第6話 成功か、それ以外か。人生なんてそんなもの。


 ヴァルバレッタは白銀色と金糸雀色のツインテール頭を抱えた。

 アビリティ『ツッコミ』獲得。よりによってヒトヒロごときとおんなじアビリティだ。いったいどんな場面で使うと効果的なアビリティなんだ。

 それにしてもけっこうな音量でステータスウインドウがアナウンスしてくれたものだ。思わずアビリティ発動して「いらん!」とツッコミ入れてしまったし。ヒトヒロに聞こえてなければいいが。


「……ッ!」


 不意に、ぞくっと背筋に寒気を感じてヴァルバレッタは振り返った。その途端、密閉六畳間の開かずの扉に設置された宅配ボックスの投入口蓋がカタンと音を立てて閉まった。

 見られた……?

 ヒトヒロが荷物投入口を部屋の内側から押し開いて覗いていたのか?


「おい、ヒトヒロ。おまえ、見ていたな?」


「ふひひっ」


 ヴァルバレッタの問いかけに、ヒトヒロは不穏な笑い声で答えた。やはり覗き見ていたな。


「まるで魔法使い娘のコスプレした女子中学生ではないか! これを推さずして何としよう!」


 扉越しにヒトヒロの興奮が伝わってくる。ビリビリ空気が震えるほどに興奮しまくっていらっしゃる。

 ヒトヒロは宅配ボックスを通じて、外界の様子を探り見る方法を獲得していたのだ。


「ええい! なんでポイント注ぎ込んでツッコミアビリティ上げようとしてんだよ! そこは『ザ・ロック』レベル3に行くべきだろ!」


「ああ、その発想はなかったな」


「あれよ! それはこもりびとの常套手段!」


「いやあ、さすがのツッコミアビリティですなあ。キレのあるツッコミ見事でござる」


「語尾! 人をバカにするための語尾!」


「いやはや、これはもうアビリティレベルアップしそうな勢いでツッコミますなあ」


 いい加減ヒトヒロのペースに飲まれたヴァルバレッタを止めないと。アーリアはもう少し二人のやりとりを高みの見物していたかったが、師匠のプライドのためにも二人の間に割って入った。


「ヒトヒロさん。いいですか? ツッコミアビリティレベルアップの件ですが、振り分けポイントが2ポインツ必要のようです」


「えっ」


「えっ」


 ヒトヒロとヴァルバレッタはまるで同期したかのように声を上げた。


「つい今しがた『ザ・ロック』レベルアップにとっておきの1ポイント消費しちゃいましたので、残念ながら1ポイント足りずアビリティレベルアップ成立しておりません」


「つくづく使えねえ奴だな」


 ツッコミアビリティを獲得してもなおヴァルバレッタの追撃毒は健在だ。


「うるせえな。じゃあギフト『ザ・ロック』レベルアップするよ」


 ヒトヒロは半ば笑いながら言ってのけた。ずいぶんと軽い気持ちでステータスチェックしてますわね、勇者様。アーリアは心の中でつぶやく。すでにウインドウを確認済みだ。


「レベル2から3に上げるのには2ポインツ必要です。手遅れですよ」


「ああ、詰んだ。これは詰んだわ」


 ヒトヒロはさくっと諦めた。

 考えれば今に始まったことじゃない。何事も成功か、それ以外かで考えてきた人生だった。成功すればそれでいい。他に考えることもなく次のステップに進めばいい。

 しかしそれ以外の時はどうだ。失敗した。うまくいかなかった。思ってたのと違う。つまんねえ。そう自分に成功しなかった言い訳と屁理屈をこねて歩くのを止めてしまう。

 人生、成功する事例なんてほんの僅かだ。ほとんどが思ってたのと違う形で着地する。それでもよし、と納得するのが前に進める人だ。ヒトヒロはそういうタイプの人間ではなかった。

 ああ、成功しなかったな、と拗ねるようにしゃがみ込む道筋だ。人生、しゃがみっぱなしだ。疲れたろうに。しゃがむのだって体力は要る。再び立ち上がるのにはより強い力が必要だ。ヒトヒロよ、今は休め。ゆっくり身体を休めて、力を蓄える時だ。

 などとはこれっぽっちも考えず(めんどうくさいから)、アーリアは宅配ボックスに食べ物を一個放り込んだ。


「まあ、ヒトヒロさん、これでも食べて元気出してください」


「何これ?」


 しゃくっ。もぐもぐ。


「勇者が食べかけた角山羊が食べ残したリンゴです」


「おえっ」


 確認せずに食ったのかよ。ヴァルバレッタは疲れてツッコミすら声に出せなかった。今はもう休みたい。ゆっくり身体を休めて、力を蓄える時だ。

 ふと、ヒトヒロのステータスウインドウがピココンと明滅した。


『レベルダウン! 異界の勇者ヒトヒロはレベル−4になった!』


「こっちかよ! ツッコミじゃなくて角山羊が食べ残したリンゴでレベルダウンかよ!」


 ヴァルバレッタはもう条件反射的にツッコんでしまった。そして誰にも気付かれずにツッコミアビリティがレベルアップした。

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