第90話 ポルターガイスト

 街に戻ってきた二人はとある屋敷に足を運んでいた。


「アヤシメンが言っていたのはここの事かな?」


「アヤシ・メンね。その名前だとただの怪しい男になるから……って怪しい男には間違いなかったか」


 アヤシ・メンとはクランハウスを探していた二人の元に現れた怪しい男であり、彼はとある依頼をクリアしてくれたら所有しているハウスの一つを譲ると言っていた。

 そして彼の依頼をクリアするために二人が訪れた場所は、アヤシ・メンが所有する建物の一つであるとある屋敷だ。

 

「彼の言っていた通りだね」


「うーん、だいぶ嫌な空気が篭ってるような気がするなぁ」


「あれ?サキって霊感持ちだった?」


「いや雰囲気で言ってみただけだよ」


「ビックリしたからやめてよね!」


 霊的なことが苦手なリーブはほっとしていたが、彼女は依頼内容を忘れていた。


「ねぇ、リーブ、依頼内容忘れてないよね?」


「それは……っ!」


「そうだよ。この幽霊屋敷の解体、もしくはお祓い。解体したら別のハウスを貰えるし、もし祓えればこの屋敷を貰えるって話だったでしょ」


 アヤシ・メンが二人に依頼したのは、この屋敷に流れる淀んだ空気の元凶である幽霊の討伐、もしくは建物ごと破壊することだ。

 彼は自分の部下に建物を解体を命令していたのだが、幽霊の霊力に対抗出来るほどの実力者は居なかった。そのためこの土地は彼にとって邪魔でしかなかった。

 そんな彼の前を通ったサキたちはクランハウスについて話していた。彼にとっては渡りに船であった。そのまま彼は若い頃の不動産営業で磨いた詐欺師の如き話術で、サキたちに依頼を受けさせた。

 そんな屋敷は嫌な雰囲気が漂っていた。


「じゃあ門を開けるよ」


「ちょっ、ちょっと待って!覚悟を決めるから」


 そう言ってリーブは両頬を叩いて、覚悟を決めた。

 門が嫌な音を立てながら開かれると、屋敷の方から嫌な冷気のような物が溢れ出ているように感じられた。


「嫌な空気が流れてる……」


「……」


「進むよ」


 いかにもな空気にリーブは何も言えず、ただサキの着物の袖を掴んでいるだけだった。


       ◇◇◇◇◇


 廃墟になってからかなり時間が経っているはずだが、屋敷内部はかなり綺麗な状態であり、家具には少したりとも埃が被っていなかった。

 廃墟なのに綺麗なままであることが、幽霊が住み着いている確固たる証拠だろう。


「幽霊さん出ておいで〜」


「わざわざ呼ばないでよ!居ないのが1番いいんだから!!」


「まあね……でも居ないとつまらないじゃん!」


 こんな状況でも戦闘狂バトルジャンキーの血が騒いで仕方ないサキは幽霊が出てきて欲しかった。

 サキの期待に応えるかのごとくポルターガイスト現象が起き始めた。小手調べなのか、最初に飛んできた物は殺傷能力が低い、軽めの家具たちだ。


「勿体ないからあまり壊したくないな」


 そう言いながらサキは避けられないような軌道で家具が飛んで来たら躊躇いなく斬り裂いていた。そんなサキに対してリーブは家具を傷付けないように蛇腹刀を巻き付けるようにして、勢いを消していた。


「言ってることと、やってる事が矛盾してるよ。私みたいに丁寧にやらなきゃ」


「そんな器用なことリーブしか出来ないと思うよ」


 二人は話しながらも家具を捌き続けていた。サキは斬り裂き、リーブは勢いを消して、遂に全ての家具を捌き終えた。ゲームの仕様なのか、幽霊が良心的なのか、一度勢いが消された家具が再度動くことは無かった。


「ふぅ、これで終わりかな?」


「……いやまだみたい」


 今度のポルターガイストは家具みたいな小手調べではなく、殺意を持って二人を襲った。キッチンから飛んできたと思われる包丁たちが刃先を二人に向けて空中に留まっていた。その姿はまるで相手の動きを見極めようとする剣豪のようだ。


「今度はあまり余裕がなさそう」


「まあ所詮は包丁だから急所にさえ受けなければ大丈夫じゃない?」


「……いや、あの包丁からは嫌な気配がするから受けない方がいいと思う」


 サキは聖女という職業柄、嫌な気配には敏感であった。そんな彼女が包丁から感じ取った嫌な気配とは、幽霊が発する特有の思念であり、その思念は人間に害する力を持っている。


「ふっ!」


 サキは家具とは一線を画す速度で飛んできた包丁を刀で受け流した。しかし家具とは違い何度弾いても動き続けていた。


「こういう時は本体を討てば終わるよね」


「でもどこにいるか分からないから難しいと思うよ」


「大丈夫!何度か弾いているうちにエネルギーの出処が何処か分かったから」


「私も弾いてるけどそんなの分からなかったけどな……」


 サキは聖女の力で探知した訳では無い。ただ単に第六感とも言える野生の勘によるものだ。


「私に着いてきて!」


 サキは走りながら包丁を何度も弾いて屋敷の奥へと進んだ。全力疾走しながら刀を正確に振り下ろして包丁を弾くサキをリーブは人外を見るような目で見ていた。


「流石春風流道場の七代目師範」


「これくらいのことなら、うちの小学生の門下生でも出来ると思うけどね」


「……そんな道場があるなら1回見てみたいわ」


「えっ?リーブって道場に来たこと無かったっけ?」


「いやあるけど……サキの道着姿しか見てなかったから……」


 頬を赤く染めて恥ずかしそうに言うリーブの姿は、某魔法使い映画の実写版で呪文の発音を注意してきそうな美しさだった。


「えっ!」


 そんなリーブの美しさにサキも頬を赤く染めて百合の花を咲かしていた。

 しかし幽霊は空気が読めないのか、二人を霊現象が襲った。


『ねぇねぇ私メリーさん。今キッチンに居るの』


 包丁が地面に落ちるのと同時に二人の脳内に響いた声は、幼いながらもハキハキとした喋り方であり、幽霊とは思えないほど綺麗で透き通っていた。


「私たちを呼んでるのかな?」


「多分誘き寄せようとしてると思うよ」


 サキが感じ取ったエネルギーの出処もキッチンだったので、妨害のない道を二人は進んだ。


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