file3 想いよ届け
事務所設立から時の流れは早いもので2週間が経った。
「依頼こねーなー。」
これで何回聞いただろうか。
梨香の独り言に私はスルーしておく。
「仕方ないじゃない、まだ得体の知れない事務所よ。」
「ポスター作ったけどなーー。無意味なのかー?」
宣伝としてポスターを作り、学校内外に貼らさせてもらっている。
全て梨香の手書きだ。
彼女曰く『手作り感があった方が応援してもらえるだろ!』だそうで。
結果、カラフルで可愛らしいポスターに仕上がった。
ただ、字体が全体的に小学生みたいな部分がもう一息といったところだ。
これはこれで私は気に入っている。
ポスターの字を見た紗友里が、見るに見かねた感じで事務所の立て看板を書いた。
書道家の祖父を持つ彼女の気迫のある字で“ポカポカ事務所”と。
最初に出来上がりを見た時、事務所の名前が字の気迫と釣り合っていないことに思わず笑ってしまった。
「大丈夫だよ、梨香のポスターかわいいし。」
「そこじゃないだろ!」
梨香をなだめる私も、『本当にこの先依頼がこないんじゃないか。』と内心焦っている。
生徒会室は“事務所”というよりかは私達の放課後のたまり場に化していた。
依頼が来ていることを期待して集まるが、各々好きなことをして解散することがお決まりとなっていた。
半ば諦めに近い感じだ。
「今日はもう帰るか?」
梨香の声掛けが日に日に早い時間になってきている。
「そうね…。依頼、来なさそうだし。」
紗友里はやるせない感じで鞄を持ち上げ、早々と廊下に出て行った。
その後を梨香が追いかけるように出ていく。
出て行くときの2人の横顔が見苦しい。
私も遅れまいと急いで廊下に出る。
そのとき、廊下の先で紗友里がピタと立ち止まった。
悔しくて泣きだしてしまったのだろうか。
珍しいこともあるものだ。
本来ならばここで走って駆け寄るべきだろう。
だが、きっと紗友里のことだから泣き顔を見られたくないだろうと感じた私は、ゆっくり進むことにした。
前を行く梨香は走っていたが。
しばらくして、自称『足がめっちゃ速い女』が紗友里の元へ到着。
相槌を打ちながら紗友里の話を真剣に聞いている。
そして、
「マジかよ!!」
と言ったきり固まっていた。
どうやら、梨香が驚く程、紗友里が心に受けたダメージは大きかったようだ。
やっと状況を理解した私は廊下を全力疾走。
―紗友里、すぐそばに行くから―
東校舎の端から端まで止まることなく駆けた。
長い廊下は今の私には短く感じた。
「ごめん、遅くなって!!」
息が苦しく、思わず下にしゃがむ。
「ほんとよ奈実、遅すぎだわ。」
ああ…!ごめんね、と申し訳ない気持ちいっぱいで顔を上げる。
しかし、紗友里は泣いていなかった。
「え?」
そして驚くべきことはその後だった。
目の前に知らない女の子がいる。
「こ、こんにちは…。」
女の子が私に向かって言う。
私は驚いたまま固まる。
「ポカポカ事務所の方ですか?」
「……え?」
何がなんだか分からない。
紗友里は泣いていなかった?この女の子は誰?
私の頭の中は疑問符が駆け巡っていた。
「そこで相談ができると知って来たのですが…。」
「は、はぁ…、」
つまりは相談をしに来たと。
ん?
待てよ?
ソウダン ヲ シニキタ…
と、とゆうことは…、
「依頼ーー!?」
久々にお腹の底に力が入った声が出る。
私は『腹式呼吸とはこのことか!』と場違いながらも感じた。
女の子が私の声に驚いてしまった。
「そうなのよ。で、この方は依頼人の…」
「1年3組、田口帆夏です。」
ぺこりと頭をさげ、ポニーテールを揺らす。
「1年のかわいい後輩ちゃんだぞ!」
梨香が嬉しそうに言う。
「へへ…。」
帆夏は恥ずかしそうに微笑む。
―きもいぞ、梨香。
私は心の中でつぶやく。
紗友里が、
「事務所で話を聞くわ。こっちよ。」
と声をかけ、一行は事務所へ。
私達3人は初依頼に胸が高鳴っていた。
「で、相談したいことはどんなことかしら?」
「どんなことも秘密にするからな!!」
紗友里と梨香が前のめりになって話しかける。
机を挟んで前にいる帆夏は引き気味だ。
「ちょっと、2人とも落ち着いて!これじゃあ、話しにくいってば。」
私の声に2人は大人しく元の位置へ。
そして帆夏の目を見て
「相談内容はなにかな?」
と、優しく問いかけてみた。
帆夏は子犬のような目で私に救いを求めるように見てきた。
「はい…。今年、大学生になった姉がいるんですけどそのことで…。」
「喧嘩でもしたのか?」
「いえ…。最近、夜遊びが目立つようになってきたんです。前は素敵な姉だったのに…。」
「大学に入ってチャラついてしまったのね。」
コクリと帆夏は静かにうなずく。
大学受験を乗り越えた反動なのだろうか。
入学前までは真面目だったが入学後、性格・行動が悪い方向へ急変したという者もいると聞く。
「それで姉と両親がほぼ毎日、言い争い…。それを聞くのが嫌なんです!」
言い争いによって家族が壊れていく感じがしたのだろう。
家族思いな、いい子だと思った。
彼女にとってそのような状況が続いている日常が耐えられないようだ。
「前のお姉さんをとり戻したいということね。」
「はい…。顔を合わせる時間も、無くなってしまって…。」
以前は二人で一緒に料理をしたり、勉強を教えてもらったりしていたと帆夏は胸を詰まらせながら話してくれた。
大好きなお姉さんのために苦しい思いをしているとは可哀そうな妹だ。
早くお姉さんは気づいてほしいと心底思う。
だが、お互い会う時間が無ければ帆夏の気持ちは伝わるはずがない。
だったら…
「帆夏ちゃんのお姉さんへの愛を手紙で伝えてみたらどうかな?」
「手紙?そんなんで変わるのか?」
確証は持てないが、私は思ったことを述べる。
「多分だけど、お姉さんの帆夏ちゃんへの想いは変わってないと思うな。今はただ、新しい世界に没入しちゃってるだけで。」
「そうだな、その可能性は高いな…!」
「ええ。しかも手紙だったら、書き直しができるから丁寧に伝えれるし、接する時間が短くても想いを伝えれるわね。」
帆夏の目が少し大きく開いた。
「姉への愛の手紙…。一度書いてみようかな…。」
「一緒に書くか?」
梨香が提案する。
それなら私も、と思ったが帆夏は
「私、一人で書きます!」
今日の彼女史上、一番大きい声でそう言った。
ポカポカFile 彩津 @nn_86
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ポカポカFileの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
「親ガチャ」感じる人へ/彩津
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます