある冒険者のパーティが、乾季のブルーズニーグ森海で迂闊な炎魔法を使用し、大火事を起こしたのだ。


 幸い、他の冒険者のパーティやクラン、ギルドからの協力もあって火は消し止められたが、森を焼かれた報復として、エレメンタル達がダルムボーグを襲撃したのだ。


 エレメンタル達の目的はダルムボーグの征服でも支配でもなく、そこに住まう人間達を完全に排除することであったため、彼らの侵攻には一切の容赦が無かった。


 冒険者や駐在する正規軍の兵士たちも、ダルムボーグを護るべく抵抗した。だが、エレメンタル達は苛烈だった。その猛攻を凌ぎきれなかった。防壁を崩されたダルムボーグは、その日のうちに内部を蹂躙され、多くの死傷者を出すことになる。


 防壁を建て直して都市を復興させるという話も何度か出たらしいが、もともとの住民も必要な仕事も、その殆どがアードベルに移って定着しつつある流れであったため、結局、ダルムボーグは打ち捨てられることとなった。


 完全な廃都となった今では、人々の住まう場所ではなく、冒険者達の狩場の1つとなっている。


 そんなダルムボーグに訪れたアッシュ達は、立ち並んだままで静かに佇む廃墟の中を進んでいた。カルビとネージュが前を歩き、その後ろにアッシュとローザが並ぶ隊列だ。


 緩い風が吹いてきて、廃墟の街道に薄く砂埃を舞い上げていく。崩れた防壁と、その内部に残された廃墟の群れは、まさに巨大都市の死体といった風情である。


 アッシュ達が歩いているのは、大通りから少し外れた街路だ。足元の石畳は割れまくって荒れているし、街路の脇に立ち並んだ建物もボロボロで、そういった廃屋の向こうには、更に別に廃屋が連なっている。見通しはよくない。


 杖を握り直したアッシュは周囲を見回してから、少しだけ視線を上げてみる。


 朽ちた建物が雑然と並んだ光景と、夕空のコントラストが眩しかった。退廃的なダルムボーグの景色が、澄んだ茜色の光に浸されながら、宵闇へと向かう静寂に沈んで行こうとしている。


「廃墟の群れに隠れている賞金首を捜すというのは、思っていたよりも骨が折れそうですわね」


 漆黒の重装鎧を着込んだエミリアが、声にやや疲れを滲ませて溢した。夕日に横顔を照らされている彼女も、アッシュと同じように夕焼けを見遣っている。


「かなり歩きまわった筈ですけれど、ネクロマンサーの気配など全く感じられませんでしたし……」


 凄まじい重量を持つトゲ付きの大盾を背負うように持った彼女が歩くたび、彼女の足元の石畳が軽く沈み、罅割れ、“ズシン、ズシン”という振動がアッシュにも伝わってきていている。


 赤と黒を基調とした全身鎧を纏い、巨大な大戦斧を肩に担いでいるカルビも、「そうだな……」と軽い溜息を吐いた。彼女もダルムボーグの荒れた街並みに視線を巡らせている。


「実際に来てみて改めて思ったが、この廃墟の群れの中に隠れられちまったら、探し出すのはマジで骨が折れるぜ」


「元々が超大型都市だからね。アードベルよりもちょっと狭いけど、それでも十分過ぎるほど広いもん。ネクロマンサーの噂が本当だとしても、そう簡単には見つからないって」


 魔導ショットガンを手にしたローザも、いつものボディスーツと黒のジャケット姿だ。身軽な装備だが、彼女の両手に嵌められた手袋の内側には、指輪型のアイテムボックスが多数嵌っているはずだ。


 アードベルを発つ前のローザが、「今回も新兵器は持っていくから」と話していたので、魔導アイテムか、ショットガンやハンドガンとは別類の魔導銃を収納しているのだろう。ちなみに冒険を同行するにあたって、エルン村のときと同じようにアッシュも通信用の指輪を貸して貰っている。


「広いだけじゃなくて見通しも悪いし、その上、野生の魔物まで潜んでいるとなれば……。まぁ、捜索に時間が掛かるのも納得できるわね」


 ローザに続いて落ち着いた声で言うネージュも、黒と蒼の鎧を着こんで大槍を携え、冷気と圧力を放ちながら歩を進めている。隙も油断もなく周囲を見回すネージュの眼差しは、遭遇した魔物を即座に凍結させてしまうような冷たさに満ちていた。


