第91話 メリーさん
二人が辿り着いたキッチンには、空中に浮かぶ無数の包丁とそれに守られるような位置に浮かぶ西洋人形が居た。
その人形からはリーブでも感じ取れるほどの邪気が発せられていた。
「やばそうだね。怖いとかの感情よりもやばいって感情の方が勝ってるよ」
「確かにあの人形が放っている邪気はかなりのものだと思う……けど何処か悲しそうな気もするんだよね」
「メリーさんは忘れられた人形ってのがモチーフだからじゃない?」
「そっか、だからこの人形はこの家で地縛霊みたいになっちゃったんだ……なんとかして助けてあげたいけど……」
人形は二人の会話を待ってはくれなかった。
回りに浮遊している包丁たちを二人の顔目掛けて飛ばした。その速度は先程までの攻撃よりも速く、不意打ちだったこともあり、リーブは避けるのが精一杯であった。しかし避けるのが遅れたせいで包丁の刃が頬を掠り、血が垂れてきた。
「掠っちゃった……っ!?」
リーブは急に身体の力が抜けたかのように地面に伏した。いくら身体に力を入れようとしても自力で立つことは叶わず、サキに肩を貸してもらって立つのがやっとだった。
「どんな状態異常になってる?」
「えっーと、衰弱と病弱だね。衰弱は身体の力が入らなくなるで、病弱はほかの状態異常に掛かりやすくなるって効果みたい。サキが居なかったら、一度でも攻撃を喰らったら敗戦確定みたいな状態異常の組み合わせだよ」
「【キュア】これで状態異常は大丈夫だと思う。メリーさんが状態異常と邪気を纏っているのなら、これで守れると思う。【聖域】」
サキは自分を中心とした聖なる結界を張った。
【聖域】は彼女の種族スキルであり、天使が持つ聖なる力で張られた結界は悪しき者では突破することは出来ない。この結界を突破するには悪しき心を持たずに攻撃をするか、天使の力を上回る力で攻撃するかの二択しかない。
目の前にいる西洋人形のメリーさんの実力では聖域を突破することは不可能だろう。だからこそ二人は落ち着いて西洋人形をどうするかについて考えられた。
「どうする?倒すのは簡単だと思うけど、それだとこのクエストの本質はクリア出来てないと思うの」
「そうだよね。でも私に出来ることは無いから、サキがどうするか決めな。テイムするのか、成仏させるのか、そのまま倒すのか、どれを選んでもサキのことを責める人は居ないよ」
その言葉はサキを悩ませる原因となったが、リーブはそんなこと知るはずもなく笑みを浮かべていた。
「……私はこの子を救ってあげたい。それが偽善だったとしても」
「サキならそう言うと思っていたよ。で、どうするか考えてある?」
「今からに決まってるじゃん!」
「だよね。そんな気はしていたよ。取り敢えずは無力化しないと始まらないよね。聖域で守られているとは言え、魔力には限界があるからずっとこのままとは行かないわけだし」
サキは装備によって白魔法系統の消費魔力を極限まで減らしているが、それでも聖域によって消費される魔力は膨大だ。長い間使い続けることは当然のことだが難しい。
聖域からの神聖魔法でメリーさんを倒すことは容易だが、彼女はそんな選択は選ばない。彼女は救えるものは全て救いたいという聖女に相応しい信条の持ち主なのだから。
「私が出来るだけ包丁を叩き落として戦闘継続能力を失わせるから、リーブは対処を考えておいて」
「丸投げするんだ……まあ分かってたけど、厳しいかもな」
「お願いね!」
サキは聖域から飛び出した。聖域の守りから外れたサキを狙い包丁が四方八方から飛んで来た。そんな攻撃を長年の剣道で培われてきた戦闘センスと勘で叩き落としていた。その際に聖なる力を込めることでメリーさんの支配を解いている。一部の包丁は完全な死角から来ていたはずだが、軽々と叩き落としていた。
やがて全ての包丁が叩き落とされた。攻撃能力を失ったメリーさんは物理攻撃に頼るのを止めて、彼女自身が持つスキルでの攻撃に移った。
『私メリーさん……今、貴女の後ろに居るの』
「ッ!?」
サキが慌てて振り返るとそこには小さな体で包丁を振り被っているメリーさんの姿があった。
彼女の頭の中では、この攻撃をどうするべきかという考えが巡っていた。この場で攻撃を避ければ、このまま戦闘が続行して現状維持になる。しかしここで攻撃を受け止めてメリーさんの動きを止めることが出来れば、話すことが出来るかもしれない。ただ今使った転移のような技を使われたら無駄になってしまう。転移の条件が分からないためサキは悩んでいた。
「女は度胸!!」
メリーさんの包丁はサキの手のひらに突き刺さった。メリーさんは攻撃が当たると思っていなかったのか、動揺して自分の体を捕らえようとするサキの左手に気付かなかった。
サキの左手はメリーさんの体を掴み離さなかった。メリーさんは手から逃れようと手のひらから引き抜いた包丁を使ってサキの手を傷付けた。
「くっ……でも逃げないってことはさっきの転移は条件付きってことだよね。捕まえたからには逃さないよ」
サキとメリーさんの我慢比べが始まった。
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