第8話 部屋のようなもの


「私は何者を、いや、何を召喚してしまったのだろう」


 ヴァルバレッタの小さな胸につかえた疑問がかすれた声となって染み出した。それは彼女自身をも驚かす。何を召喚? 私は何を言っているんだ?


「ダメ勇者。あるいは社会不適合者」


 アーリアが自分の右手を見つめながら答えた。


「それはそうだ。だが、同時にそうではない。連続レベルダウンなんて未だかつてない現象だ」


「レベルダウン自体は珍しいですが、ないわけではありません」


 アーリア、レベル24魔術師、レベルダウンを初めて目の当たりにしたが、そういう話が召喚魔術界隈では聞かない、わけではない。師匠であるヴァルバレッタもそれは承知しているはずだ。


「ああ。死霊のエナジードレイン攻撃やあっけない死亡に対する復活ペナルティ等でレベルが下がることはある。しかし、ここまで意図を感じるほどの連続性はあり得ない」


「現在、ヒトヒロ様のレベルは−15まで下がりました」


 これがただのレベル15ならまだ理解は早い。一般的に言ってその職業でレベル10に達してようやく訓練生扱い、レベル20で一人前だ。ここまで通常ならば数年の修行を要する。不出来な人間ならば10年経っても到達できない域だ。

 それがわずか一時間足らずでレベル15。しかもマイナス査定。どう判断する。レベル−20にまでマイナス成長した時何が起こる?


「私が喚び出したコレは本当に異界異国の勇者なのか」


 コレ。そう言わざるを得ない。


「ほら。マスターもコイツをコレ扱いですよ。もうコレでどうします?」


 アーリアは明るい金属光沢のある扉を睨めつけた。カギ穴らしきものなどどこにも見当たらないのに、それらしき機構すら見られないのに、閉ざされたその扉。当然解錠魔法も効きやしない。


「そもそも、コレは部屋なのか?」


「勇者様のお住まい、に私には見えます」


「さっき、あのボックスの蓋から腕を差し入れた時に部屋の中は見れたか?」


「いいえ。中は暗いのか、様子は窺えませんでした」


 アーリアがヒトヒロを誘い出すため腕を突っ込んだ時、ヴァルバレッタも部屋の中を見てやろうと眼を凝らした。しかし何も見えなかった。


「ヒトヒロ側からはこちらを見れるようだし、この部屋はいったいなんなんだ」


 最初は物理攻撃も試してみたが、徒労に終わった。何をしようと開かずの扉であり、開かずの部屋なのだ。


「我々が観測した時間だけヒトヒロは存在する」


「私たちが見ていない時、ヒトヒロ様は存在しないのですか?」


「ああ。そう考えるのが自然だ。我々が関与しなければ、ヒトヒロはレベルアップもダウンもしないはず。ギフトも外からの抗力にのみ発揮する才能だ」


「ヒトヒロ様は部屋の中にいて、同時にどこにもいない。すなわち私たちが観測すればどこにでもいる。そういうことですね」


「そうだ。だとすれば、この部屋そのものが勇者ヒトヒロ。中の人などいない。部屋が、いや、この現象こそがヒトヒロなのだ」


 ヴァルバレッタは薄い胸を張って言って退けた。この部屋のような物体がまるごと勇者なのだ。そうと決まれば、もはや中のゴミなど出そうがどうしようが関係ない。だって、この部屋が勇者なのだから。


「でも、ほら。私、ヒトヒロ様を鷲掴みしちゃってます」


 アーリアは握り締めた手のひらを解いた。毟り取られた稀少な髪の毛は23本ほど。勇者ヒトヒロの明らかな痕跡でもある。


「だよなー。この考えは無理があるかー。もうどうでもいいかって思ったぞ」


「ですよねー。で、マスター。気付いてます?」


「何がだ?」


「木製だった扉がいつの間にか金属製になっています。宅配ボックスも、ほら、何やら立派なものに」


「うおっ! コイツいつの間に!」


 金属光沢のあるツヤツヤした扉がそこにはあった。宅配ボックスももう腕をねじ込む隙間のような蓋式ではない。ボタンで暗証番号を打ち込み取り入れ口を開くデジタル式に変わっている。


「私たちが油断してお喋りしてる隙に、ギフト『ザ・ロック』に振り分けポイントをぜんぶ注ぎ込んだようです」


「またか、コイツ! ポイント取っておけよ!」


 ヒトヒロはヴァルバレッタとアーリアが何やら作戦会議している合間にギフトレベルアップに挑んでいた。無言で、ひっそり、バレないように。

 結果、六畳間はさらに堅牢な防御砦とレベルアップしていた。本人はレベルダウンしてるくせに。


「ククク、今頃気付いたか」


 開かずの部屋からヒトヒロの地を這うような声がする。


「もう手を入れることはできないぞ」


 そのようだ。投入口がない。デジタルの暗証番号で小さな取り入れ口が開くタイプだ。あそこから頭くらいなら捻じ込めそうだが、連続した空間かどうか解らずちょっと怖い。


「それだけじゃないぞ。見ろ、ギフト『ザ・ロック』の新しい能力を!」


 ヴァルバレッタとアーリアは思わず身構えた。ヒトヒロの声には先ほどまでなかった攻撃的な意志が含まれている。

 だがしかし、何も起きなかった。何も起こらなかった。




 約三十分後。待ちくたびれて、もう帰っちゃおっかなってアーリアがあくびをした頃。

 ヴァルバレッタとアーリアの目の前にそれは突然現れた。

 黒い帽子を目深にかぶり、背中に大きな立方体を背負った半透明の男が立っていた。

 

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