 そんなネージュの隣で、「くぁぁ~……っ」と大欠伸おおあくびをしてみせたのはカルビだ。


「……緊張感が足りないんじゃない? 怪我をしても知らないわよ」


 鼻を鳴らしたネージュが鋭く注意する。


「カルビさん。貴女が飽きやすい性分なのは分かっていますが、せめて油断はしないよう、お願いしますわよ」


 エミリアも顔を顰めつつ、やれやれと首を緩く振った。


「アタシだって油断してるワケじゃねぇよ。それなり気配も探ってる」


 眠たそうに声を揺らしたカルビの方は、大戦斧を肩に担ぐように持ったままで、ヒラヒラと手を振ってから、「でもよ~」と欠伸交あくびまじりに首をゴキゴキと鳴らした。


「こんだけ歩き回って、ネクロマンサーどころか魔物の気配もしねぇし、姿も見えねぇっ、てのはな。流石に退屈もするだろ?」

 

「時間が経って噂が広まった所為もあるのでしょうが、やっぱりダルムボーグを訪れている冒険者が多いのでしょう。ここら一帯に潜んでいた魔物も、おおかた狩られてしまったのかもしれません」

 

 街道の左右に視線を流したアッシュは、注意深く周りを見渡す。この場所から捉えることができる気配と言えば、他の冒険者パーティのものぐらいだった。腰に手を当てたローザも、首を巡らせて軽く息を吐いている。


「目ぼしい魔物は、もう狩り尽くされちゃってる可能性はあるかもね~」


 アッシュ達の周りに広がる廃墟の群れは相変わらず静まり返っており、不気味さよりも長閑ささえ感じる。眩しい夕日も暖かいせいか、歩きながらカルビがまた欠伸を溢した。


 その暢気さを諫めるように、無言でエミリアとネージュが鋭い視線を向ける。カルビは気付かないフリを決め込んでいるようで、もう一度欠伸をしてから鼻を鳴らす。


「このままダルムボーグで魔物も狩れなかった場合は、帰りは森海を突っ切るルートで帰るか? エレメンタル共を何匹か仕留めれば、かなり稼げるだろ?」


 楽観的に言うカルビに対して、「そんなルートを通るワケ無いでしょう……」とネージュが鼻を鳴らし、「そりゃ稼げるだろうけどさ」とローザも溜息を吐いた。

 

「ダルムボーグの行き帰りのに、ブルーズニーグ森海を横切るパーティなんていませんわよ……」


 エミリアがやれやれと肩を竦めて、苦笑気味のローザが続く。


「10組パーティがあったら、9組は森海を迂回するルートを通るって。エレメンタル達に取り囲まれて、散々な目に合うに決まってるんだから」


 エレメンタル達は今でも人間達に強い敵意を抱いているため、彼らの住処であるブルーズニーグ森海は、かなり危険な探索場所として知られている。


 ただ、エレメンタル達を狩って得られる彼らの魔骸石は、主に医療用魔法薬に使用されるため、大陸中に需要がある。植物の魔物であるエレメンタル達は狂暴ではあるが、その本質自体が生命力の塊であるため、彼らの魔骸石には非常に質の高い魔力が含有されているのだ。


 そのため、エレメンタルの魔骸石を集めることを専門にしているクランもある。そういったクランは、容赦なく襲い掛かってくるエレメンタル達の猛攻に耐えるため、必ず大所帯だ。ブルーズニーグ森海の深みに入り込まない位置を慎重に維持し、少しずつエレメンタル達を狩っている。


 そんな大規模な消耗戦は、ローザ達には不可能とまではいかないまでも不向きだ。アッシュを入れても5人しか居ないのだから、エレメンタル達に取り囲まれたら、撤退戦に持ちこむことも至難だろう。


「ンなことはアタシだって分かってる。言ってみただけだっつーの」


 歩きながら、またヒラヒラと手を振ったカルビは五月蠅そうに言ってから、肩越しにアッシュを振り返って来た。


「でもよぉ~、アタシ達とつるむ前のアッシュは、ブルーズニーグ森海をソロで攻めてたんだろ? 何なら、安全なルートでも知ってるんじゃねぇのか?」


「どう考えても、森海の中に安全ルートなんてあるわけないでしょう」


 呆れ口調のネージュが鼻を鳴らしたので、アッシュも眉を下げて頷いた。


「“攻める”なんて言えるほど、僕も奥深くまで踏み入ったことはないですよ。森海に入ってすぐのところを、少しうろつくぐらいでしたから」


「……何か、アッシュ君の言い方が『全然大したことないですよ』、みたいな言い方だから感覚が麻痺しそうになるけどさ。十分ヤバいよ、ソレ」


 半目になったローザが口許にだけ疲れたような笑みを浮かべたとき、それを遮るようにして今度はカルビの腹が『ぐぅぅぅ』と盛大に鳴った。


 全員が2秒ほど黙ってから、またエミリアが眉を顰める。


「……カルビさん貴女、本当に緊張感が無いですわね」


「しょうがねぇだろ。昼飯だって、干し肉とパンをちょっと齧っただけだぜ」


「そりゃあ仕方ないよ」とローザが苦笑する。


「ダルムボーグに滞在するための食糧は買ってあるけど、皆が毎食、お腹一杯になるほどの余裕は無いからね? 流石に飲み水は十分に確保してあるけどさ、それだって貴重品なんだから」


