第28話 プチャーチンの粘り
安政2年(1855年)1月
クリミアでの戦闘が膠着。戦争終終結への協議が行われようとする時期、再びプチャーチンに日本との交渉をするよう指令が下る。
戦闘が長引いている間にペリーが日本と条約を締結したとの知らせを受け、帝都では大変な話題となった。
プチャーチンは最新鋭艦ディアナ号を旗艦に、再び日本を訪れる。長崎に着くと、幕府から既に開港した下田で会見するとの知らせを受けた。
幕府からの代表は正使の筒井政憲、副使には川路聖謨が任命される。筒井は長崎奉行を務めた経歴があり、シーボルト事件ではシーボルトを尋問している。この時すでに齢70を超えている。
ロシアの目的は通商に加え、北方の国境を定めることも含まれている。交渉がまとまらないまま、会談が幾度も繰り返される。
11月
交渉中のプチャーチンに更なる悲劇が襲い掛かる。安政の大地震が起こる。下田に停泊していたディアナ号が津波を受けて大破して、航行不能となる。
この地震で水戸の藤田東湖が建物の下敷きになり悲運の死を遂げている。
乗組員にも死傷者が出ている中、下田の被害の大きさに驚かされた。プチャーチンは同行している医師を連れ、被災した住民の救出や手当てを積極的に行う。
12月
現地の復興作業が行われるなか、ロシアとの会談が再開される。日本側の代表は前回と同じく幕府から全権を託された正使筒井政憲、副使川路聖謨。
会見場に着くと、プチャーチンは年長者の筒井に対し、足場の悪いところでは手を差し伸べて力添えをする。その行為に驚く。
「我が国では目上の役職の者が目下の者にそのような行為は取りません」
驚くプチャーチンは親しみを込めて呟く。
「あなたのような聡明なお方を我が父のように尊敬しています。その父に手を差し伸べるのは当然の行いでしょう」
筒井はプチャーチンのその行為や下田での行いに痛く感銘を受ける。
「川路殿、プチャーチン殿は信頼するに値する人物と見受ける。儂はロシアとの条約締結に異論は無いが。貴殿のお考えはいかがか?」
「一個人としては申し分無い人物と心得ます」
「ロシアの者が全てあの方のような国民性であれは良いのだか」
「今は国益を考える時にございます。ひとつの考え方としての意見になります」
「それは是非にも、お聞かせ願いたい」
「アメリカと和平条約を結びましたが、ロシアとも和平条約を結ぶ事でアメリカを牽制できます」
「なるほど。ロシアとも同じ内容で締結すれば、アメリカとの条約の最恵国待遇を逆手に取れると言うのだな」
「ご明察。条約を改定するとき、一方的な言い分があれば、他国との関係性を持ち出し時間が稼げます」
「さすがは川路殿。これでプチャーチン殿の恩義にも報いる事ができる」
その後の会談で、アメリカと結んだ条約と同じ内容が記された日露和親条約を締結する。加えて日本とロシアとの国境も定められた。
択捉島と得撫島の中間を国境とした。但し、樺太についてはこれまで通り国境を決めないと決まった。
不運な出来事が多かったプチャーチンであったが、日本人から好感が持たれ、条約締結まで漕ぎつけた。
更に帰国するにあたり、幕府に願い出ていた造船の許可が下りる。近郊の船大工らに造船技術を伝えるとともに造船に取り掛かる。完成した艦船の名前を地元の戸田から取って、ヘダ号と名付けた。
こうしてプチャーチン以下、乗組員らは建造したヘダ号で日本を出港した。
余談だが、プチャーチンはペリーに先駆けて条約の締結を試みた。だがペリーのような交渉が出来なければ、これまでと同様に幕府から良い回答は得られなかっただろう。
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