第4話 レベル、アップ?
異界異国の勇者のみが持つとされる特殊能力。ギフト。まさしく神が授けし贈り物。宇宙万物の法則すら捻じ曲げかねない強力な願い。
ヒトヒロの場合、それは『ザ・ロック』とステータスウインドウに誇らしく輝いていた。絶対不可侵領域の確保を目的とした空間閉鎖能力。何人たりとも、勇者が閉ざした扉は開くこと叶わず。
「えーと、せっかく宅配ボックスが付いたんだし、何か差し入れてみろよ」
ギフト保持者のヒトヒロ自身も使い方をよく理解できていないようだ。閉ざされたままの扉の向こうから自信なさげな声が聞こえてきた。
ヴァルバレッタとアーリアは数歩後退り、ヒトヒロに聞こえないようヒソヒソ作戦会議。
「まさかほんとにポイント消費するとは。やっちまいました」
「ああ言われれば、意地でもポイントとっておきたくなるはずだがな。仕方ない。飴と鞭作戦続行だ」
ヴァルバレッタが一歩大股で踏み出す。
「死んだ方がマシだと思うほどにこの部屋から引き摺り出してやるからな! 覚悟しておけ!」
良きところでチラッとアーリアを見やるヴァルバレッタ。アーリアはこくんと細い首で頷いて、すっと胸を張って進み出る。
「マスターも落ち着いてください。見窄らしき小部屋の勇者ヒトヒロよ。ひもじい思いをしているのですか?」
「いや言い方」
ヴァルバレッタは思わず言い捨てた。
幸いなことにヒトヒロはアーリアの天然毒も意に介せず、むしろ彼女の低く甘苦い声にすり寄ってきた。
「うんうん! アーリアちゃん、わかる? わかりゅ? ボク、お腹すいたよ!」
「いや言い方」
やはりヴァルバレッタは一言吐き捨てた。
「ええ。ひもじさの象徴である勇者ヒトヒロよ。裏山に巣食う角山羊が食べ残したリンゴをお食べ」
アーリアは薄汚れた扉でもそこだけやたらと真新しい金属箱、宅配ボックスに潰れかけたリンゴを一個だけポイと捨て、いや、うやうやしく差し出してあげた。
リンゴをぱくんと飲み込んだ宅配ボックスはぴくんと震え、アーリアにはどういった仕組みなのかわからなかったが、ヒトヒロの部屋へ一個のリンゴを届け入れてくれた。
その途端に。
「おえっ」
部屋から聞こえるえずき音。宅配ボックスのダイヤルがぐるぐる回り、カチンと小さな音を立てて角山羊が食べ残したリンゴが放り出された。
「それ腐ってる! 腐れリンゴ入れんな!」
見れば、変色しつつある角山羊の歯形に重なるように真新しい人間の歯形が付いていた。一応齧ってはみたようだ。この勇者、ステータスは貧相だがそこそこのチャレンジ精神は持ち合わせているらしい。アーリアは少しだけ感心した。
「ダメですね。食事の差し入れは拒否されました」
「おい! 勇者ヒトヒロよ! そこで飢えて死ぬか? それとも素直に出てきて食事を摂るか? 選べ!」
ヴァルバレッタは甲高い声を張り上げた。勇者ヒトヒロが六畳間ごと召喚されてからまだ数時間ほどしか時間は過ぎていない。異界勇者といえど一人の人間。食べ物で釣る作戦は有効なはずだ。
「おいおい、これのどこが飴と鞭作戦だよ!」
ぺっぺっと唾を吐き捨てるような音を立ててヒトヒロが喚き散らす。異界異国の食べ物の恨みは怖そうだ。
「私は異界の人間に甘く接するつもりはない。あくまでも鞭を振るう立場にいる」
ヴァルバレッタ、ヒールの音も高らかに。華奢なエルフが宅配ボックス付きの安っぽい扉の前に堂々と立ちはだかった。
「私は、S属性なので素直な仔犬ちゃんにも喜んで鞭を振るって差し上げますわ」
アーリア、すらりとした長身で誇らしげに。宅配ボックスに一見して慈悲深そうな微笑みを見せた。
はい。飴と鞭成立ならず。その実はヴァルバレッタとアーリアの師弟関係らしく、緻密な連携の取れた鞭と鞭作戦であった。
「せめてどっちか甘やかせよ!」
今にも泣き出しそうな声で勇者が叫んだ。勇者の秘めたる力レベル2で密閉された空間に魂の声がこだまする。
「断る。おまえには飴玉すら惜しい」
「私は鞭を振るいたいだけですよ」
言葉がうまく噛み合わず、見つめ合う師匠と弟子。やがて、お互いに引く気はないと悟ったか、ヒトヒロへ最後通達を突きつけてやる。
「というわけだ」「というわけです」
「どういうわけだよ!」
ピココン! ヒトヒロが思わず叫んで返した瞬間、アーリアの手元に光っていたステータスウインドウが電子音を奏でた。
『レベルダウン! 異界の勇者ヒトヒロはレベル−3になった!』
「レベルまだ下がんのかよ!」
ヒトヒロのツッコミもだいぶ様になってきた。
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