 ローザは手袋してある右手をチラリと見て、軽く握ったり開いたりした。このダルムボーグでの滞在中、野宿や食事のために必要なものは、殆どローザのアイテムボックスに収納してある。


 エルン村に向かう道中でもそうだったが、魔導具に詳しいローザは、食品を長期冷蔵保存できるような機能を持つアイテムボックスや、魔導機械術製品の寝具、温水発生器つきの簡易シャワー、調理器具、テントなどを用意してくれている。


 一応、こういった品々は無くとも冒険は出来るし、ダンジョン内で野宿だって出来るし、数日間の滞在はできる。


 身体や衣服の清潔さを保つためには、魔法『浄化の霊炎』で十分に事足りるし、現地で調達した食材に火を通して調理したりするのも、属性魔法を使えば可能だ。治癒系統の魔法には傷を癒すだけでなく、肉体の活性、脳の休息回復を司るものもあるので、やろうと思えば無睡眠での冒険活動も維持できる。


 だが、とにかく過酷だ。


 冒険中の衛生や健康をアイテム無しで維持するには、こういった魔法が必須となるのは間違いないし、それらが人間の扱うものである以上、使用者の魔力を消費する。


 その魔力を回復するには、そのための回復薬が必要になる。そして魔力回復薬も、決して安いものではない。冒険に必需品でありながらも、それなりに高価だ。

 

 結局のところ、何度も使える魔導具、魔導機械器具の類が必要とされるのは、戦闘以外での魔術士や魔術師、治癒士の負担を、そして、冒険者全体の経済的な負担を軽減できるからでる。


 こういった魔導具、魔導機器類を過不足なく揃え、十分に使いこなしているローザ達のパーティは、実際にお金にルーズなところが無い。


「一応の贅沢品は、今日の晩御飯だけ。お酒とか、そういう余計な嗜好品は持ってきてないから、そのつもりでね」


 確認するように言うローザから指を向けられ、カルビは「分かってるよ」と応えつつも、しょぼくれた顔をした。だが、すぐに何かを思い出すように「あ」と声を上げたカルビが、目を輝かせて、またアッシュを振り返って来た。


「そういや、晩飯の弁当はアッシュが作ってくれたんだろ?」


 期待を含んだカルビの声音は、既に弾み始めていた。


「えぇ。前にリクエストを頂いていたので、焼き肉弁当にしています」


 アッシュが頷いてみせると、「マジかよ最高だな」とカルビは嬉しそうに目を細めて、陶然とした表情になったエミリアが「じゅるるっ」と涎を啜るような音を鳴らした。


 「わたくしも正直、今日の晩御飯が楽しみで仕方がありませんでしたのよねぇ……!」


 「だよなぁ! じゃ、ネクロマンサーより先に、ゆっくり晩飯を食える場所を探そうぜ?」

 

 「えぇ、それもそうですわね!」

 

 暢気なことを言いだすカルビとエミリアがきょろきょろとし始めて、「私達はピクニックに来てるワケじゃないのよ?」と、低い声を出したネージュが更に眉間を絞った。


「そんなに緊張感マシマシで捜索がしてぇんなら、ネージュだけ晩飯抜きでやれよ。お前の分のアッシュお手製弁当も、アタシとエミリアが美味しく食べといてやるからよ」


 鼻を鳴らしたカルビが、また腹を鳴らしながら言い返す。


「えっ!? ネージュさんの分も頂いていいんですの!?」


 子供のような無邪気な口振りのエミリアが、物凄い笑顔になってネージュを振り返った。


「良いわけないでしょう」


 ネージュは片方の眼を物騒に窄めて、魔力交じりの殺気と冷気を漲らせた。その魔力の放散によって、廃墟を吹き渡ってきた乾いた風にまで粉雪が混ざりはじめる。


「アッシュ君が私の為に、愛情を籠めて作ってくれたお弁当よ」めちゃくちゃ力の籠った断定口調のネージュは、低い声で言いながらゆっくりと首を傾けた。「もしも勝手に食べたりしたら……、本当に殺すわよ?」


「はいはい。そこ、喧嘩しない」言い合いになりそうなところで、苦笑気味のローザがすぐに割って入る。「取り敢えず、そろそろ今日の野宿場所は決めよっか。日も落ちて来てるしさ」


 腰に手を当てたローザは、眩しそうに夕日を一瞥してから周りを見渡し、アッシュにウィンクをしてみせる。


「この冒険で利益が出なかった場合は、帰りに違うダンジョンとか、他の狩場にも寄ってみようかと思ってるけど。そのあたりの話は、ちゃんとアッシュ君としたいしさ」


「……はい。アードベルに戻るまでは、ローザさん達と同行させて貰うのが今回の依頼ですから。僕も御一緒させて頂きます」


 せめて微笑みを返して、アッシュもローザに頷く。この同行依頼を最後にするつもりであることは、まだ打ち明けられずにいる。だからこそ、彼女達と共に冒険するこの時間を、今まで以上に大切にしたかった。



