〜「絶対に部屋から出てやるものか!」超級こもりびと勇者 VS 「その手その足引き千切ってでも出してやる!」垂れ耳エルフ召喚師〜 密閉六畳間フロントライン

鳥辺野九

第1話 出逢いはいつも突然に


 絶対不可侵魔法陣、緊急警備形態展開。

 この扉、決して開けることなかれ。ここより先は禁足の地なり。何人たりとも入ることを許さじ。


「てゆーか、俺はぜってえ部屋から出ねえぞ!」




 ある一人の男が異空間へと飛ばされた。異界異国の召喚魔術は宇宙世界の法則を捻じ曲げて、はるばる男を招んだ。

 しかし男はそれを拒んだ。


「ちょっと待て。こっちの都合も聞かないの? 俺は働きたくないんだ!」


「えっ。無理無理。もう転移始まっちゃってるし」


 異界異国の神は手をぶんぶんと振るった。諦めよ、おまえは勇者に選ばれたのだ、と。

 ある男──勇者ヒトヒロ──は精一杯の抵抗を見せた。あらん限りの意地を振り絞って。


「働きたくねえよおっ!」




 たわわに実る果実のように。その細く長く尖がった耳はてろんと垂れて。

 白銀色と金糸雀色のメッシュが入った長い髪が揺れる。小さな頭のサイドでツインテールにまとめた一人のエルフがふうと息を吐いた。

 こつん。硬いヒールの音を響かせて厄災召喚場へと踏み込む。

 相変わらず辛気臭い雰囲気に満ちた場所だな。

 まるで新緑の芽吹く少女のようなエルフは息をするのさえも躊躇った。身体の中から瘴気に汚されるようだ。

 エルフは魔術に長けた長命種族だ。少女のような可憐な外見に惑わされてはいけない。この華奢なエルフは召喚術国家資格を持ち、第一線で働く特魔級召喚術師なのである。


「これが?」


 エルフの召喚術師、ヴァルバレッタはくいと細い顎を上げる。目の前の物体を顎で指し、りんと鈴を鳴らすような声で言った。


「はい。これが」


 ヴァルバレッタの後ろに控えた人間の女魔術師見習い、アーリアが疲れて冷え切った声で答えた。


「今回の召喚に適した異界勇者の居住部屋のようなものです」


 黒髪ロングストレートのぱっつんとした前髪を揺らして首を横に振る。


「中には居るようなのですが、どうにも出てきてくれないのです。コイツ」


 どんより辛気臭い空気に澱んだ厄災召喚場。白く光る文字で描かれた魔法陣の真ん中にどんっと現れた六畳間。四方を建材の壁で囲まれて、築年数もそこそこの木造二階建て家屋から無理矢理ひっぺがしたような外観の小部屋。

 これこそが救世主たる異界異国の勇者の部屋だ。


「犬小屋か、これは」


 裕福な家の出身であるヴァルバレッタはぼそっとつぶやく。悪気のないピュアな感想だ。


「むしろ豚小屋です」


 アーリアはより辛辣だ。




「部屋から出てこい」と、特魔級召喚術師のヴァルバレッタ。


「いやだ、出たくない」と、強引に六畳間まるごと召喚された勇者ヒトヒロ。




 特魔級召喚術師と超級引き篭もり勇者とのプライドを賭けた頭脳戦が、今、始まる。

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