ポカポカFile

彩津

file1 私のロールプレイングゲーム

歩き慣れた通学路には桜が舞い降りていた。


私はいつも通り歩みを進めていく。

交差点にて信号が青になるのを待つ。

ふと角を見るとタンポポが風に揺れ、私を笑っていた。


穏やかな日常が今日も始まるのだ。


そうのんびりしていたそのとき、後ろから肩を叩かれた。

何なのよ、と後ろを振り返るとそこには男子生徒がいた。

ここで大事な情報はかなりなイケメンということだ。

走って追いかけてきたらしく息が上がっている。


「あの、これ…」

そのイケメンは“ラブレター”らしきものを私に差し出してきた。

緊張からか彼の手は震えていた。


私は非常に動揺していた。


恐らくこれは告白。

私はついに“そんな感じ”になる時がきたのだと実感。

いやぁ、そうなるまで至るまでが長かったな…。

さあイケメンよ、早く続きの言葉を…!


私は待ちきれなかった。

春風が私の髪を撫でる。


そしてついに美少年の唇が動く。

「こ、これ…」

「はいっ!!」

つい威勢の良い返事をしてしまう。


「渡してくれませんか!君のクラスの三枝さんに!!」



「はーーーー?!?!」


そこで私は“起き上がるという行為をした”。

私はベッドの上にいた。

横の窓からすずめのかわいらしい鳴き声が聞こえてくる。


そこでようやく夢だったのだと気づいた。


「朝ごはんできたわよー。今日遅いんじゃなーい。」

階下から母の声が聞こえてくる。


やばい遅刻する。

寝ぼけた顔を洗い、今日の寝癖はひどいなと思いながら歯を磨く。

急いで階段を駆け下り母と挨拶を交わす。

食卓の上にあるトースターにジャムを塗りかぶりつく。サクっといい音が立った。

ローファーを履いてドアノブを押した。


「いってきまーす。」


ドアを開けた先に広がるその景色によって数分前までみていた夢を思い出す。

「あのイケメンめ…」

確かにクラスメイトである三枝さんがかわいいことで有名な娘である。

色白で華奢な彼女はフランス人形みたいだ。

にしても、イケメンのあの思わせぶりな態度が気に食わない。

私がどれだけあの『これ…』の後の言葉を期待したことか!