 それからアッシュ達は、日が落ちきってしまう前に、街路の脇にテントを設置することにした。


 魔導機械術製品であるテントは、黒くて無骨な箱のような形状だった。丈夫な特殊合金の柱、それに耐刃、耐衝、耐毒などの防御魔法紋を施した金属繊維が使われており、見ようによっては超小型の砦のようでもある。


 ただ、その見た目よりも組み立ても簡単で中も広く、風通しも良くて快適だ。このテントが今日のアッシュ達の寝床になる。見張りを立てて廃墟内にテントを張る案もあったが、夜行性の魔物に接近された場合、反応が遅れる危険があるため、それは避けた。


 代わりに、温水発生器付きのシャワーを使うのは、テントの直ぐ後ろにある廃墟内で使おうということになった。これなら周りに冒険者が居ても覗かれにくいし、着替えもしやすい。


 仮にシャワーを浴びている最中に魔物やレイダーに襲撃されても、見張りを立てておけば、すぐには廃墟内にも踏み込まれることも防ぐことができる。


 アッシュ達が食事を終えてから、今日は誰がシャワーを浴びるかという話になり、コイントスをしたところ、ローザとカルビ、エミリアに決まった。アッシュとネージュは廃屋の外での見張り役だ。


「仮にレイダーだろうが魔物だろうが、アタシ達のシャワー中に襲ってきたところで特に問題はねぇんだけどな。装甲服も鎧も、ついでに戦斧もアイテムボックスに仕舞ってあるんだ。ぬかりは無ぇ」


「……まぁ、裸から一瞬で装備を着込めるのはいいけど、髪とか身体も拭けないから、濡れ鼠みたいになっちゃうけどね」


 カルビが陽気な声を出して、そのあとにローザが一応のように指摘しているのが聞こえてくる。続いて、「ムゥゥォオッホッホッホッホ!!」というエミリアの御嬢様笑いが高らかに響いてきた


「びしょ濡れになっていようとも、この私のスペシャル・フォーエヴァァァァンンヌな、淑女的戦闘力は一切衰えません故ェエ! この私を不意を突こうなどとしても、それは無駄というものですわ!」


 彼女達の声は、照明が持ち込まれている廃屋内から漏れており、肌着を脱ぐような気配のあとに、シャワーの水音が聞こえてきた。


「まぁエミリアの言う通り、濡れ鼠になるだけだ。だからアッシュも、あんまり真面目に見張らなくてもいいからな~。何なら、ちょっと覗きに来てもいいぜ~」


 廃屋内に居るカルビは面白がるように言いながらも、その声音には悪戯っぽい艶もあり、本気でアッシュを誘うような響きもあった。廃屋内に居る今のカルビやローザ、エミリアが既に裸であることを思うと、アッシュとしては扱いに困る冗談だった。


「い、いえ、そういうワケにも……」


「そんな連れねぇこと言うなよアッシュ~。今なんて丁度、ローザがおっぱいを洗ってるところだぜ?」


「ちょっとぉっ! そんなこと実況しないでよ!」


 いつもよりも高いローザの声が響いてくる。間髪を入れずに、「カルビさん!」とエミリアが切迫した声を発していた。


「ローザさんだけじゃなくて、わたくしも! わたくしの美しさと艶めかしさ、そして豊満かつゴージャスな私の肉体美も、声高に実況してくださりませんこと!? アッシュさんにも届くように!」


「あなたたち……」ドスの効きまくったおっかない声が続く。廃屋の入り口前には、アッシュと同じく見張り役のネージュも居る。「馬鹿なことを言っていないで、さっさとシャワーを浴びなさい」


 そのネージュが腕を組み、廃屋の中に苛立った声を投げ込んだのだ。


 焚火に照らされた彼女の顔は、恐ろしいほどの真顔だった。「分かってるっつーんだよ」というカルビの低い声も、シャワー音と共に廃屋の中から飛んでくる。


「先程も周りを見てきましたが、魔物の姿はありませんでしたから、ゆっくりと身体を温めて下さい」


 アッシュも廃墟の中に声を送ってから、夜空を見上げてみた。


 晴れた黒い空には星々が瞬き、痩せた月が笑みの形をして浮かんでいる。廃屋の壁や天井に空いた穴からは、照明と共に湯気が微かに漏れていた。淡い光に照らされて白くけぶった水蒸気の靄が、夜気に霞みながら昇っていくのが見える。


 夜風も殆ど無く、廃都ダルムボーグの夜は静かなものだ。だが完全な静寂ではなく、時折、太い笑い声が遠くから聞こえて来たりもしている。ローザ達と同じように野宿をしている他の冒険者達の中には、酒盛りでもしている者達もいるようだ。


