第20話 アヘン戦争(一)

 天保11年(1840年)6月

イギリスと清国で貿易摩擦が起因となる戦争が開始された。銀の国外流出を抑えるためにアヘンで莫大な利益を得ていたが、清国がアヘンの輸入の禁止に加えて、商人が保有していたものまで取り上げた。


 更に清国側はイギリス商人だけで無く、駐在する外交員に対しても食糧供給を遮断した。これによりイギリス人達はマカオを退去する羽目になった。

 外交官にとって自国の利益が損なわれるのは不名誉であり、今後の昇進にも関わる。外務大臣の推薦でこの地を任された外交官トップのエリオットは、清国が提案するアヘンの取り扱いとした誓約書に署名しない。そればかりか自国の商人に対しても署名しないよう要請している。


 事態を知った英国は、状況を把握するために艦艇を清国に派遣した。あくまでも偵察が目的だったが、エリオットはこれを利用した。

「良いか。これより香港に行き、停泊中の清国艦船を砲撃する」

 艦長は空かさず反論する。

「長官殿、我等の目的は視察であり、戦闘行為を行う命令は受けていません」

「指令は誰から出されたものか?」

「はい。外務大臣のパーマストン卿からのものであります」

「それなら私も外務大臣からこの地に派遣され、国益の拡大を任されている。大臣には私の方から仔細を伝えておく。ここは私に従ってもらいたい」

 このように言われてしまえば、艦長も従うより仕方がない。港内に停泊している清国船を砲撃し、数隻の船に損害を与えた。


 翌7月に長崎のオランダ商館より、幕府にオランダ風説書が届けられ、状況を知った。幕閣は清国が負けるなどとは思っていなかった。

 清国にしても自国の兵の練度から見てもイギリスに負けるなどと考えもしなかった。危機感があれば、交易のある日本に対し何らかの通達があったかもしれない。


 清国は戦闘を回避するために、食料の提供抑止を解除するとした停戦要求を行う。これを受諾したイギリス人商人らはマカオに復帰できた。加えて、アヘン不買の誓約に従えば他の商品の取引を再開するとしているのに関わらず、エリオットは断固としてそれに従わない。一部の商人らからはエリオットに非難するものを現れている。


 エリオットに従わない商人が、清国へ独自に誓約書の提出を始めだす。それらの者が増えると、清国側はエリオットに対し、誓約を認めるように強い要求を出して圧力をかける。

(なんという事か。商人と言う者は自身の利益しか考えておらぬ。致し方無いとは言え、このままでは清国の思う壺になってしまう。まずはあの者らの動きを封じねば)


 エリオットは艦長を呼び出し、今後の方針を説明する。

「艦長には明日以降、入港する交易船の停泊を妨害していただきたい」

「本国からの交易船の進入を妨害するなどと、一体如何なる要件でしょうか?あなたが自国の利益を損なうような行為をするとは」

「一部の商人らが清国の誓約に従い、勝手に取引を始めている。誓約に従えば清国の利益が増えるだけで、本国との貿易の均衡が取れなくなる。交易とは一方的な取引であってはならんのだよ。清国でさえも自国の利益しか考えてはおらぬのであろう。そのためには私がそれを認める訳にはいかんのだよ」

「そう言う事であれば、ご助力します。その後はいかがなるのでしょうか?」

 軍人である艦長にどこまで理解して貰えたか分からないが、協力は得られた。

「私はこれから外務大臣に手紙を書き認める。交渉が決裂した際に備えておくよう、正式に軍を派遣頂けるよう要請する。」


 エリオットに説得された外務大臣のパーマストン卿は議会に掛けて、軍の派遣が正式に閣議決定された。


 清国側もイギリスの動向を察知して、兵を大量に集めていた。イギリス軍は北京から近い天津沖に30隻以上からなる大艦隊を終結した。これを知った清の道光帝は戦意が喪失し、直ちに将軍を解任し、後任の者にイギリスとの交渉にあたるよう指示する。


 大国である清国は元来、イギリスとの戦いに消極的で本格的な戦闘を行わないまま和平交渉する方針を取った。


 天保12年(1841年)1月

清国代表とエリオットの間に賠償金600万ドルの支払い、香港の割譲などを約定する川鼻条約が交わされる。

 停戦になりイギリス軍は、一旦自国に引き上げた。

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