第2話 冷たい宣告

 やばいやばいやばいやばい。頭から全身に巡っている電気信号が『ヤバイ』しか送れなくなったような錯乱。思考が散乱する。朝1番にアパート1階にあるポストを確認すると、そこ入っていた書類の中にあったとある封筒。その中身に書かれていた残酷な文字列。それが僕の全てを掌握した。


 『規定能力以下の為、生存可能期間を短縮するものとする---』


 人伝に、情報として、他人事としてしか知らなかった死を突き付けられる感触。背筋に冷たいものを感じる。血の気が引き、生きていると感じる感覚が乖離していく。目の前がぐにゃりと歪むような錯覚と、加速する心拍から自身が揺れているような感覚が生じる。そういった全ての感覚が自分の精神が現実と向き合おうとするのを阻害する。


 『全国民の才能、能力の保護及び維持に関する法律』


 ある年から僕の住む日本にできたこの法律。日々人間は不味い味、聴くに耐えない音楽、そういった程度の低いものを悪として、無価値であるとして来た。その批評の矛先が同胞にも向いたのだ。

 詰まる所『人間としてある一定の存在価値』を一定期間内に示せない不良品は排除してしまおうというルールができてしまった。存在価値は学力、身体能力、感性等多岐に渡るが、その何れか1つでも基準を満たせれば存在が認められる。現代の教育機関ではそれぞれの才能の適正をテストや実技から数値化し続け、その適正に合った教育を受けられるように人間を選別していく。その後義務教育期間である20歳までを終えた後に最も適正の高かった職を国から与えられるのだ。単純作業等ロボットによる効率化が進んだ現代では人は数ではなく質をより求められるようになった。今や販売所などは無人、運転もオート、工場や農業等の生産部もそれを動かす機械のメンテンナンスやプログラム管理を行う人間がいるのみである。

 そんな世の中では不良品と見なされた人間は容赦なく切り捨てられる。20歳から3年に一度、それぞれの職業の中で出した実績からその人間の能力や貢献度を数値化しそれをABCDの4段階で評価する。規定能力値、つまり生存が許される評価はBから。Cは生存期間短縮を命じられ、次の3年後にB以上の評価になれなければ処分。Dは問答無用で処分対象になる。

 処分を言い渡された人間は1〜2年間の観察期間で評価に誤りがないか精査される。芸術等、大衆評価も重要な能力もあり、評価されるまでに時間がかかる場合もあるからだ。そしてその期間が過ぎても評価が覆らなければ健康的な臓器などを全て取られて死を迎える。取った臓器は他の才能ある人間を延命させるために利用される。倫理的にも人道的にもあり得ないと昔は非難されたこともあるようだが、増え過ぎた人口により環境的にも物資においても限界を迎えたこの世界においては仕方がないと判断されてしまった。

 そんな世の中での僕『天野ヨシキ』の職業はミュージシャン。使える楽器はギターのみで作曲は多少できる。教育期間中に作った曲でバズったこともありB評価でのスタートだったが、3年間で中々結果が出ずC評価。突出した結果は出なかったが動画サイトで1〜2万再生された曲も数曲あり大丈夫だと自分に言い聞かせてきたが……結局このザマか。

 どうしよう。3年で売れる曲……えっどうしよう。死ぬのか僕は。どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……死にたくないまだ死にたくないどうしよう無理無理無理無理。いや?まだ結果が間違っている可能性もあるか。そうだ!時間が経てば誤信だったと連絡が来るばずだ。きっとそうだ。とりあえず寝てから考えよう。それがいい……そうしよう。

 吐き気を感じる程の最悪な気分を無理やり胸の奥に押し込んで、イヤホンを着け音量を最大にして曲を流す。そしてそのまま目を瞑った。ぐるぐると回るマイナスな思考から逃避して、なんとか楽観的なことを考えようとしてみる。曲の内容なんて殆ど入ってこないが、それでも布団を深く被って目を瞑り続ける。

 爆音が耳を突き抜けて、少しずつ曲のリズムやキメの事だけが頭と身体を支配していった。ワンツースリーフォー、ジャッジャッジャジャ!聴き慣れた曲の好きなフレーズに自然と身体がノッてくる。少しずつ曲に没頭して、思考が手を離れに音楽に飲まれていく。そうしている内に意識はプツリと切れていた。

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ロックとキミとの3年間 夜兎丸 @karakurikarakuriz0896

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