第14話 モリソン号の来航
徳島藩が異国船打払令に従って砲撃してから数年後の天保8年(1837年)7月
1隻の異国船が浦賀沖に現れる。交易船のようだが武装をしている船である事から、浦賀奉行は直ちに異国船打払令に従い、砲撃を開始する事件がおこる。
これより遡ること4年前、尾張の国を出た廻船問屋の船が太平洋沖で遭難。1ヵ月あまり漂流した後、北太平洋でイギリス船に救助された。生存者は漁師の音吉合わせて3名となった。
彼らは北アメリカのバンクーバーにあるイギリス人の商社に保護されるが、暫くして会社の拠点となるマカオに送還させられた。
商社では彼らを日本に返還するとともに販路拡大を目論んだが、本国からの回答は「ノー」であった。その理由は現在清国との貿易摩擦が深刻化しつつある中、交易の無い国との交渉に時間を割くだけの余裕が無い事だ。また、日本は漂流民の引き渡しには応じるが交易を拒絶している。過去のロシアの失敗から見ても今はまだ、時期尚早と言わざるを得ないと言う事らしい。また許可したとて危険を冒してまで長崎に行こうとする者などいない。
アメリカのオリファント商会の船はマカオで積荷を下ろし、本国に持ち帰る品々を求めている時にキング船長は下働きをしている日本人と知り合った。物覚えも良く、真面目に働く彼等を好ましく思うようになった。
丁度その頃、オリファント商会の他の船からも4人の日本人漂流民が送還されて来た。これで日本人漂流者は7名となった。元の3人の身の上はイギリス商人から事情を聴き、その扱いに困っているとの事であった。
人の良いキング船長は本国へ行く交易の途中で、彼らを返還して交易の糸口は掴めないだろうかと考える。そして船員たちを集めて打ち明ける。
「どうであろう。アメリカに帰港するにあたり、日本の漂流民たちを乗せ、彼らを国に送り届けてやりたいのだか、如何であろうか?」
「それは良い事ではありますが、たしか彼の国はオランダ、清国、琉球以外とは交易していないかと」
「たしかに。過去にロシア、イギリスも寄港して交易を求めたようだか、拒絶されたと聞いている」
「そればかりか、イギリスなどは数年前に砲撃されたとか。危険過ぎませんでしょうか?」
「イギリスも勝手な振る舞いをしているようだから報復を受けたのであろう。イギリスが今、日本との交易の交渉を断念しているのだから、これは我らアメリカにとって大いなるチャンスではないかと思うが、皆はどうであろうか?」
彼らはアメリカ国旗を掲げていれば問題無いとしか思っていない。寧ろ、多少の危険があっても日本と言う未知の国に対する思いの方が優っている。
「千載一遇のチャンスと言うのであれば、我々に異論ありませんよ」
「では皆の衆、彼らの帰国に力を貸す事にし、交易の足掛かりを作ろうではないか」
船員たちから『おおっと』歓声があがった。
日本が全ての異国船を打払う事を彼らは知ってはいないようだ。例え誤って、交易国のオランダ、清国の船を砲撃しても罪に問わないと言うのだからたまったものではない。
モリソン号は日本人漂流者を乗せ、日本を目指した。アメリカの去就を監視するかのようにイギリス人通訳官も乗船した。
船は
港内に入り陸地が見えると、航海士が遠眼鏡を覗く。何やら多くの人らしきものが動いているのが見える。さらに陸地に近づいた時、彼は驚く物を目の当たりにする。
「せ、船長!大変です。沿岸からこちらに向けて大砲のような物が据えられています」
「我らはアメリカの商船だぞ。それを攻撃しようと言うのか」
船長は日本人漂流者に状況を確認するが、漁民の彼らに異国船打払令の詳細などはわかっていない。
すると、艦船からかなり離れた所で砲弾が着水し、バサーンと大きな水しぶきが上がった。暫く刻が経った後に、もう1発が着水した。先程より近いが船には届かない。
船長は、これ以上前に進む事を諦めた。日本と言う国はまだ、野蛮な人種なのかと思わざるを得ない。
「一旦この湾を抜けて進路を南に取り、別の港を目指してみよう」
「何れの港を目指すので」
「鹿児島というところに港がある。この国の主要な港のひとつらしい。そこを目指す」
(聞けばこの国には藩という独立国家のようなものが多数あり、江戸の将軍家が全てを統括している。異国船を見たら攻撃するような野蛮な藩もあるのだろう)
船は鹿児島湾に入ると、浦賀のような砲撃は無かった。船長の緊張感は幾分和らいだ。湾に入る前に乗組員へ武装の解除を命じている。商船ではあるが万一のために銃や大砲も両舷に数門装備している。穏やかな海に彼ら船員からも安堵の表情が伺える。
(そうか浦賀は将軍府の江戸に近いので、事前通達の無い船に対しての警告だったのかもしれない。武装も解除した事だ。この地ならば安全に取り合ってくれるに違いない)
港から一隻の小舟が近づいて来る。薩摩藩の役人と
彼等は英語がわからないようなので、乗船した通訳官が多少日本語がわかるようなので介添えしてもらった。こちら側が日本人漂流者の返還のため、当港に立ち寄って事を告げさせた。暫く問答があり、役人は立ち去った。
通訳官を呼び出し、状況を説明させた。
「彼等の応対はいかがであった?」
「はい。こちら側の目的は理解頂いたようです」
「向こうから何か指示は無かったか?」
「はい。彼等は一度戻って、役所にその旨を伝えるとの事です。明日再びここに来ると言っていました。それまでここに留まって頂きたいとの事でした」
「わかった。繋留はできそうにないので投錨の指示を出してくれ」と水夫に命じた。
船長は気が高ぶって眠ることができずにいる。今更ながら日本という国を少々甘く考えていた事に後悔の念を感じている。
(日本人の彼等に話をさせるべきであったか。あの場で彼等を返すだけで良かったのでは無いか。それを交易のための道具にしようとしている。我らは使節団でも何でも無い。そのように簡単に行く国ではなさそうだ」
暗く、静かな海を眺めながら煙草を
◇
翌日の朝、轟音と共に目が覚める。館長室の外が何やら騒がしい。
「おい、いったい何の音だ」
「た、大変です。どうやら沿岸から砲撃を受けているようです」
「・・・ど、どういう事か、直ちに機関を動かし、後退せよ」
(何という事か。あのような態度をとって我らを欺いたのか)
言っている側で、どぉーんを激しい音がして、船が大きく揺れる。一発の砲弾が船に命中したようだ。
「被害状況を報告せよっ!」
船員の報告では人命にかかわる被害は無いとの事だ。命中弾により船体の一部に破損が生じたが、運航に影響を及ぼす程のものではなかった。
船長の胸騒ぎが現実のものになってしまう。やはり浦賀と同様にこちらに向かって砲撃して来る。船長は過去の経緯からこの国が外国船の入港を拒んでいると感じた。急ぎ甲板に船員を集める。
「どうやら日本国は我らの入港を拒絶しているようだ。イギリス船と見誤れたのかもしれん。誠に残念ではあるが、至急ここを離れ、マカオに向かう」
船長の推測どおり、砲撃側はイギリス船だと思っていた事は事実のようだ。特に薩摩藩は先年、宝島に無断で上陸されているのだから信用などしていない。
一行は交易の交渉どころが、漂流者の返還すらできないまま、失意のうちに港を離れ、帰路に着いた。
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