 魔物の姿がほとんど見つけることが出来なかった昼間の様子から見るに、ダルムボーグに訪れている冒険者の数は、かなり多いのだろう。賞金首のネクロマンサーを狙うとあって、パーティ同士でクランを組んでいる者も多い筈だ。


 この暗がりに沈んだダルムボーグの何処かには、リーナ達が参加しているクランもまた、野宿をしているのだろうか。ぼんやりと思いながら、アッシュが街路の暗がりを眺めた時だった。


「ぎゃああああぁあああ!!?」


 声を裏返しまくったローザの悲鳴が背後から響いてきて、アッシュはぎくりと肩を震わせてしまう。いったい何事か。廃屋の方を振り返る途中で、ネージュとも目が合った。


 ローザが悲鳴を上げた原因に心当たりがあるのか、ネージュは特に焦った様子でもなく、その表情も「騒がしくて、ごめんなさいね」というようなものだった。廃屋内からは、また声が聞こえてくる。


「うぉぉ、すっげぇ重さ……。ローザお前、またデカくなったんじゃねぇのか!?」


 はしゃいでいるカルビの、無邪気な声だった。


「いきなり後ろから揉んでこないでよッ!! びっくりして、ひっくり返りそうになったじゃない!!」


 裏返ったままのローザの声が続く。


「まぁローザなら、ちょっと転んでも大丈夫だろ。尻にも太腿にもボリュームがあるし、ムチムチしつつも引き締まってるからな。ショック吸収のバッチリボディだ」


 悪びれることなく暢気なことを言うカルビに、普段は優しいローザも、「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!??」と声に怒気を含ませた。


「何それ、私が太ってるって言いたいの!?」


「そ、そんな怒るなよ。つーか実際のところ、おっぱいは増量中だろ」


「カルビだって大きいじゃん!」


「いや~……、流石に敵わねぇよ……」


「そんな降参気味に言われるほど大きくないよ!!」


「でも、ローザは先っぽも綺麗だよな。ぷっくりしてて、艶々のピンク色で……」


「でっかい声で言うなぁ!! 外に聞こえるじゃん!!」


「ちょっとツンツンしてもいいか?」


「ひゃあああぁぁ!? やっ、やめろーーっ!!」


 楽しそうなカルビと、ちょっと半泣き気味ローザの声が交互に響いてきて、次にはエミリアの苦情が飛んでくる。


「ちょっとちょっとちょっと! カルビさん! ローザさんも! 2人だけで盛り上がってアッシュさんにアピールするのはズルいですわよ! わたくしも混ぜなさい!」


「お前が一番声がデカいんだよ、エミリア。つーか、お前……。やっぱガタイ良いなオイ。背筋とかケツ筋が凄ぇ」


「誉め言葉が雑ですわよぉッ!! もっと他に褒めるところが一杯ありますわよォォオン!?」


「あぁ? どこだよ? 乳首の長さとかか?」


「長くねぇ……ッ!! でっかい声で適当なことを言わないで頂けますかしら! 張り倒しますよォ!! アッシュさんの誤解を招くでしょう!?」


「良いだろ別に。誤差だよ、誤差」


「良くないですわよ! ……というか、カルビさんも綺麗なカラダしてますわね、クソ……。筋肉質で引き締まってるのに、豊満さもあって……。クソが」


「何で暴言混じりなんだよテメェ」


 好き放題に言い合う声が飛んでくる廃屋を振り返っていたネージュが、「筒抜けなのよね……」呆れたように息を吐き出している。


 一方でアッシュは気まずくて仕方なく、だが、黙っているのは更に気まずくなりそうだったので、殆ど押し出されるようにして苦笑した。


「皆さん、仲が良いですよね」


 アッシュの眼差しを受け止めたネージュが、ちょっと眉を下げた。


「……その皆さんの中に、私も含まれてそうな言い方だけど……」と、彼女は一瞬だけ酸っぱそうな顔をしてから、「でも、……えぇ、そうね」と頷いてくれた。


「ローザとエミリア、それにカルビは、私がパーティを組むよりも先に組んでいたから。それなりに付き合いも長いんじゃないかしら」


 まぁ、それでも、何年も一緒にやっている、という程ではないでしょうけれど……。そう付け足したネージュが、また廃屋の方を振り返った。当時を懐かしんでいるというふうな穏やかな口振りの彼女だったが、細められた彼女の目は、何処か苦しげだった。


 彼女の眼差しはローザ達との出会いを思い返しているのではなく、当時の、ネージュ自身を見つめ返しているようだった。何となく、今はそのネージュの記憶の中に踏み込むべきではないような気がした。


