第24話 プチャーチンの思い

 ロシアのプチャーチンは海軍兵学校で優秀な成績を修め、海軍士官となる。


 ロシア軍の黒海艦隊に世界一周の航海が命じられると、幸運にもその一員に加えられた。そこで航海技術、海軍理論を学び、見識を高めた。


 南京条約を知り、日本に対して通商使節を送るべきと皇帝ニコライ一世に進言する。

「皇帝陛下。イギリスが清国を打ち破り、経済圏を拡大しています。近い将来、必ず日本に接見すると思われます。是非わたくしに日本と交渉する機会を与え下さい」

「議会が承認すれば余に異論はない。だが過去の事例から日本が通商に応じるとは思えぬ。なにか勝算はあるのか?」

「今、この地にオランダ軍医のシーボルト殿が来られています。日本に使節を送るのであれば協力いただけると申しております」

「シーボルトとは如何なる者か?」

「オランダ商館付きの医師で、以前は日本の長崎の地に診療所を開いていたそうです。日本の文化や動植物を記した文献を数多く出しております。私も拝読しましたが、大変興味深いものにございます」

「信用できる者であれは、是非もない申し出。交渉の成功の為、協力を願え」

 信頼のおけるプチャーチンの言葉に皇帝は否やは申さない。


 シーボルトはペリーが日本に来航すると聞くと、マカオに出向きペリーに協力する旨を伝え、日本への同行を求めた。だが、ペリーの答えは「ノー」であった。


 アメリカは自国だけで交渉を成立させたいとして要請を断った。シーボルトを信頼していなかった。日本地図を持ち出そうとして日本を退去させられた事件を知り、シーボルトをスパイだと認識していたからだ。


 シーボルトの受け入れを拒否したアメリカと受け入れたロシアとで、その後の日本との交渉に大きな差異が生じる。


 プチャーチンは使節団の件を議会にかけるが、議会ではイギリスの反感を買いたくないとしている大臣らの反対もあり、提案は退けられた。


 背景には過去フランスの遠征に対する脅威もあり、極東に対しては余り関心が無かった。

 過去に幾度となく交易を求める使節団を送ったが、何の成果も得られていない。議会からの反対も致し方ない。


 だが、ペリーが東インド艦隊の司令長官に任命され、日本との交易を画策しているとの情報が入ると事態は一変する。議会からの承認も得られた。


 最新鋭の蒸気船ディアナ号の建造を待っていられない。元来プチャーチンは帆船での航海が多いため、帆船への信頼の方が高い。日本への航海は帆船に決めた。


たが、与えられたパルラダ号は古く、不満を持っていたプチャーチンにイギリスから艦船を購入する許可が下りた。購入した船はヴォストーク(東洋)と名付けられた。


 嘉永5年(1852年)8月

プチャーチン率いる2隻の艦船はクロンシュタット港を日本に向けて出航する。ペリーより2ヶ月ほど先駆けて出発した。


 出航後、最初の災難に見舞われる。出港して間もなく天候の悪化に加えて、スエーデンとデンマークの間にある狭い海峡を通過したときに船底に損害を受けてしまった。イギリスに到着後、ドックに入って検査する羽目に陥った。

 

 検査結果を知ったプチャーチンは愕然とした。思っていた以上に被害がひどく、修理に2カ月近くかかると言われた。


「領事館、商館に何か知らせは届いていないか?」

 就航前に各国の動向を知らせるよう、寄港先の領事館などに知らせを届けるよう依頼していた。特にアメリカの情報については漏れなく伝えるよう念を押した。

「はい。提督宛ての通知は届いていません」

(我ら以外で日本を目指している艦艇はなさそうだな。今のうちにしっかり船をなおしておこう)

 この時ペリーの艦隊は、まだ日本に向けて出港はしていない。焦っても仕方がないと考えたプチャーチンは修理を依頼した。


 修理に2ヶ月以上かかってしまい、年が明けた1月になって再び航海が始まった。


 だが、船の修理に手間取っている間に、ペリー艦隊は日本に向けて出航し、プチャーチンの先を進んでいた。


 ペリーに先を越された事をこの時点では気付いていなかった。

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