file2 よーい、ドン!
「私達で事務所をつくるのよ!!!!」
一瞬、周りの空気が止まる。
しばらくの間、私達の周りだけぽっかりと空間が抜き取られたのだと感じていた。
「「…は? 」」
予想外な展開に私達2人は唖然としていた。
紗友里だったらもっと真面目な回答がくると思っていたからだ。
しかし目の前には目をキラキラさせ、まるで子供みたいな紗友里がいた。
私の目にフィルターがかかっているのか?
正直、こんな紗友里は初めて見た。
どうやら“マジ"らしい。
「じ、事務所?」
梨香がようやく口にする。
「そうよ!私達、帰宅部だしできるわよ。」
いつものトーンより張りのある声でそう言う。
紗友里の言う通り私達は帰宅部である。
帰宅部は主に通学時間が長い者と学校に面白いと思う部活動が無いと思った者が多いだろう。
私達は後者だ。
いくつか、仮入部をしてみたものの魅力的に感じるものはなく、むしろ帰宅部の放課後を自由に使うことができる部分に惹かれていった。
「確かに、私達には自由な時間が多くあるな。時間を要する事業ってなんだ?」
「そう、“暇人"なことを生かした事業よ。でもこの事務所を立ち上げたら暇人ではなくなるわ。」
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「それは、学生による学生のための相談事務所よ。」
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学生というのは多感な時期であり、学業・友人・容姿・恋愛・金銭など、一人一人が何かしらの悩みを抱えている。
それらの悩みの大半はなかなか大人には言いづらいものだ。
中には相談相手が見つからず、自身だけで塞ぎ込んでしまう者もいる。
「ふ〜ん、同じ目線である私達を生かした相談事務所か。おもしろそうじゃん!」
「でしょ!私、実は前から練っていたのよ。奈実はどう思う?」
紗友里がこんなことを考えているのは知らなかった。
でも、
「私もやってみたい!」
と、一番に思った。
毎日に退屈を感じているただの“暇人”が誰かの役にたてるのだ。
「ふふ。」
いつの間にか、紗友里の頬は夕日そのものみたいになっていた。
彼女の軽やかな足取りから分かる、ウキウキしている気持ちがこちらにも伝染してくる。
翌日の昼休み、私達は早速屋上にて事務所について話しあった。
「事務所はどこに開くんだ?」
「そうね、この学校の東校舎はどうかしら。」
本校は西校舎と東校舎に分かれており、西校舎は私達が入学してくる前の年に新たに増設された校舎である。
今では西校舎がメインとなっている。
そのため、西校舎の廊下はエアコンが導入されているのに対し、東校舎はひび割れた窓が連なる廊下であるなど校舎間での設備の差は激しい。
生徒・教師共々、快適さがない東校舎には極力入りたがらない感じだ。
「空き教室、たんまりあるよね。」
勝手に使ったとしても誰にも文句は言われないと思う。
唯一、東校舎が西校舎に勝っている面としてはそこぐらいだろう。
不名誉ではあるが…。
「でもな、依頼人が来るとは思えないぞ?」
「そこがいいじゃないの。その方が、相談しに入りやすいわ。」
依頼人は相談したいことがあって事務所を訪ねてくるが、その様子を他人に見られてしまっていては確かに入りづらいだろう。
「秘密感があった方が良いよね。」
「ごもっとも!そうと分かれば、新天地を探しに行くわよ!」
そう言いながら紗友里は屋上のドアに向かっていた。
「待てよーー!」
行動力のある紗友里に置いてかれないよう、私達も後に続いた。
「ハハ、お化け屋敷やった方がいいんじゃね?」
東校舎は相変わらずオンボロ感が滲み出ていた。
廊下のほとんどの窓はガムテープで補強され、木造の柱は強い衝撃を与えれば今にでも崩れてしまいそうだ。
差し込む朗らかな太陽の陽が、その哀れさを軽減しているかのような演出をしていた。
「ほら、ここならましなんじゃない。」
廊下の奥で私達より先に進んでいた紗友里が呼びかける。
すぐに行ってみると、そこは生徒会室だった。
教室よりかは少し狭いが、通り見てきた空き教室よりかは使えそうな感じがした。
だが、東校舎にあるだけあって、綺麗とは言えない感じだ。
「掃除すればなんとかなりそうだな!」
「かなり大変そうだけど…」
「そう言ってたら始まらないわ!やるわよ。」
それからは紗友里の先導の元、黙々と掃除をしていった。
埃を掃き、窓を張替え、床をデッキブラシで磨いて…。
いくら掃除しても終わりが見えない汚さだ。
「明日は筋肉痛だなぁ…」
しばらくして、梨香がポツリとつぶやく。
「ええ、でも梨香、見て!」
紗友里に促されて私も周りを見てみると、気づけば生徒会室は見違えるように綺麗になっていた。
「これ、私達が…?!」
「そうよ、奈実!」
達成感が半端ない。
掃除前より私の心も晴れやかになった。
紗友里が机に買ってきたジュースを並べた。
「やったーー!いただきぃ♪」
梨香がすぐさま手を伸ばす。
私も窓際にあった椅子に腰掛け、一息つく。
窓から入ってくるそよ風が私達を褒めているかのように優しい。
「よし、これで事務所は整ったわ。あとは…」
「事務所の名前だな!」
「そうね…。何かいい案ある?」
そんな話をよそに私は窓の外を眺めていた。
掃除で思った以上に体力を消耗したのだろう、太陽に照らされ、段々と眠たくなってきた。
「なんか、ポカポカする……」
身体の芯が温められる心地が良くてつい、口にしていた。
その時、
「ポカポカ……良いわね…!」
何かひらめいた少女のような声が聞こえた。
紗友里に私の独り言が聞こえていたみたいだ。
「お悩みが解決した後、この事務所によって依頼人の心がポカポカするという意味合いをもたせるのはどうかしら!」
「おお!いいな!ポカポカ!!」
「じゃあ、ポカポカ事務所ね!!」
そのまんまじゃんか!
それより、ネーミングセンスっ!
と思ったが私は眠気に耐えきれず深い夢の中へ…。
私は夢の中でスタートのピストルが聞こえた。
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