 “教団”という言葉が頭が過ったところで、アッシュは話題を少し変える。


「あの、ネージュさん達は、カルビさんと一緒に住んでいるんですか?」


「えっ」


 アッシュに尋ねられたネージュは、見詰めていた過去から急に現実に引き戻されたように、はっとしたような顔になっていた。それから何度か瞬きをしてから、「え、えぇ」と緩く顎を引いてみせた。


「……そういえば、前にもカルビが馬鹿なことをいっていたものね。寝ているときの私がどうとか……」


 忌々しそうに眉を寄せたネージュは目を細め、カルビ達のいる廃屋の方を一瞥してから、アッシュに向き直った。


「アッシュ君、あれは、カルビが適当なことを言っているだけだから本気にしないでね」


 焚火に照らされている彼女の顔が、これでもかというほどに大真面目なものになる。


「普段からカルビが言っていることの、だいたい8割ぐらいは意味不明でいい加減だから。あの馬鹿の話は、真剣に聴かなくても大丈夫よ」


「おい筒抜けだぞネージュ! 聞こえてんぞ!!」と廃屋の方がうるさくなったが、ネージュは涼しい顔でそれを無視し、話を戻した。


「これも前に少し話していたかもしれないけれど、私とカルビは、ローザの家に部屋を借りているのよ」


「あぁ確かに、エルン村に向かう途中で、そんなふうにお話されていましたね」


 アッシュは応えながら、あのマーグナスという傲慢な商人らしき男の積み荷を、ローザが何割か弁償したという話を思い出す。


「今まで皆さんの遣り取りの中でも、何となく、ローザさんがお金持ちというか、そういった雰囲気を感じたことはありましたけど……。やっぱりローザさんの御家って、大きいんですか?」


 アッシュが尋ねると、ネージュは少し声を潜めた。


「かなりの大豪邸よ。8号区にあるんだけどね。見たら、きっと驚くと思うわ」


「えっ、8号区にですか? そ、それは確かに凄そうですね……」


 アードベルの8号区と言えば、裕福な大商人や、地位のある役人や弁護士、それに上位の魔導機械術士などが住まう区域である。


 低級冒険者のアッシュには無縁な区域であり、ほとんど足を踏み入れたことのない区画だが、優れた上下水設備だけでなく多数の魔導人造兵が配置されており、アードベルでも最も治安の良い区画というのは有名だ。


 そんなところに邸宅を構えることが出来るなんて、上級冒険者の中でも一握り、その中の更に一握りだけだろう。アッシュはまだローザの家を見ていないが、その事実だけで圧倒されてしまう。


 ただ、圧倒されると同時に、どういった経緯でローザが大豪邸に住むようになったのかということも気になった。勿論、上級冒険者であるローザが、自分の活躍に相応しい住居として、8号区に豪邸を持つことを選んだとしても不思議ではない。


 だが、普段のローザは贅沢に慣れているという様子でもなく、むしろ、かなりの倹約家という印象を受ける。今回のダルムボーグ探索でも、ローザは所持品を厳選している様子であったし、余計な嗜好品も持って来ていないと明言していた。


 そんなふうに贅沢や無駄遣いを丁寧に避けているローザの姿と、“大豪邸”という言葉が、アッシュの中では上手く繋がらない。アッシュが覚えたその違和感を、ネージュも察したようだった。


「……ローザがどういった経緯で、今の生活を送っているのかは私も知らないわ。でも、自分の住む場所という意味合い以上に、自分の邸宅を守ろうとしているみたい」


 そう教えてくれたネージュは言葉を切って、また廃屋の方を振り返った。


「“この家を8号区で維持しようと思ったら、冒険者になってでも稼がないと”って、ローザ自身が言っていたから」


「それが、ローザさんが冒険者をしている理由なんですね……」


 相槌を打つ代わりに、アッシュは無意識のうちに俯き、呟いていた。「えぇ」と頷いてくれたネージュは、自分が語れるのは此処までというふうに、また視線だけで廃屋を振り返る気配があった。


 冒険者という危険な職業を選ぶ理由は、人によって様々だ。抱えているものや、背負っているものも、どんな過去を生きてきたのかも其々に違う。そして、それを他者にどこまで明かすのかも――。


 そういったことに対する理解に富んだ様子のネージュは恐らく、冒険者となる前のローザがどのように生きてきたのかを、ローザ自身には尋ねようとはしなかったのだろう。そして、他者に踏み込むことに慎み深いその態度自体が、ネージュ自身の抱えているものの重さを物語っているのではないか。


 彼女達に同行しているアッシュも、同行している“冒険者”という立場でしか彼女達との接点を持っていないことを鑑みれば、この話題にも、これ以上に踏み込むべきではないと思った。ローザから掛けて貰った“仲間”という言葉にも、適切な距離というものがある。


