第27話 テーブルテニス
風呂から出てゆっくりしようとロビーに戻ったら、ソファでくつろぐ三原とその世話をする三人がいた。
ソファの上に寝転がり、鳳さんには膝枕と耳かき、姫野さんにはマッサージをしてもらい、木野さんにはテーブルの上のフルーツを食べさせてもらっている。他校の人間でありながら、ここにいる誰よりもくつろいでいるご様子だ。
別に関わる必要もないので、無視して飲み物でも飲もうかと冷蔵庫に向かおうとした時、私に気がついた三原が立ち上がって話しかけてきた。
「およぉす」
「なんだよ」
「いやぁね、彼方さぁんと対決したいなぁとぉ思ってぇね」
「対決? なにでだよ」
この別荘にテニスコートは無い。つまり私たちの本職であるテニスはできないわけだ。一体何で対決するつもりなのかと疑問に思っていたら、三原がニヤリと楽しそうに笑った。
「ふっふっふぅ、お風呂上がりの対決といえば一つしかないでしょぉ」
「牛乳早飲み?」
「のぉ! 女子力ぅが足りないぃよぉ?」
我ながら品のない答えを言ったと思う。でも、この天才相手なら有り得ない話じゃないと思ってしまったのだ。
三原はクルクルと回りながら鳳さん達に近づいて、肩をチョンと叩いた。それが合図だったらしく、三人は一斉に行動を開始する。
姫野さんと木野さんはロビーから繋がる一室に移動し、鳳さんは三原と手を繋いでエスコート、私たちにも「こっちです」と手招きした。
そして私達が部屋に移動した時には既に準備万端とあった様子だった。
「じゃぁん! 卓球でぇす」
卓球台が鎮座する広い空間。おそらくこういった室内での運動のためのスペースなのだろう。道具一式も並べられていて、姫野さんと木野さんの素早く丁寧な仕事ぶりに驚く。
流石この天才我儘お嬢様の面倒を見ているだけある。
「あの、なんで三原さん達がここの構造知り尽くしてるんですか?」
美鈴が純粋な疑問を口にする。確かにそうだ。海香ならいざ知らず、なぜ部外者のこの四人が別荘にあるものを知っているのだろうか。
「んぅ? 普通に何かないか探してもらっただけだよぉ?」
「広い別荘に何があるんか探し回るの大変やったで。さきっちのワガママには慣れてるんやけどなぁ」
「その間エリカ一人に咲希の相手任せちゃったし。変なことされなかった?」
「それは大丈夫だよ。その、咲希ちゃんは優しいから」
意味深に顔を赤らめる鳳さんとニヤニヤしている天才セクハラ野郎を見て、この場にいる全員が全てを察した。
口に出しても話が長引くだけだろうと、卓球対決の話に戻す。
「で、三原は私と卓球対決がしたいと」
「そぉ、わたしぃと彼方さぁんはライバルだからねぇ。色んなことでしょおぶしたいんだぁ」
語りながらラケットを振り回す姿を見るに、相当楽しみなようだ。
「咲希ちゃん、同い年で自分と同じくらい強いライバルって今までいなかったからはしゃいでるの。ここに飯島さん達が来るって知ったらすぐに行っちゃうくらいに」
隣にいる鳳さんが天才道楽女がはしゃいでいる理由を小声で教えてくれた。それを聞くとこの天才にも可愛げがあるんだなと、少しはこの奔放さを許容できる気がする。
「卓球か、授業と遊びで少しやったくらいだな」
「わたしぃは初心者だよぉ。よかったねぇ、彼方さぁん有利だよぉ」
初めての競技で勝負を挑んできたのかこの天才は。せっかくの風呂上がりに汗をかきたくないし、可愛いとこ見せてくれた天才には悪いけどすぐに終わらせてしまおう。
「じゃあもう前置きはいいな」
「いえぇす。目が合ったらしょおぶ! それがライバルだからねぇ」
お互いにシェイクハンドのラケットを持ち、台を挟んで向き合う。審判には姫野さんが入り、点数が書かれたボードを持っている。
じゃんけんの結果、サーブは三原から。
私は少ししか卓球をやった事はないが、運動そのものが得意なので遊びでやる仲間内でならぶっちぎりに強い。
いくら三原が天才とはいえそれはテニスでの話。卓球はテーブルテニスと言うが、流石に三原の才能は適用されないだろう。
半ば勝ちを確信した状態で私が構えをとった時だった。
三原がまるでプロの選手のような体勢をとった。
「えっ」
いやまさか。さっき三原は初心者だって言ってた。それにテニスに全ての力を捧げているだろうし、まともに卓球をやったことがあるはずがない。
そうして私が警戒している間に、三原がキレのある動きでサーブを放った。そのボールは凄まじい回転をしていて、さらにネットを超えて私のコートに侵入してきた。
「まじかよ!」
まさかのサーブ成功に、なんとか対応しようとラケットに当たるが、回転に対応できずにあらぬ方向に飛んでいった。
「ねえ彼方さぁん、これで合ってる?」
「えっ、合ってるって……」
「プロの動画を真似てみたんだぁ」
何を言ってるんだコイツは。まさか初心者なのにプロのサーブを見様見真似で再現したと言うのか。
「さきっちは天才なんや。どんなスポーツでもすぐに適応してまう」
「咲希は初心者でも平均的な運動部レベルの実力を持ってるわ。悪いけど、軽く遊びでやった程度の飯島さんじゃ分が悪いわ」
私の驚きっぷりを見た木野さんと姫野さんが、三原の驚くべきスペックを明かした。なるほど、天才は伊達じゃないってわけか。
「ねぇ、彼方さぁん。もう終わりぃ?」
「……んなわけねぇよ。こっからだ!」
俄然面白くなってきた。相手はライバルの三原咲希。例え専門外の卓球だからって負けっぱなしじゃいられない。
それに、今は美鈴が見てる。遊びであれなんであれ、カッコ悪いとこを見せるわけにはいかない。
「美鈴! 応援よろしく!」
「うん! 頑張って!」
気合いを入れた私に美鈴がしっかりと応えてくれた。
「本気になってくれたみたいだね。みんな! あの女神ちゃんに負けない応援よろしく!」
「お安い御用よ」
「合点承知ぃ!」
「咲希ちゃん頑張って!」
私たちの様子を見て三原もいつものゆるい雰囲気から、試合の時の真剣な雰囲気に変わった。それに合わせて鳳さん達三人が文字通り三者三様の応援を見せる。
こうして始まったお互いのプライドを賭けた卓球対決は、またお風呂に入りたくなるくらい汗を流すまで続いた。
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