第2話 ステータス・ウインドウ・オープン
その扉、忌々しいまでに抽象的で。
「おい、異界の勇者よ」
りんと鈴が鳴る。純度の高い金属の鈴声の持ち主は、若木のような細い腰に手首を当て開かずの扉に呼びかける。
「開けろ。出てこい。顔を見せろ」
てろんと垂れた大きく長い耳。強い魔力と妖精の如き容姿が特長の古代エルフ種の証だ。きらめくイヤリングがしゃらんとかすかに音を立てた。右耳に白銀色の、左耳に金糸雀色の、髪色に合わせたシンボルイヤリングが揺れる。
「いやだ。出ねえぞ。顔を見せろ」
簡素で質素で見窄らしいまでに一枚の板でこしらえたような木の扉。その向こうから異界異国の勇者の声が返ってきた。
「顔を見せろって、それは私の台詞だ。早く貧相な顔を出せ。こじ開けるぞ」
と、古代エルフ種ヴァルバレッタ。少しだけ言葉に棘が生える。
「画像でいいからおまえの顔を見せろよ。いい声してんじゃねえか。推すぞ」
と、勇者ヒトヒロ。もろに欲望が声に滲んでくる。
もうこのやりとりは何度目だ。長命種族のエルフでなくともあくびが出てしまう。
せっかく古代魔術により異界異国から救世の勇者を召喚できたというのに、コイツったら部屋から一歩も出ようとしない。顔見せどころか扉を開けようとすらしやがらない。
何とか自己紹介を済ませてお互いの名前程度は把握できたが、こっちが古代エルフ種と知ると露骨に態度を変えて妖精のような容姿を見たがる。そのくせ扉は決して開けないという矛盾っぷり。ヴァルバレッタの我慢の堤防は決壊寸前だ。
「ダメですよ、マスター。そんな言葉では心に届きません」
ヴァルバレッタの後方に控えていた召喚術師見習いのアーリアが母性情緒豊かな低い声でおっとりと進言した。人間としてはまだ若く漆黒の長髪がよく似合う中性的な顔立ちだが、古代魔術の師匠であるヴァルバレッタへ無作法をたしなめるように言って聞かせる。
「もっと勇者ヒトヒロ様のご機嫌も伺わないと」
「ほらほら! アーリアちゃんの言う通り! もっと俺を甘やかせ。勇者様ならいたられりつくされりだろ」
「ならおまえが言ってやれ。この犬畜生に」
ヴァルバレッタは叱られた幼女のようにぷいとそっぽを向いた。
「お子様を扱うように丁寧に接するのですよ」
はたしてヴァルバレッタの扱い方か、ヒトヒロの接し方か。アーリアはどちらともとれる言い様で扉の前にまで歩み出た。
「ステータス・オープン!」
アーリアが低い声でそう叫ぶと、彼女の目の前にうっすら半透明の光るウインドウが現れた。向こう側が透ける枠線の内には細かい文字が白い光を放っている。
「おおっ! さすがアーリアちゃん! 俺のステータス聞かせて!」
何やら扉の向こうでヒトヒロのはしゃぐ声がする。
「いいんですか? 個人情報ですよ?」
「アーリアちゃんならオールオッケー! レベルいくつ? スキルは?」
さっきから黙って聞いてりゃコイツ調子に乗りやがって。ヴァルバレッタはヒールで床を軽くえぐった。
「ええ。読み上げますよ」
レベル : −2
能力値
HP : 010/999
MP : 006/999
筋力 : 008/999
体力 : 004/999
知力 : 009/999
敏捷 : 003/999
器用 : 012/999
幸運 : 001/999
振り分けポイント : 001pts
スキル : 特になし
アビリティ : 特になし
特技 : 特になし
特殊アイテム : 六畳間
ギフト : 『ザ・ロック』
「──以上です」
「うわあ」
「うわあ」
ヴァルバレッタとヒトヒロはほぼ同時に嘆いた。
「コイツ、ハズレですね」
アーリアが最も辛辣であった。
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