第22話 天保の改革

 イギリスが清国に対し、大規模な軍事行動を開始した天保12年の2月

 大御所徳川家斉いえなり薨去こうきょする。将軍職は既に家慶が継いでいたが、後年大御所政治と言われたように、その実権は父親が持っていた。

 これを機に家慶は既に老中首座になっていた水野忠邦を側近に登用して、先の将軍の側近らの粛正を行わせる。


 家慶の内意を受けた忠邦は直ちに先の将軍の側近らを解任し、兼ねてより目をかけていた鳥居耀蔵、遠山左衛門尉景元、江川太郎左衛門英龍、川路聖謨としあきらなどを登用して改革に乗り出す。


 鳥居耀蔵などは南町奉行を讒言により解任させ、自らが南町奉行に就任する。


 忠邦も武家に対して贅沢品を禁止する奢侈しゃし禁止令を出し、庶民には浮世絵、歌舞伎などの娯楽の禁止を奨励した。


 そして改革の骨子となる人返し令(帰農令)と上知令あげちれいを発した。

 人返し令は、江戸・大坂などの都心部に働きに来ている農民を強制的に地方に戻して年貢米の収益を上げるものである。

 上知令は、江戸・大坂にある大名、旗本の領地を幕府の直轄地にして、幕政の強化と治安の維持を目的としたものだ。これについては大名らの反対意見が多かったため、実現しなかった。


 更に既に発令された贅沢品の嗜好を禁止する奢侈禁止令に対して、庶民の不満が多いで遠山景元は水野忠邦に庶民の楽しみについては見直しを求める上申書を提示したが、認められなかった。


 忠邦の懐刀と言われた鳥居耀蔵は物価の高騰を抑えるために、株仲間や問屋仲間などの解体に尽力を注ぐが、返って経済の混乱を導いてしまう。


 改革が上手く進まない中、水野忠邦、鳥居耀蔵を更に追い込むオランダ風説書が長崎から届く。

 清国がイギリスに敗戦したという知らせだ。


 清国の敗戦を知った幕閣の驚愕は甚大なものとなった。清国同様に大砲などの装備をした軍船を持たないこの国でも、やはり対等に戦う術がない。

 戦いを回避するには戦いをする名分を与えてはならない。今の幕府には外国に対しての扱いを変えるしかできない。


 閣議の結果、異国船を打払う方針を廃止して、異国船に薪や水の供給を認める薪水しんすい給与令を新たに打ち出すなど、欧米列強への態度を軟化させてゆく。


 幕政改革も上手く進まない中、忠邦は西洋の力を思い知らされる。西洋学を学び、知識を高めていた者を粛清した報いを受ける結果となった。


 ある日、友と慕い、同じく忠邦にその能力を認められている江川太郎左衛門が江戸に戻っていると聞き、堪らず訪ねた。


 江戸湾視察や蛮社の獄での告発には色々不快な想いはしたが、元来の友として変わらず向かい入れる太郎左衛門の懐は大きい。

「老中越前守様のためと思って幕政改革に奔走しているが、一向に良くならない。それだけならまだしも庶民に加えて、身内の旗本からも批判を受ける。これからどうすれば良いのか?」

「聞けば同じ町奉行を勤める遠山殿は奢侈禁止令を緩和するよう願い出たそうだが、あえなく却下されたそうではないか。だがあの男、寄席や浄瑠璃などは認めているようではないか」

「その件で老中の内意で取締りの強化をしているが、お陰ですっかりこちらは悪人扱いだ」

「我等武家の者が贅沢を慎むだけならまだしも、庶民の娯楽まで制限してただ働けと言うだけで人の心はいずれ離れる」

「経済が安定するまでの間ではないか。何ゆえ理解できないのか?」

「期限が決まっているならまだしも、先が見えない不安が怒りに変わっているのであろう」

「では一体如何すれば良いものか?」

「締め上げる改革では長い目で見たら亀裂が生じるだけと思わんか。越前様の改革では先が見える。反対派の老中土井大炊頭おおいのかみ様が越前守様の失脚を画策している。そなたもこちらに靡いては如何か」

「今こうしてあるのはひとえに越前守様の推挙があったればこそ。そのような事ができようか?」

「幕政が危ぶまれているときだ。私情は先ず捨てろ。お主も鳥居の者であるならば徳川のためを思って励むべきだ」

 もっともな進言に言い返す言葉もない。元より徳川家のために尽くしている。

 悩んだ挙句、耀蔵は改革の機密情報を反対派に売り渡し、寝返った。


 翌年、天保15年(1844年)

鳥居耀蔵の寝返りもあり、水野忠邦は老中職を罷免される。忠邦の政策では経済が混乱するたけで、改善が見込まれない。これに加えて人々への生活、娯楽を制限は幕政の強化にしかならないと反論、非難する者が多い。

 後任には年若いが秀才の誉高い、備後福山藩主の阿部伊勢守正弘が就任する。就任するや直ちに天保の改革の見直しを行うとともに、その実行、取り締まりを務めた耀蔵を町奉行から解任し、地方へ転封した。


 この年の秋、長崎から老中のもとに一通の書簡が届く。オランダからの国書である。イギリスの勢力拡大に加え、今やフランス、ロシア、アメリカなどが虎視眈々と日本を自国の支配下に置こうと企てている。国王は日本に長くいたシーボルトに開国を勧めるための親書の草案を書くよう命じた。


 その内容は大まか、以下のようである。

・大国である清国がイギリスに敗れ、領土の割譲を余儀なくされた。各国の技術進歩は目覚ましく、大量の軍船、銃火器で諸外国を統治している。日本においては迫り来るものに対し戦いで血路を開くのでは無く寧ろ、先に門戸を開き諸外国との交易を行うべきと考える。

・交易にてその技術を取り入れ、彼らと対等になる程の国力をつけるべきだ。そうする事で他国からの侵略は回避できる。日本人は手先が器用なので取り入れた技術を必ず身につけ、更なる発展を為しうる。


 以前、オランダがフランスの統治された時、国王はイギリスに亡命し難を逃れた恩義がある。だが、諸外国を統治してこれ以上、その勢力を拡大されたくない。日本にイギリスと戦果を交えて欲しくないとの思惑もある。


 オランダ国書を受け取った阿部伊勢守は、その後、国政の舵取りで大いに悩まされる。

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