第5話 最高の能力とは


 レベルダウン! 勇者はレベル−3になった!

 異界転移関連ではなかなか聞けない単語だ。この職に就いてだいぶ長いが、初めて見るステータスウインドウのカオスっぷりにヴァルバレッタは困惑した。何なら動揺さえ覚えた。


「コイツ、ある意味ポテンシャルすごいな」


「計り知れないですね」


 さすがのアーリアも興奮気味だ。


「どこまで下がるか挑戦したくなります」


「問題は底があるのかないのか、だ」


「なあなあ、何があった? 俺どうなったんだ!」


 閉鎖環境六畳間のヒトヒロが叫ぶ。騒ぐ。喚き散らす。


「レベルダウンって聞こえたぞ! 俺何かやらかしちゃいました? レベルマイナスって、それって弱過ぎるって意味だよな?」


「オマエの伸び代ならぬ縮み代にびっくりしてるんです」


「縮み代って初めて聞くぞ。しかもさらっとオマエって呼んだよな。コイツからオマエにレベルダウンかよ」


 アーリアはチラッとヴァルバレッタに目線を送る。ステータスウインドウを覗き、ヴァルバレッタは小さく頷いた。


「最初はイヌやブタだったのをオマエまでレベルアップさせたのですよ。まだまだバリエーションは豊富ですわ」


「いやいや最初は勇者って呼んでくれたでしょ! バリエーションってたとえば?」


「コレ。あるいはアレ」


「物体じゃないか。せめて人間らしく扱ってくれよ」


 ステータスウインドウに変化はなし。弱いか。そう簡単に連続レベルダウンしなさそうだ。ヴァルバレッタは早速この戦法に見切りをつけた。


「ヒトヒロ、お遊びはこれまでだ。オマエが使えない人材だと判断されれば即廃棄処分される。私は次の召喚手続きをとればいいだけだ」


「ハ◯ーワークですらもうちょっと人間っぽく接してくれるぞ」


「知らん。ステータス確認したが、振り分けポイントが1ポイント加算されているようだ。それとレベルダウンにともなってアビリティに『ツッコミ』が付与された。何とかしてみせろ」


「アビリティ『ツッコミ』って。何とかって、どうしろと」


「何とか、だ。振り分けポイントがあるんだ。どう使うか、せめてそれくらい自分で考えてみろ」


 ヴァルバレッタは冷徹に言い放った。

 そうっと足音を忍ばせて頑なに開こうとしない扉に近寄る。宅配ボックスのかすかな隙間に、イヤリングが重そうにてろんと垂れた長耳をそばだてる。ヒトヒロは何やらブツブツと呟いてるようだ。よし、とアーリアと目配せする。

 アーリアもステータスウインドウのある項目に注視した。それにしても、アビリティ『ツッコミ』とは。いったい何の役に立つアビリティだ。


「……」


 ヒトヒロはまだ自分自身とお話し中だ。

 異界異国より召喚された者は特殊な能力を持つ者が多い。たまにはハズレもいるが。

 スキルは主に戦闘に特化した能力である。「使う」という意志が必要な、ゲージを消費する必殺技のような概念だ。

 アビリティはどちらかと言えば技術に近い技。自然に「出てくる」技能系行動であり、出てくれば出てくるだけ技術が上がってアビリティレベルも上がる。

 特技はその名が示す通り得意技だ。多々あるスキルやアビリティの中でも特にレベルが上がりやすく、能力発揮時の効果が高いものをいう。優先的にポイントを注ぎ込むのがいいだろう。

 そして、ギフト。これだけは他の能力値と比べると異質だ。まさに天に与えられた最高の資質。天賦の才。それが『ザ・ロック』だとは。

 アーリアは魔術の師匠を上から見下ろした。身長差がかなりあるので白銀色と金糸雀色とのメッシュなつむじが見える。

 ヴァルバレッタは古代召喚術に長けた魔術師であり、そのレベルは70を越える。長命種のエルフならではの高レベル魔術師だ。その師匠の魔力でもってしてもその扉は開くことはなかった。

 それだけ『ザ・ロック』レベル2は強力なギフトなのだ。

 何とか『ザ・ロック』の特殊効果レベルを引き上げて能力を強化させれば、クズ勇者にしてゴミ人間だろうとも、あるいは化けるかもしれない。

 ヴァルバレッタがアーリアの視線に気付き、再び小さく頷いた。種はすでに蒔いている。あとはヒトヒロが勇者として芽吹いてくれれば。単にレベルの数字が上がるだけでなく、彼自身の成長にもなる。

 悔しいがディフェンス能力は最強レベルだ。使い方次第では拠点防衛上の最重要戦力にもなり得る。


「うん。わかった。俺、やってみるよ」


 勇者は決断した。少し時間はかかったかもしれないが、自分の意思で決めたのだ。自分の足で、しっかりとした一歩を踏み出したのだ。

 ヴァルバレッタは細腕を胸に組んで、うむと頷いた。アーリアも指を組み合わせて祈った。うまくいきますように。


「振り分けポイント消費! アビリティ『ツッコミ』レベルアップだ!」


 ヒトヒロは密閉された部屋の中で叫んだ。


「そっちじゃねえよ!」


 ヴァルバレッタ、渾身の叫び。

 ピココン。不意にヴァルバレッタのステータスウインドウが現れて、明滅して音を立てた。


「アビリティ『ツッコミ』を獲得しました」


「いらん!」


 ヴァルバレッタの前途は多難だ。

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