「まぁ、ネクロマンサーの賞金が手に入れば、ローザも楽が出来るのでしょうけれど」


 アッシュに視線を戻したネージュが、少しだけ明るい声を出した。彼女もまた、話の行方を変えようとしたのだろう。アッシュも頷く。


「懸けられている賞金の額は、相当なものみたいですね。特に、生きて捕らえた場合は、賞金も3倍だとか」


「えぇ。生け捕りした場合は6億だったはずよ」


 ネージュが思い出すように答えてくれた。つまり、死なせてしまっても2億だ。


「ただの噂だけで、多くの冒険者を動かすだけの額ではあるわよね」


「えぇ。そう言えば、以前はリーナさん達もこのネクロマンサーを狙って、キュアニス鉱山に潜っていたそうです」


 アッシュが言うと、ネージュが少し驚いた顔をした。


「へぇ……。前に会ったときには慎重そうな印象を受けたけど、なかなかのチャレンジャーなのね。リーナって。それじゃあ、今も私達と同じように、このダルムボーグの何処かで、野宿をしている可能性もあるのね」


 ネージュが口許の笑みを少しだけ深めて、宵闇に沈み込んだダルムボーグを眺めた時だった。「ひゃあああああん!?」またアッシュ達の背後にある廃屋から、声を裏返したローザの悲鳴が聞こえてくる。


「仲が良いわね……」


 いつまでやっているのか、という顔になったネージュが廃屋の方をチラリと振り返ってから、軽く溜息を吐いた。「仲が悪いよりはいいですよ」と、アッシュも苦笑で付き合う。


「……まぁ、確かに」眉を下げたネージュは、また溜息を吐き出そうとして、やめたようだった。「もしもネクロマンサーと遭遇して仲間割れなんてしていたら、全滅は免れないでしょうし」


 小さく笑みを浮かべたネージュが、不意に声を硬くした。


「ねぇ、アッシュ君は……」


 正確には、声音が緩みそうになったのを、慌てて引き締め直したような、そんな気配がった。言葉を詰まらせた様子の彼女の呼吸も微かに震え、何かを飛び越えようとするような緊張が感じられる。


「は、はい? 何でしょう?」


「えぇと、その……」


 少しの沈黙があってから、ネージュがアッシュから顔を背けた。むにむにと唇を噛んで、両手の指を擦り合わせて、身体を横に向けた。それから呼吸を整えるような、言葉を探すような間を置いた彼女は、慎重な親しみと、誠実な他人らしさの籠った笑みでアッシュを見た。


「もしも今回の冒険でネクロマンサーを捕らえても、やっぱり……、貢献度加算を辞退するつもりなの?」


 その問いかけ自体は、いずれ彼女達から尋ねられるだろうとは予想していたものだった。だからアッシュも、動揺することも怯むこともなかった。だが、一瞬だけ息を詰まらせてしまう。


 奇妙なことだが、今のネージュの浮かべている微笑みが、やけに幼く見えたからだ。


 テントに設置してある照明は、今のアッシュとネージュを照らしている。その明かりの、当たり方や角度の所為なのかもしれないが、明らかに彼女の雰囲気が違っていた。


 今のネージュの微かな笑みは、普段の大人びたものではなく、まるで小さな女の子が不安を隠し、無理をして笑顔を作っているような、そんな表情に見えたのだ。養護院で見覚えのある雰囲気の表情だった。


 あれは確か――、小さな女の子がしていた表情だ。自分の慕っていた年上の男の子が、養護院から出ていくのを見送るときに浮かべていた表情だ。「お兄ちゃん、行かないで」と心細い思いを抱えながらも、笑顔で見送るしかなった女の子の――。


 この場とは全く関係がない記憶が蘇り、アッシュはネージュへの反応が遅れそうになる。慌てて「え、えぇ」と頷いた。


「そのつもりです。もしもネクロマンサーを捕らえることが出来たとしても、その貢献度を加算されることには、僕は辞退しようと思っています」


「そ、そう……」


 アッシュの答えを聞いたネージュが俯き、何度も唇を噛んでいた。喉元まで出掛かった「それは何故?」という問いかけを、飲み込むか、口にすべきかを迷っている風だった。

 

 ネージュが逡巡している間に、敢えてアッシュは話を前に進めていく。自分ことを話さねばならないことになるのを避けたかったからだ。


「賞金首のネクロマンサーということですから、加算される貢献度も、きっと凄いんでしょうね」


 この沈黙が重くなってしまわないように、アッシュは少しだけ笑みを返す。


「カルビさんも言っていましたが、本当にネクロマンサーを捕まえることができたなら、ネージュさん達は上級冒険者に戻れるどころか、1等級になれるかもしれません」


 アッシュは特に他意も無く、この貢献度の話題を前に進めた。ネージュがそこで、ぎゅっと唇を噛んだままアッシュの方を横目で見詰めてきた。


「確かに、そうだけれど……」


 彼女の方が身長も高いのに、肩を窄めて背中を少し丸めるような姿勢のせいで、横向きの上目遣いのようになる。その仕種も何だか、やけに幼く見える。ネージュと話をしているのに、まるで別人と話をしているような錯覚を覚えるほどだった。