とゆうか、ラブレターを本人に直接渡せないなんて男気がない。

などと、私は自分の夢を回顧しながらローファーをツカツカ鳴らし歩いてゆく。


例の交差点を過ぎ、丘の上の校舎を目指して坂道をあがる。

この坂道は勾配が高いうえに校舎までの道のりが長い。

運動部にしてみれば体力作りの良いジムと化すが、私からしてみれば朝から体力を削られるだけのただの坂。

なんでこんな丘の上に校舎を建てたのだと1年通っても今なお思う。


ようやく八合目に差し掛かったところだった。


「奈実、おっはーー!!!!」


不意にリュックを後ろに引っ張られた。

足元がふらつく。

朝からこんな危なっかしいことをしてくるのはただ一人。


「まったく、朝から元気ですねー、梨香さぁ~ん?」

「元気?おいおい、それよりさ今日の英語当たるんだっ。助けろお!!」


やれやれ、この女は…


「わかった、教室で一緒に和訳してあげる。でも正確かは…」

「決まりだな!!」

私の横で飛び跳ねている。そのパワー、分けてほしい。


梨香は長身でショートカットがよく似合う私の幼馴染。

その陽気な性格に助けられ、頼れる存在だ。


「あ、そういえば奈実、今朝また変な夢みたでしょ。」

「唐突だね。」

「だってなんか足取り重かったし!きっと恋愛系の夢だな…」


ニタァと不気味な笑みをしながら私の顔を覗き込む。

そう、幼馴染とは嫌なものだ。

こうゆう嫌に細かいところまで理解されてしまうから。

どうせ嘘をついてもバレてしまうので私は降参し今朝の夢を話そうとしたら

「待った、紗友里にも聞かせる。」

と言い、登山で疲れ果てた私の手を取りグイグイ引っ張っていく。


引っ張られるとあっという間に登頂できた。

昇降口で周りを見てみるとやはり皆、ぐったりとした顔をしている。

雄一の例外は今日も梨香だけだなと確認した。


今日も始まるのかぁ、と思いながら下駄箱の扉を閉める。


「はーやーくーーー」

「はいはい」

梨香に催促され早歩きで教室へ。

もうちょっとゆっくり登校したっていいじゃないのとも思いながら彼女を追いかける。


「紗友里ー!奈実がまた変態な夢みたってよー!」


教室に入るやいなや、目的の机を目指して突進。

そこには眼鏡を掛けた真面目そうな女子が一人座っていた。


彼女もまた私の幼馴染、紗友里だ。


読んでいた本をすぐ閉じ、眼鏡をクイッとあげ


「早よ。」


と一言。

紗友里の綺麗な瞳に見つめられたら男子はイチコロだろう、と思いながら今朝の夢を話していく。

話していくうちにあのイケメンのことが更に憎たらしくなった。

二人とも黙って私の“変態な”夢を最後まで聞いていた。


そして終いには紗友里の的確な指摘により私のメンタルは死亡。

見事やられた私を見て笑う梨香。


そうした他愛ない会話を繰り広げているうちに始業のチャイムが鳴る。

皆、各々の席に着席し担任を待つ。


今日が始まった。私にとってそう思う瞬間だ。


それからは一連の流れ作業みたいな日常が送られていく。

授業を受け、教室で幼馴染らとお弁当を一緒に食べて、お腹がよじれる程笑って、掃除をして帰路に着く。

後はお風呂に入って、夜ご飯を食べて寝る…



ーだが今日は違った。ー


ふと、帰りの坂道で三枝さんが私の視界に入った。

またあの夢を思い出した。

やっぱ可愛ければ夢じゃなくてもイケメンに告白されるのかな、なんて思った。

ぽけーっ、と三枝さんを見つめていたら後ろから急に“どつかれた"。


「三枝さん?奈実、そうゆう感じなのねぇ、いつからだよ!!」

「まあ、梨香。ここは恋愛経験ゼロの奈実の恋模様を見守ってあげましょ。」

「だな!紗友里!!」

いや、『だな!』じゃない。


「三枝さんは今週末、彼氏さんとお出かけですって。奈実にはチャンスなしね。」

いったい、どこからその情報をとってくるのだろうか。


とゆうか、狙ってない。


紗友里はこの学校の生徒の情報はほぼ握ってると言っても過言ではない情報屋だ。だから、イケメンだと思った生徒の名を告げると

『駄目よ、あいつはDV男。』などと制される。

有益ではあるが、私の恋愛はそれらの情報によりことごとく消え去っている。


「いーよね、なんか毎日が楽しそう。」

「何だ、奈実は恋人が欲しいのか?」

「そりゃ、憧れるけどぉ。なんだか毎日が同じだなって。」

「確かにな、それは思う。」

私はロールプレイングゲームのような日常も悪くはないと思ってた。


だって、新しいことにチャレンジするのってリスクもあるし?

だったら、いつもどうりのほうが安心する…。


だが、その同じような毎日に退屈を感じていたことが今朝の夢によって明らかになった。




「じゃあ、刺激を作ればいいじゃない。」


突如、紗友里が言ったその一言に私は驚く。

「つ く る?」

刺激を作るってどうゆうことだろうか。

お菓子作りとかしてみるのか?バンジージャンプ?

でも今まで「作ろう」とは思わなかったとしみじみ思う。


「ええ、面白いことをするのよ。」

「漫才をするとか、か?」

どうやら、梨香も同じようなことを思っているみたいだ。


紗友里の眼鏡がキランと光る。




――――「違うわ。」—



この時、私は紗友里の提案が波乱万丈な日常を送くるきっかけになるなんて思いもしなかった…。













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