第3話 『ザ・ロック』レベル2


 沈黙する空気とは、かくも重く、慈悲もなく、残虐。


「なんか、悪かったな。予想と違った」


 ヴァルバレッタは神妙な顔付きで俯いた。この扉が閉まっていて本当によかった。心から思う。あまりにもひどい低レベル勇者を召喚してしまって合わせる顔がない。


「いえ、こちらこそ。不徳の致すところ、誠に申し訳ない」


 扉の向こうからもヒトヒロの細く震える声が聞こえる。


「それにしてもレベルマイナスなんてあるんですね。初めて聞きましたわ」


 アーリアはいつだって辛辣だ。


「そ、そこはほら、振り分けポイントが1ポイントも残っているではないか。まだだ。まだわからんぞ!」


 答えはすでに出ているが、ヴァルバレッタは何とかこの場を取り繕おうと声を張り上げた。


「そう、そうだよな。ステータスウインドウの不具合で、最低レベルと思わせといて実は最強ってパターンもあるし!」


 そんなパターン滅多にあるものではないが、現実を認めたくない扉の向こうのヒトヒロも虚勢を張った。


「じゃあさっさと振り分けポイント使ってスキルアップしてください」


 いいのか、アーリア。それは勇者ヒトヒロに残された最後の希望。ため息一つで吹き消えてしまいそうな頼りないたった一欠片の小さな命の輝き。五歳の女の子がバースデイケーキのロウソクの炎を吹き消すように頬を思い切り膨らませた一発を食らわしちゃっていいのか、アーリア。


「いや、しかし、スキルアップしようにもろくなスキルがない、と言うかスキルもアビリティも特技も特になしだぞ」


 開いたばかりの勇者ヒトヒロの新鮮な傷口に丹念に塩を揉み込むヴァルバレッタ。


「そうですね。このままではマスターの勇者任命責任追求にまで発展しかねません」


「それは嫌だ。拒否する。勇者ヒトヒロよ、何とかしろ」


 何とかしろって言われても。ヒトヒロは困惑した。人道上の理由から、目の前に困っている人がいれば手を差し伸べてやりたくなるものだ。だがしかし、現状では困っているのはヒトヒロ自身だ。幼女エルフでも誰でもいいから何とかしてくれ。

 そういえば。ヒトヒロは思い付く。そういえば、スキル振り分けポイントが1ポイントだけ残っていたはずだ。


「いいか、おまえら! 俺にはまだ隠された特殊能力があるはずだ!」


 密閉された六畳間から、窮地に立たされた男の魂が枯れるほどの絶叫が鳴り響いた。ヴァルバレッタとアーリアは思わず身構えた。能力暴走の可能性がないわけではない。いくらゴミ勇者召喚の責任があるとは言え、巻き添えはごめんだ。


「振り分けポイント消費! ギフト『ザ・ロック』レベル2!」


 六畳間の異世界的閉鎖環境が鳴動する。


「ポイント消費ですって? マスター、コイツやりやがりましたわ!」


「バカな! 普通はもっとポイント貯めてから注ぎ込むものだろうが!」


 背の高い人間のアーリアが小枝のように華奢なエルフのヴァルバレッタを盾にして身を護った。が、すぐさま過ちに気付いてヴァルバレッタを庇うように六畳間とエルフの間に立ちはだかる。


「覚えとくぞ」とつぶやくヴァルバレッタ。


「気のせいです」と目をそらすアーリア。


 野太い金属音が響いて六畳間が震え上がった。部屋が、いや、閉鎖空間そのものが激しく揺れていた。

 脆そうなくせに開かなかった扉がボロボロと軋み、中から一筋の強い光が溢れ出す。まるで開かずの部屋の中でヒトヒロが爆発したかのようだ。

 かと思えば、ピタリ、振動と光が止む。そこには先ほどと変わらない様子の六畳間が静かに佇んでいた。ヴァルバレッタとアーリアは同時に目を凝らした。間違い探しだ。


「あれ」


 アーリアが開かずの扉を指差す。


「あれだけか?」


 ヴァルバレッタはようやくさっきとの違いを見つけられた。質素な木の扉に、金属光沢のある宅配ボックスが装着されていた。回転式のナンバーを合わせてボックスの鍵を開けるタイプだ。これで留守時の配達も安心だ。


「これだけのようですね。『ザ・ロック』レベル2」


「……」


「……」


「……」


 三人を包む沈黙はヴァルバレッタが代表して打ち破った。


「まずは扉を開けろ。話はそれからだ」


「嫌だ。何か届けろ。話はそれからだ」


 話は振り出しに戻った。

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