 この貢献度の話題を扱う中で、ネージュの中になる何らかのスイッチが入ったのか。


「もしも私達が、順調に上級冒険者になっても、……アッシュ君は5等級で居続けるつもりなのでしょう? 勿論、そのことについて、何かを言うつもりは無いのだけれど……、その……」


 らしくもなく言葉をぶつ切りにしたネージュは、横向きの上目遣いみたいな目つきで、チラチラとアッシュの方を窺ってくる。


「そうなるともう、アッシュ君が、私達の同行依頼を受けてくれないような、そんな勝手な不安を感じてしまって……」


 アッシュの顔色を窺うような横向きの上目遣いになったネージュに、どう答えるべきなのか分からなかった。


 というのも、トロールダンプから地上に上がって来たときと、同行している冒険の最中である今とは違う。


 あの時は、既に同行していた冒険が終わりつつあったし、危険なダンジョンから利益を持ち帰ってきたタイミングだったのだ。


 まだダルムボーグに滞在しているというこの場でアッシュが、『もう同行依頼は受けるつもりはない』とネージュに告げるのは、不意打ちに似た、何かひどく無責任なことに思えた。


 だが、この場で嘘はつきたくなかった。


「……等級がどうであれ僕には、冒険者を続けるしか生きる道がありません。皆さんが僕に同行を依頼してくれることには、とても光栄に思っています」


 これからのアッシュの選択を明言することを避けつつ、真実だけを口にした。自分の本心の半分を隠しながら、残りの半分を信じて貰いたかった。


 このアッシュの言葉を恐らくは、これからも同行依頼は受けるのだと解釈したのか。


「よかったぁ」


 ネージュが表情を綻ばせた。ふわっと無邪気さが舞うような、なんとも少女然とした笑みだった。


 今までにアッシュが対面したことがない彼女の、その内部の顕れなのだろうが、やはり驚いてしまった。アッシュは不用意な程にネージュをまじまじと見詰めてしまう。


 そのアッシュの遠慮の無い視線に、自分が浮かべている表情に気付いたのか。


 ハッとした顔になったネージュはすぐにアッシュから目を逸らし、慌てて表情を引き締めながら、何度も咳払いした。そうして自分の表情と声音を調整するような間を置いてから、まるで何事も無かったかのように「それじゃあ……」と話を続けた。


「こ、これからもよろしくね。アッシュ君」


 ネージュの声音と表情は、夜の空気に冷然と澄んで、いつも通りに戻っている。凍てつくような美貌に微笑を湛える彼女の雰囲気も、もう普段のものだった。


 だが、今はそれらの要素が、何だか微笑ましいというか、可愛らしいものに見えた。初めて見るネージュの少女然とした仕種や雰囲気ではあったが、似合っていたというか、自然体であるように感じたのだ。

 

 アッシュは、ネージュのことを殆ど知らない。彼女の過去や、彼女の持つ価値観や理念もだ。


 ただ、彼女と共通しているものが、間違いなくアッシュにはある。――“教団”に関わる過去という点についてだ。


 だが、彼女の過去をこの場で掘り返したくはなかった。アッシュとしても、何を訊かれても応じるつもりもなかった。何もかもを有耶無耶にして、この優しい時間を通り過ぎたかった。


 恐らくそれは、ネージュも同じではないかと思った。


 なぜなら彼女も、“教団”のことを話し出す気配が全く無かったからだ。過去の傷を披露するタイミングではないと判断したから、彼女は“アッシュのこれから”を話題にしたのだろう。


 自分の未来の姿を考えることは、つらい。

 自分が何者なのかも分からないままでは、猶更だった。


 だが少なくとも、アッシュのことを求めてくれたネージュ達の存在は救いだった。たとえアッシュの未来において、もう彼女達と交わることがなくとも。


 自分は誰かに必要とされたのだという事実は、大切に胸に仕舞っておくことができる。その記憶を温め直すことができる。


『これからもよろしく』というネージュの声と言葉の濁りの無さに、感謝を伝える思いで、アッシュも軽く頭を下げた。


「えぇ、よろしくお願いします」


 ただ、少しだけアッシュも気持ちを籠め過ぎてしまったようで、しんみりとした妙な具合の空気になってしまう。ネージュも何か言いたそうに唇をむにむにと動かしたところで、また背後の廃屋内から「んほぉぉおお!!?」というエミリアの悲鳴(?)が飛んできた。


「……本当に仲が良いわね。あの3人」


 眉を寄せたネージュが呆れながら振り返り、顔を苦く歪めた。その遠慮の無い物言いこそが、ネージュ自身がローザ達と親密であることを告げていた。その様子が微笑ましくも何だか可笑しくて、アッシュも小さく笑ってしまった。




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